「携帯電話の留守録って双刃の剣なのか」–そういう感慨を持ちました。2013年6月、米・ワシントン州バンクーバーで起きた暴行殺人事件に関する経緯についてです。
夫婦喧嘩の最中に妻の悲鳴が聞こえ、「殺してやる(I will kill you)」と脅す夫の声が夫の携帯電話の留守録に入っていました。これを重要証拠に一審は2014年12月、夫に第二級殺人と暴行罪で懲役12年の判決を下しました。

Daily Beastより
ところが、その留守録内容に、夫の弁護士が「ワシントン州法に則れば、この録音は証拠に出来ないはず」と申し立て、控訴審の判事がそれを認めて、裁判のやり直しを命じたというのです。
録音内容が有罪の決め手になったはずが、同じ録音内容が無罪放免への道を開くかもしれない。法律って不思議な世界です。
これを最初に報じたのは地元紙The Columbianでしたが、翌日、有力オンラインメディアのDaily Beastが詳細に伝えました。それらによると、夫はGarett Smith氏(48)。死んだのは妻のSherylさん。スミス氏はクリーンエネルギー事業を展開し、地元紙に取り上げられるほどの起業家。シェリルさんとは1年半前に再婚。
事件は、妻の連れ子のSkylar Williamsさんがジムに出かけた後のことでした。罵り合いの後でスミス氏が妻を殴りつけたようです。その喧嘩の最中に、なぜか、スミス氏は固定電話から自分の携帯に電話します。スミス氏は酔っていたようで、さらに興奮して携帯が何処にあるかわからなくなったからのようです。
そして、固定電話の受話器をそのまま放置されたようです。携帯を探し出しもしないので、携帯のVoice mail、日本でいう留守録につながりました。結果、その後の喧嘩の様子は、固定電話の受話器を通してから携帯に録音され続けることになったのです。
裁判で明らかになった録音内容によると、妻は「止めて」とか「私にしたことを見てよ!」と絶叫し、夫は問題の「殺してやる(I will kill you)」と言ったそうです。
その後、夫は出かけますが、ジムから帰った娘が傷だらけで、虫の息の母親を発見します。母親は娘に「襲ったのは夫だって他の人にちゃんと伝えて」と言い残したらしい。そして間も無く息を引き取ります。
捕まって裁判にかけられたスミス氏は強気でした。「死んだなんて知らなかった」「傷つけるつもりはなかった。まして殺そうなんて」と述べ、弁護士は「脅迫のコトバは文字通り受け取られるべきではない」などと主張しました。
裁判長はこうした主張を退け、懲役12年を言い渡したのですが、スミス氏側は論点を変えて控訴しました。こうです。
「Voice mailは証拠として認められるべきではない。なぜなら、ワシントン州のプライバシー法では会話の録音には双方の同意を要求しているが、妻は同意していなかったから」
これを控訴審の判事が認めてしまったのです。「妻の悲鳴、絶叫は夫の怒鳴り声に対する感情的な表現としてなされたもので、会話の一部を構成している」 だから、「妻の合意なしの録音は証拠にできない」とし、一審判決を破棄、やり直しを求めたのです。
検察側は、これを不服として州最高裁に上げる構えのようですが、スミス氏の弁護士は大喜び。「自動的に勝利を言い渡されたものではないが、”やり直し”以上のものだ」「ゾクゾクする」
加えて、スミス氏には強い支援グループが出来ているようで、亡くなったシェリルさんのことをcrying wolf(お金をせびるために吠える狼)と呼ぶなど、ネット上で彼女を非難する声が少なくないとDaily Beastの記事が伝えています。
その一つGarrett’s Voiceというサイトを覗くと、いかにスミス氏が社会的に立派な存在だったかが細々、紹介される一方で、「シェリルさんには32もの偽名、通り名があり、裁判沙汰を繰り返すようないかがわしい存在だ、彼女は自分が贅沢をするために120万ドルの価値のあるスミス氏の会社を手に入れようとした」、などと書き散らしています。
内容が多岐にわたる上、なぜか不鮮明なPDF文書を貼り付けたものも多く、読みにくいのですが、Daily Beastによると「スミス氏を有罪にするために一人の刑事がVoice mailの内容を改ざんしたのだ」という主張まであるとか。その過激な内容に捜査当局が事情聴取に乗り出しているそうです。
リアル世界では、まるで木を見て森を見ないようなガチガチの控訴審判事の法解釈がなされ、バーチャル世界では、傍若無人な被害者攻撃とスミス氏擁護論がまかり通る。そして、同じ録音内容が”クロ”にも“シロ”にも解釈・利用される。極端に振れるフシギなケースです。
コメントを残す