サイモン・ウィートクロフト(Simon Wheatcroft)という英イングランド・ドンカスター市に住む31歳の男性がいます。

普通のイギリスのランナーに見えますが、実は17歳で失明したそうです。しかし、走ることに賭けています。つい先日18日のボストンマラソンに出場、完走しました。

ここまでなら、別に目新しいことではありません。ボストンマラソンにも39人もの盲人ランナーが参加しました。でも、彼は5月1日から7日間かけて250キロ、砂漠を駆け抜けるウルトラマラソンに出場するのです。

そして、もっと驚くのは、彼はそれを伴走者なしで、道無き道をいく砂漠のコースを一人で走るというのです。どうしてそんな無謀に見えることが可能なのか。そして、どうしてそう思い立ったのか。

可能にしたのはiPhoneの専用アプリでした。実は、だいぶ前から、彼はIBMのBluemix Garageという、相手の目的に合わせてアプリを設計、構築するコンサルタント組織と一緒になって、その専用アプリ開発を進めてきたのですが、それが、先月に完成したのです。

それは、走行中にコースを右や左に寄り過ぎると、小さな信号を出して知らせる仕組みだそうです。3万人近く走るボストンでは危険防止のために伴走者2人と一緒でしたが、そのアプリをテストし、十分に機能することを確認できたそうです。

これを伝えたFastCompanyの記事では、「私はレースをエンジョイした。沿道の歓声も聞けた。アプリは私が間違った時にだけアラートを出した。残りの時間は完璧に静かにしてた」と彼が語ったとあります。

そして、この結果を踏まえて、いよいよ砂漠のウルトラマラソンにチャレンジします。場所はアフリカ南部、ナミビアの砂漠Namib desertを駆け抜けるSahara Raceです。

Namib Desert には砂丘も多く、中には高さ300メートル、長さ32キロという巨大なものもあるとか。そうした砂丘が並ぶ難コースの要所要所に建てられたピンクの小旗を頼りに参加者は毎日40キロ近く、7日間走り続けるという過酷なレースです。

健常者でも気が遠くなるような話ですが、そこをウィートクロフト氏は、伴走者なしで、iPhoneアプリだけを頼りに走り抜くというのです。砂漠に携帯の電波が飛んでいるのかどうかがまず気になりますが、このアプリ頼みで走るということですから、その問題はなんらかの形でクリアしているのでしょう。

問題はそこではないようです。彼はレースへの不安を<Is it possible?>と題した22日付のブログに率直に記しています。「かっては夢だったものが現実になった」「初めて一人でスタートラインに立つ」「160マイル(250キロ)を前にして、この距離を一人でカバーすることは可能なんだろうか?」「可能かどうかは分からない」「最初に壊れるのはテクノロジー(アプリ)か私の体か?」「どちらも砂漠でテストしていない。どっちも砂漠で7日間、生き延びなければならない」

それでも挑戦するのはなぜか。彼はこのブログをこう書き出していました。「6年近く前に私は旅を始めた。多分、その時は意識していなかった。でも、その旅は(視覚障害者の)可能性の境界を広げようとするものだった」と。そして不安を抱えつつ、ブログをこう締めくくります。「私は可能性のラインを前進させるために、技術との相乗効果で一人でスタートラインに向かう」と。

悲壮感ただようカッコ良さです。先のFastCompanyの記事によれば、彼は、このマラソン用のiPhoneアプリのさらなる進化を期待しているとのことです。

例えば、彼が進む前方に何があるかを認識し、周囲の環境をスキャンして進むべき方向を的確に指示するという、まあ、車の自動運転みたいな機能の付加です。また、モーショントラッキングと同時に周囲をスキャンして3Dマップをリアルタイムで生成することができるというグーグルのProject Tangoにも強い関心を持っているそうです。

「我々は、ビープ音と振動でナビゲート出来る技術を生み出しつつある。これが進化すれば、盲人ランナーに留まらず、幅広い状況で視覚障害者をナビゲートすることが可能になるだろう」ーー視覚障害者の誰もが、街中を、お店の中を自由に安全に歩けるようにするアプリ登場が彼の夢なのです。

レース開始まであと4日。サイトに毎日、ビデオ、写真、成績、まとめ記事がアップされるということですから、楽しみにしましょう。そして、わが日本のNHKも10人のクルーを送り込んで「Great Race」の番組を作るそうです。それを知らせるプレスリリースには、もちろん「特殊テクノロジーを用いて完走をめざす盲人ランナーに注目する」とありますから、これも楽しみにしましょう。