<学校の教職員や警察官、消防士、徴税吏、ゴミ収集係がどの街にも欠かせないように、記者というものも、実は消えてなくすわけにはいかないタイプの職なのではないでしょうか>
ごく最近、ネットで読んだ朝日新聞特別編集委員・山中季弘さんの一文にありました。新聞社が街から消え、記者の目が届かなくなるといかに行政が腐敗するかを米ロサンゼルス州のベル市を例として挙げた脈絡の中で語られていました。(ベル市の腐敗については、拙ブログのこことここで過去2回、取り上げましたのでご参照下さい)
とはいえ、米職探しサイトCareercast.comの職種ランキングでは、新聞記者は200職種中のなんと最下位というのも悲惨な現実です。著名大手紙ならともかく、コミュニティをカバーするような仕事を担う人材は大丈夫か?と思わざるを得ませんが、そこに現れたのが小学3年、9歳にして、ニュースサイトの編集長・発行人として大活躍するHilde Kate Lysiakという女の子です。
WashingtonPostと地元紙Daily Item(APの記事)が取り上げています。有料(年10ドル)で月一、8ページの新聞まで発行するという、末恐ろしい(笑)大物ぶりをかいつまんでご紹介します。
彼女が抱えている新聞の題字にあるように、そのニュースサイトはOrange Street News(OSN)といいます。ペンシルベニア州セリンズグローブ(Selinsgrove)という人口5,000人余りの小さな町の自宅住所にちなんでいるようです。
OSNのサイトに行って頂ければ分かりますが、3月だけで36本も記事を書いています。全部、自分で取材して、写真もビデオも自前です。で、記事の頭にパトカーの回転灯みたいな表示があるのが事件記事です。その一つ、4月2日、土曜日付けの<EXCLUSIVE: MURDER ON NINTH STREET!>という記事が、WashingtonPostなどが取り上げるきっかけになりました。
この記事は、彼女のニュースソースが「9丁目でパトカーが何台も来てる」と知らせてきたので、彼女がペンとカメラを持って現場に駆けつけ、警察官、署長、近所の人に取材してまとめたもので、セリンズグローブに本社がない地域紙Daily Item(1万7千部)がネットで報じる何時間も前に町中の人に知らせる結果になりました。
しかし、彼女のスクープについていい印象を持たなかった人もいたようです。翌日曜朝にかけて、彼女のFacebookに「全ての事実が明らかになってないのにこんな記事を書くのは馬鹿げてる」とか「女の子は人形と遊んでたら」「お茶会でもしたら」といった書き込みがされたのです。
普通の9歳の女の子なら落ち込むところでしょうが、彼女は違いました。12歳の姉を呼んで、ビデオで録画を頼みます。内容は、その非難コメントを読み上げ、それへ反論したのです。こう言いました。「私にニュース取材を止めさせたいなら、あなたはパソコンにしがみついてないで、ニュースに関わることをしなさいよ」。そしてそれをOSNのサイトだけじゃなく、YouTubeにもアップしました。
YouTubeの視聴数は8日現在で25万を超えています。Facebookの方では、そのビデオについての告知記事に「いいね」が1400、シェア383、そして大半が絶賛するコメントが650もついています。
これで、大手メディアも彼女に注目したわけですが、実は、彼女がOSNを立ち上げ、ジャーナリストデビューしたのは7歳でした。8歳の時には町議会の会合にの出席し、企業のオーナーのインタビューもこなしたそう。その活躍ぶりは8歳にしてColumbia Journalism Reviewに<Is this 8-year-old’s newspaper better than yours?>と題して取り上げられるほどでした。
取材範囲は徐々に広がっていますが、一番好きなのは事件取材と言います。OSNのサイトの右上には<VANDALISM ON YOUR BLOCK? THE OSN WILL INVESTIGATE! >と掲げ、実際に、街中の花用のプランターが次々破壊された現場写真を撮り、シリーズで記事を書いて関心を高めた結果、警察も「必ず解決する」と言わざるを得なくなっているほどの活躍ぶりです。
しかし、この活躍は、”突然変異”的なものではないようです。彼女の父親は、今は作家ですが、3年前に故郷の田舎町に引っ越してくるまでは、ニューヨークでDaily Newsの記者として事件事故を追っていて、その現場や編集局にしばしば彼女を連れていっていたそうなのです。幼い頃から記者の現場を見て、仕事に憧れ、記者の基本を自然に身につけたのでしょう。
冒頭に紹介した一文を、山中さんはこう書いて締めくくっています。
<現場へ走る。映像を収録する。話を聞く。本心を聴き出す。それを文章にする。写真や動画を編集する。それらを世に送り出す。こうした全工程をひとりでこなす。それがこの先も変わらぬ記者の本分だと思います。そして、それこそが未来の記者たちの存在意義だと私は信じています>
このことをHildeさんは9歳にして、まさに全行程を一人で成し遂げているように見えます。素晴らしい。願わくば、彼女に憧れる少年少女が続き、新聞の未来が支えられますように。もちろん、日本でも。
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