アメリカの大統領選の予備選ミニ・スーパーチューズディで、共和党のトランプ氏が大票田フロリダなどで勝利し、指名獲得にまた大きく前進しました。

よその国の大統領候補をとやかく言っても始まりませんが、米国ではトランプ人気の高まりと同時に危惧の念も一層強まっていくことでしょう。

3週間ほど前には、ワシントンポストが「トランプ氏阻止へあらゆる措置を」という異例の社説を掲げたように、ジャーナリストにも危機感が広がっているようです。

そうした中、NPR(旧称National Public Radio)という、全国1,000局以上に配信している公共ラジオ局でニュース番組のコメンテーターを務めるコーキー・ロバーツ(Cokie Roberts)さんが、夫と連名で新聞シンジケート向けに書いた、「共和党はトランプ氏を止めよ」と主張するコラムが、NPRのコメンテーターの役割にふさわしくない、と局の幹部にお叱りを受けています。

アメリカでは、かって存在した放送の公平原則(fairness doctrine)は1987年に廃止されています。しかも、彼女はNPRの社員じゃないし、番組でトランプ氏を批判したわけでもない。なのに、何故?

この動きを最初に伝えたのはNPR自身のサイトにアップされた「NPRは反トランプコラムを書いたロバーツ氏の役割を明確にする」と題する記事です。

ロバーツさんは、両親ともかって連邦議会議員を務め、その家系は米国独立革命に遡れるという名門の出身。ワシントンポストによると「ジャーナリズムの世界では全員に知られた存在」という有名人のようです。

以前はABCニュースの記者でしたが、1992年にフリーとなって以来、NPRとは年次契約で月曜朝のニュース番組で政治の動きを展望するコーナーを担当していました。20年近くニュースアナリストの肩書きでしたが、数年前に「コメンターター」に変わったそうです。

有名人ですから、あちこちから声がかかっていて、コラムもその一つでしたが、この件については局の幹部に報告していませんでした。で、配信されたコラムがあちこちの新聞に載ったのはワシントンポストの例の社説と同時期の先月26日。その時は、なんの問題も起きていません。

ところが、今月9日朝に、彼女がMSNBCのニュース番組に出演し、画面を通してトランプ氏とやりあったことで、突然、2週間前のコラムに関心が集まって、ニュース担当副社長が乗り出してきたのです。

この副社長は、社内のニューススタッフにメモを出しました。そこでは「我々は大統領候補のサポートも反対もしない。政党に助言もしない。我々はニュースを集め、できる限りの視点をリスナーに提供する」とありました。

まるで2昔前の公平原則みたいですが、NPRは局の方針として、政治問題で立場を明確にするのを禁止しているのです。それを踏まえたものでした。そして、番組に出て、彼女自身が釈明するように指示したのです。

なんだか、どこの国の放送局かとさえ思えるような流れですが、以前に、似たようなケースであるジャーナリストとの契約を解除したら、社会的に大きな反発を招いたので、こうした措置で収めようとしたのでしょう。

そして、14日朝の番組に出た彼女に、番組ホストが「客観性こそわれわれの為すべき基礎だ。選挙戦の最中に、あなたが個人的な立場を表明したことを聞いて、少々失望した私のような人々に文句はあるか」などと、「客観性」を盾に迫られました。

ロバーツさんは「私は全くの無党派だ。関心があるのは政府の仕事だ」などとうまく逃げたとのことで、なんとなく落着。NPRも世間の反発を招くような契約解除をしなくて済みました。

しかし、エドワード・スノーデン氏からのリークでNSA監視システムを暴いたことで有名なグレン・グリーンウォルド氏は、自らのメディア「The Intercept」で、こう批判しました。

「独裁的な政治家が脅しと暴力に訴え、最悪の感情を焚きつけて権力に近づこうとするとき、その政治家を非難するのではなく、むしろ、危険だと警告するジャーナリストを非難する。これがアメリカの企業ジャーナリズム精神の具体化であり、これはその有力な一例だ。企業ジャーナリズムが執着する『客観性』は腐って危険にすらなっている」

繰り返しますが、「公平原則」をFCC(連邦通信委員会)が廃止して30年近く経ちます。でも、NPRが頑なに従来からのポリシーを守っているのは、公的、準公的な方面から運営費を仰いでいる部分が多いからでしょうか。その内訳はこうです。

もっとも多いのは「個人」からの寄付」34%で、次いで、企業や各種機関からの支援金」19%、「大学から寄付」が13%で、「国からの補助金」が11%あります。

年間総予算が2億ドル弱ですから、政府の補助金は2千万ドル近い。大金です。「万一、トランプ共和党政権が誕生して難癖をつけられ、申し開きが立たないでは困る・・・・」という思いから、NPR幹部が過剰な自己規制に走っていないことを祈ります。それこそ、ジャーナリズムの自殺につながりますから。そして齢72歳でも負けないロバーツさんガンバレ!