今月は、「新聞の寿命は5年?10年?15年?」「新聞の未来はタブレットにある!という信念」という新聞の未来像に関わるエントリーが続きましたが、もう一つ、新聞絡みで興味深い「試算」記事がありましたので、メモ代わりにご紹介します。
書いたのはパリ在住で欧米の新聞事情に明るいFrederic Filloux氏。昨年の3月に「ニューヨーク・タイムズ(NYT)」はオンラインだけで成り立つという試算をして話題になり、このブログでも紹介しました。で、今回は、「Trying a Simple Model」と題して、NYTのような部数の多い全国紙でない、中堅どころの地方新聞でも「紙」を止め、オンラインだけで経営が成り立つはずだと提案しているのです。
彼は、紙の新聞が広告頼みであるように、オンラインのビジネスプランもそうだったが、それは集団的錯覚で、いまや現実的なビジョンが見えて来たと主張します。それは、他にないユニークで高品質なコンテンツなら、ユーザーがお金を支払うということだとします。それは、どういう計算か?以下はFilloux氏の記事の要約。
紙の新聞のコストは、編集局25%、印刷25%、配達20%、販促20%、総務管理10%に分解出来る。このうち、高品質な記事を提供するには200人程度のプロ集団=編集局員は減らせない。その維持には2500万ドルから3000万ドルかかりそうだが、その中間で2700万ドルと仮定する。
紙を止めることで全コストの45%を占めていた印刷、配達経費がなくなり、代わりにウェブページ作りやモバイル端末向けのアプリ製作費が加わるが、額はぐっと減る。総務管理費はそのままとすると、編集2700万ドル(40%)、デジタル関連1000万ドル(15%)、販促2000万ドル(30%)、総務管理1000万ドル(15%)で、トータルコストは6700万ドルとなる。
一方、収入はどうなるか。まず広告料:月間500万人のユニークユーザー(UU)があると仮定。UU一人が月間20ページを読むと仮定すれば月間1億ページビュー(PV)に達し、CPM(PV1000回あたりの広告料)が20ドルだとすると、月間200万ドル、年間2400万ドルの収入になる。
有料化に伴う購読料:UUの10%が契約してくれると仮定する。そのために、料金は低めの月10ドルにする。税金を差し引くと会社への実際の実入りは一人あたり年間89ドルで、総額は4400万ドル。すると広告収入と合わせて6800万ドルになるので、先のトータルコスト6700万ドルを賄える計算だ。
自分は、この数字はしっかりしたものと思うが、他人には、このモデルは単純化し過ぎで疑問があると思う人もいよう。このシミュレーションは紙の新聞がなくなろうと生命があるということを示したものだ。
以上が要約ですが、本人自覚の通り、疑問の声が殺到したようです。で、2週間後の今月29日に、その弁明とも言える「Refining the Model」という一文を書きました。この要約は省きますが、紙の新聞に悲観的な彼の見方はどこから来ているかというと、「ネットの女王」とまで呼ばれた投資コンサルタント、Mary Meeker女史の考察からのようです。
この考察は、昨年10月、サンフランシスコで開かれたWeb2.0 Summitで発表された「Internet Trend」と題するものです。このなかで、個人が各メディアに費やす時間の割合と広告費の関連がパワーポイント36枚目にグラフ化されているのですが、それによると、新聞は個人のメディア消費時間は全体の8%しかないのに、全広告費の27%も投入されているというアンバランスな状態が明らかにされています。
一方、テレビはメディア消費時間43%に対し、広告費支出も43%、ネットは消費時間25%に対し広告費支出19%となっています。またモバイルは時間消費8%と新聞と同じなのに広告費はわずか全体の0.5%しか支出されておらず、将来はここに大量の広告費支出が見込まれるとMeeker女史は見ているようです。
昔からの習慣もあって新聞には、消費時間には不相応な広告費が支出されているわけですが、このアンバランスな状態は、徐々に是正されていく、つまり新聞広告費は激減する、とFilloux氏はとらえ、特に、新聞の基本機能であるニュース配信の分野で進化の目覚しいモバイル端末と競合するので大打撃を受けることを想定しているのですね。だから、ネットに特化し、ニュース配信アプリを配れと。
Filloux氏は「私の予測は、いまの経済が落ち込んだ状態でなく、ずっと先を見てる。いつまでもこんな悪い状態が続くわけじゃないので、いずれ相当の有料読者は獲得できる」「料金プランに知恵を絞れば契約者獲得は不可能じゃない」「モバイル対応アプリでARPU(一人あたり売上高)アップが図れる」「ネット上のモノは2,3年で価格が上がるはず」などと主張しています。
しかし、彼の記事を転載しているGuardianに寄せられた、専門家からの「NYTでさえ、有料読者はUUの1%しか取れていないのに10%の有料読者の想定はあんまりだ。それにNYTのような全国紙は例外で、その他の1412の日刊紙の平均部数は1万8千部に過ぎない。NYTの1%の結果をあてはめれば180人しか有料読者は獲得できないぞ!」というツッコミには、「基本的には正しい」と正直に答えています。
これは、彼の想定する新聞は地方の2ケタ万部数の中堅紙だからでしょう。では多くの1ケタ万部数の新聞はどうすればいいかについて彼は言及していません。米国の新聞は、1983年までずっと1700紙台を維持してきましたが、以来、減少の一途。全米新聞協会の数字では2009年に1400紙を割りました。さて、今年はどうなるのでしょうか。茨の道が続きます。
2012 年 2 月 1 日 at 10:56 AM
島田さんのご経験から、記事中の原価積算の精度はいかがでしょうか?
我が国の新聞発行にも当てはまるのでしょうか?
昨年から朝日新聞などがデジタル版の有料新聞の配布
を行っています、現行は紙+1000円と、デジタル版
だけですと、紙版より100円引き、感覚として、
デジタル版だけで月額3800円は非常に高価に感じ
る事からビジネスモデルとして無理が有るように
考えています。
2012 年 2 月 1 日 at 18:21 PM
ををつかさん
残念ながら、日本の新聞のコストをブレイクダウンする方法を知りません。
ただ、日本では福利厚生面が米国の新聞とは異なりますし、広告局なんてのもありますし・・・
ただ、感触では、紙の新聞印刷費は全体の4分の1程度かな、って思います。
朝日のデジタル版が高いのは、ビジネスと言うより、販売店に顔が向いてるからじゃないでしょうか。憶測ですが。
2012 年 2 月 1 日 at 19:40 PM
>朝日のデジタル版が高いのは、ビジネスと言うより、
>販売店に顔が向いてるからじゃないでしょうか。
私もそう思っています。
宅配体制の維持は、新聞社にとって、凶なのか
吉なのか。
広告代理店に勤務していたころ、ダイレクト
マーケティングを担当していました。
メーカーは直販をしたいのだけど、チャネルの
反発が恐くて出来ないって事を沢山見てきました。
でも、私の住む、新宿から30分の私鉄の特急停車駅、
魚屋、八百屋の小売店は姿を消しました、スーパー
とコンビニが普段の買い物、休みの日は車で
量販店、ディスカウンター、流通は、大きく変貌
してるのに、新聞は今のままを続けるつもりです
かね。