先週末のことで、ちょっと旧聞ですが、デジタル化への様々な先進的な取り組みで知られるニューヨークタイムズが、またまた新たな試みを展開しています。

それは、数多くの硬派番組を制作しているラジオ局、This American Lifeとのコラボレーションで、1面記事を強力に補完する音声番組を共同制作し、公共ラジオ局を通じて全国放送するとともに、ストリーミングでも聞け、米国でブームになっているポッドキャスト(podcast)で配信しているのです。

「なんだ、それってひと昔前に流行った『メディアミックス』みたいなもん」、と思われそうですが、そうではありません。

かってのメディアミックスは一つの素材を異なるメディアで有効利用しようということだったと思いますが、NYタイムズの試みは、外部メディアの協力で自前記事に厚みを加える作品を全く別のスタイルで作ったからです。テーマは「病院内の武装警備」という日本では考えられない、深刻な問題でした。

その記事「病院が弾丸を発射する時(When the Hospital Fires the Bullet)」は先週金曜日の朝刊1面に載ったそうです。とても長大な記事ですが、生ニュースではなく、昨年8月末の事件を素材にした一種のキャンペーン記事です。

その事件をごくごくかいつまんで紹介します。場所はヒューストンのSt. Joseph Medical Center。ここで、Alan Peanさんという26歳になる大学生が、日本では一般使用が認められていない強力なスタンガンTaserで胸を撃たれました。

撃ったのは非番の日のアルバイトとして警備員に雇われていた現職のベテラン警官2人。なぜ撃ったか。それは、前夜、躁うつ症で診療のために来院したものの、駐車場で何台もぶつける事故を起こして怪我をしたため経過観察で入院したPeanさんが、朝になって裸で歌ったり踊ったりしていた。それを看護師がなだめ、ガウンを着せようとしたものの、きちんと着ない。そこで、警備員を呼んだら、取っ組み合いになった。で、スタンガン発射、となったようです。

スタンガンの針はわずかに心臓を外れたため、Peanさんはあやうく一命を取り留めました。それほどこのTaserというスタンガンは強力なようです。傷跡は今も残っています。

記事は、国内の病院での暴力犯罪が激増していることや、大手医療機関の52%で警備員が拳銃を携行し、47%でTaserを撃った、という調査結果などを紹介しつつ、「殺傷力の高い武器を病院の警備員が持つべきなのかどうか」という問題提起をする視点から書かれています。

で、この問題提起を幅広く知ってもらうために、この記事を担当した3人の女性記者・編集者が、This American Lifeの伝説的なクリエーターというIra Glass氏と接触、新聞の記事を補完する音声番組の制作を持ちかけたのです。

なぜ、そうしたか。元NYタイムズマガジン副編集長で、今はThis American Lifeの編集長であるJoel Novell氏は「彼女たちは、大きな感情的な共鳴を呼び起こしたいという欲求に突き動かされ、コラボする決断をした」と、Podcastに関するニュースレターHot Podの創立者Nicholas Quah氏へのメールで説明したと、Nieman Labの記事にあります。

さらに、Novell氏は「Peanさんには経験を生々しく語れる能力があり、彼の家族の感情面の経験を説明する方法としてオーディオが有効だと思った。なぜなら、新聞記事では病院内の武装警備というより大きな問題に焦点を当て、紙面の制約もあるので、感情面などは不当に軽く扱われるから」とも述べたとか。

そして、各々の原稿、草案を共有して、それぞれがより深く掘り下げた記事と音声番組を作り上げ、パッケージとして展開したわけです。

ラジオ番組は記事が出た後から週末にかけ、各地のパブリックラジオ局から放送され、東部時間で日曜午後7時以降から、This American LifeのサイトやiTuneなどからPodcastとしてダウンロード出来るようになりました。ストリーミングで聞くことも可能です。

現場記者の創意で、こうしたダイナミックな展開が出来るのはなんだか羨ましい。デジタルに向かうNYタイムズの姿勢が明確で、記者個々人の意識改革が進んでいるからでしょう。

NYタイムズはすでに5種類ほどのPodcast番組を定期的に作っていますが、Quah氏によると、さらなる新番組も予定されているそうです。

ちなみに今回、パートナーとなったThis American Lifeからスピンオフしたチームが制作したのが、1億ダウンロードに達したという調査報道Podcast「Serial」です。