ソーシャルメディア、インターネットなどを活用して、報道機関に属さない人でもコンテンツを生み出す動きをオープンジャーナリズムと称し、その手法でクラウドソースドジャーナリズム、あるいはデータジャーナリズムなどとも呼ばれるようですが、そのパイオニアの1人、「Brown Moses」が、その手法を伝授する新サイトを月内にスタートさせるそうです。

名称のBellingcatは、文字通り「ネコに鈴をつける」こと。”天敵”の襲撃を避けるためにネズミが考えた無茶なアイディアなので、「極めて困難な試み」を意味する英国の古いフレーズだそうです。

そこで、標題に掲げた「ソーシャルメディアの活用で調査報道のプロになる」という「極めて困難な試み」を始める「Brown Moses」とは何者でしょうか。

実は、このBrown Mosesとはブログ名にもなっているネット上の名称で、本名はEliot Higgins氏。英国・ロンドンの北160kmの田舎町にすむ35歳の無職の男性です。妻と4歳の娘がいます。

YouTubeを中心に、FacebookやTwitterなどのソーシャルメディアを活用して、内戦が泥沼化している中東・シリアで使われている武器、兵器などに関して徹底的に調べ上げて公開しています。この分野ではプロも敵わぬ第一人者とされ、そのブログはプロの軍事ジャーナリストの必読サイトと言われているそうです。

彼がブログで暴いたのは、世界的に禁止されているクラスター爆弾をアサド政権側が使っていることや、簡単に作れて殺傷力の強い即席樽爆弾がヘリコプターから投下されていること、中国製で肩掛け型の熱線感知ミサイルが拡散していること、さらには政府軍が化学兵器を使っていることまで、”プロ”に先駆けて次々に明らかにしてきました。

その実力、実績に関して、ニューヨーク・タイムズの著名な戦争記者CJ Chivers氏は、「プロの記者は、Mosesのブログに借金してることに正直になるべきだ」「認めようが認めまいが、多くが彼の日々の仕事を頼りにしてるんだ」と語ったと英ガーディアンの記事にあります。

またBBC ニュースの国際問題のプロデューサーStuart Hughes氏は「Higgins氏は多分、この分野で仕事をしている殆ど全てのジャーナリストより多くのニュースを出している」と言っているそうです。

プロたちにこんなに絶賛される仕事を、Higgins氏はどうして成し遂げられるのか。これについては、米国のメディアも含め、あちこちで取り上げられていますが、一番詳しそうなのは、ハフィントン・ポストの昨年11月の記事です。(日本語記事では、平和博さんの記事が秀逸です)

彼は、ジャーナリズムを学んだこともなければ、その種の仕事についたこともありません。全くの独学です。アラブ語も分からないし、シリアに行ったこともない。大学中退のゲーマーで、銀行のデータ入力の係だったり女性用下着の在庫管理、さらには亡命希望者向けのNPOの管理者を最後に無職になってしまいました。

それが2年前のことで、それから、突然、シリア内戦、とりわけ、使用される武器、兵器の解明に取り憑かれてしまったようです。元は熱心なゲーマーだったことが関係しているのかも知れません。彼は、Youtubeにアップされる政権側、反体制側各派の映像を毎日毎日、ヒマに任せて何百本も見て、武器カタログを作ったそうです。

ここに彼が常時モニターしているリストがありますが、Youtubeの600にも達するアカウントをチェックしていて、今も毎日300本の現地発の新着ビデオを見てるとか。シリア国内が極めて危険なので海外メディアの発信が少ないこともあって、政権側も、反体制各派も自派に有利な情報を競って発信しているという事情もあるようです。先のハフィントン・ポストの記事では「シリア内戦は歴史上、もっとも記録された紛争と見なせる」と指摘していました。

それを見て、解析し、分からないことがあると、FacebookやTwitterを介して、世界中の”軍事情報オタクネットワーク”に知恵を貸すように求めて、一つ一つ事実を積み重ねていくようです。

まさにソーシャルメディア時代なればこその取材方法と言えますが、メディアで語られているのはおそらく表面的なことで、実際には、効率的に情報を集め、どう処理するかについて様々な試行錯誤と独自の工夫があったに違いないはずです。

Open Source Investigations For All(みんなのためのオープンソース調査報道)を掲げて、Higgins氏が信頼する軍事情報仲間と立ち上げるサイトBellingcatでは、そうした試行錯誤を経て身についた貴重なテクニックなども満載のことでしょう。

費用のことは触れられていないようですが、運営費用を集めているとのことですから、スポンサーを獲得して、親サイト同様に無料公開の感じですがどうでしょうか。楽しみなことです。

なお、この記事を書くにあたっていろいろ検索していて驚いたことがあります。日経テレコンで「ブラウン・モーゼス」「エリオット・ヒギンズ」を検索したところ、結果はともに「0件」でした。

これだけのことを成し遂げ、欧米著名メディアがこぞって取り上げた人物なのに、日本では、全国、どの新聞に一度も登場していない! ちなみに、ニューヨーク・タイムズでは108件、英ガーディアンでは70件がヒットしました。こういう違いが、ソーシャルメディアの活用というか取り込みに関心の薄い日本の新聞の現状を象徴してるんでしょうね。