数日前に「タラレバ」の極致みたいな話がありました。アップル社の創業時の契約書がサザビーズで競売にかかり、159万ドルで落札されたという記事。興味をそそられたのは、その落札額でなく、契約書に署名したのが創業者として知られるジョブズ氏、ウォズニアック氏のほかに第3の男としてロナルド・ウェイン(Ronald Wayne)氏もいて、そこでは彼は10%の株式を得ることになっていたのに、後日、彼はその権利を放棄し、2300ドルを受け取ってアップルを去ったということです。もし、そうしなかっタラ、株を持ち続けていレバ、今現在、彼の資産は350億ドル、なんと3兆円!になっていた計算です。2,300ドルと350億ドル。その落差にめまいがする思いです。

まあ、そこまで凄い話はめったにないにしても、ネットスケープの株式上場(IPO)以来、IT業界では、IPOのたびに百万長者が社員レベルでも誕生するのが珍しくないですね。起業時には、会社にお金はなくて高い給料は払えないけど、才能ある人材は欲しいので、株式を与えたり、ストックオプションの権利を与えるのが普通のようですから。そして、いま、注目されているのがご存知Facebookの来年春と予想されるIPOです。その見通しや過去のIT企業のIPOなどの経緯については今年6月の記事「ネットバブル再燃?Facebook新規上場の時価総額1000億ドル超か?」で詳しく書きましたので、ご覧頂きたいのですが、問題はIPOに伴うリスクです。

Facebookの社員は3000人ほどだそうですが、IPOで100万ドル以上の株式資産をもつことになる百万長者は固く見積もっても1000人以上になりそうだとのことです。ハーバード大学の学生寮から生まれたFacebookは急成長しますが、人材確保のために他のIT企業同様、株式ベースの補償を大盤振る舞いしたようです。先日のロイターの記事によると、2009年まで、15年の経験のあるエンジニアは1株6ドルで65,000株を買えるオプションを付与されたそうです。2010年には株式を5分割したので、その権利は325,000株に広がりました。IPO時の1株価格は40ドルと見込まれていますから、1株あたり34ドルの利益で、総額1100万ドル以上になります。また、3年前までは、幹部社員として入社した場合、10万株を無償で提供するのは普通だったそうです。こういう人はまるまる400万ドルのお金持ちになります。

ただし、その後は、株式ベースの補償をケチるようになったといいます。成長に連れ、ほっといても良い人材を確保できるようになったからかも知れません。ですから、先のロイターの記事では「シェフやマッサージ師までがオプションで大金を得たGoogleほどには、貧乏からいきなり大金持ちという話は多くないかも」と書いていました。問題はそこですね。IPOで社内大金持ちとそうでない人が顕在化してしまう。ロイターの記事だと、IPOでのお金で20万ドルもする宇宙旅行の予約をする、と浮かれてる人もいるとか。「入社時期がちょっと違っていれば」式のタラレバが生じる素地は十分にあります。

IPOで、あまり、もしくはほとんど恩恵を受けない人が社内に3分の2もいる。その人達から、金持ちの3分の1の人達の働きを見る目は当然、厳しくなるでしょう。妬ましくもあるでしょう。同じ仕事をしていても、入社時期がちょっと違っただけで、天国と地獄。さらに金持ちグループの中でも、株式やオプションの相違でいろいろ思いがあるでしょうし、さっさと売却したりすれば、「あいつは愛社精神がない」なんて言われかねない。で、そんなのが嫌で、大金を手にFacebookを去る人が出かねない。それも才能に自信のある人ほど。

事実、GoogleのIPOのあと、同社から幹部クラスの人材流出が話題になりました。そのうちの一人、Global Online Sales and Operations担当の副社長だったSheryl Sandbreg女史は、いまやFacebookのCOO(最高執行責任者)の要職にあります。そして、かって「無料で美味しい」としていろんなメディアで取り上げられたGoogleの社員食堂の責任者、ExecutiveシェフだったJosef Desimone氏もまた同時に移籍してFacebookで無料の食事を作っています。

上記のように、FacebookのIPOでは、Googleのとき以上に複雑なことになりそうなだけに、人材流出がどういう形で起きるか興味深いところです。なお、冒頭でとりあげたWayne氏は、wikipediaによると、ローレンス・リバモア国立研究所などを経て、引退後は故郷のクリーブランドに戻り、切手やコインなどを扱っていたとか。77歳で存命ですが、今年、友人からiPad2を贈られるまで、アップル製品は持たなかったそうです。(蛇足を追加:Facebookの大型IPOで創業者のザッカーバーグ氏が手にするのは200億ドルと見込まれるそう。とんでもない額ですが、それでもWayne氏の得べかりし額を大きく下回るんです)