インターネット広告が増えるのに反比例して新聞広告はジリ貧の一方。予算削減、人減らしが常態化しているのが米国の現状なのは、何度も書きました。

そこで懸念されているのが、人とカネと時間をかけて新たな問題を掘り起こす「調査報道」の衰退です。これを補うべく、ここ10年足らずの間に、全米各地で、非営利、独立系でオンライン発信を主とする、いわゆるNPO報道機関が続々と誕生してきました。

そのいくつかは当ブログでも紹介し、動向に関心を持ち続けているのですが、その中の一つ、The Marshall Projectの最近の力作に遅まきながら気づきました。それは、日本では考えられず、米国でも一般の人は知らないという子供が少年院などに入れられたら、その親に請求書が届く」という実態を幅広く取材した記事が、ワシントンポストに提供されていたのです。

そして、その記事がアップされた数時間後に、記事の書き出しに紹介された東部ペンシルベニア州の大都市フィラデルフィア市は、そのシステムを「即刻、廃止する」という厚生福祉局長名の声明を出したのです。

それをまた、Marshall Projectは即、記事にしました。この、親から集金するシステムが驚きですし、その展開も興味深いので、かいつまんで紹介します。

ワシントンポストに掲載された記事は、こう始まります。「フィラデルフィア市に雇われた民間弁護士は、毎週、自分の子供が収監された親を呼び出し、電卓を取り出して、より悪いニュースを告げる。子供の収監費用に関する請求書だ。この1対1のミーティングを10数回も行う」

請求書の金額は、最高でも月1000ドルだそうですが、非行などで収監された子供の親は概して貧しいので、月々5ドルの分割払いもあるとか。その一方、弁護士のサラリーは年間31万6千ドル。市長を含めどの職員より高く、おまけに、集金額によって、最高16万ドルのボーナスまでつくとか。

収監された子供の親から集金するというシステムはどうして生まれたのか。それは、どうやら、子供が悪さをしたら、親は罰金みたいに金を取られるのだから、そうならないように子供に目を光らせるだろう、という考えが1970年代、80年代にあって、そこから始まったようなんです。その一方で、”悪ガキ”に、一般納税者の金を使うのか、という考えもあったそう。

そして、現在、監獄、少年院などの矯正施設、懲罰キャンプなどに入れられた子供の親に、その収容コスト分として親に課金する州は全米50州のうち、19州が州レベルで行われ、これに加えて少なくとも28州で、個々の郡(county)で実施されていることが、今回のMarshall Projectの調査で判明したとのことです。なんと90%以上。

下の地図で、青色は通常、親に請求するのを州レベルで定めている15州で、濃いグレーがケースによって親に請求する4州を表しています。淡いグレーは「州レベル」では、そうした規定のない州です。

この地図で、淡いグレーになっている左端の「CA」、カリフォリニア州では、州全体の規定はないものの、郡レベルでは実施されているところが少なくないようです。ただし、同州では、青少年問題の活動家がカルフォルニア大バークレー校のロースクールの学生とともに、「一晩30ドル」という課金を廃止する運動を始め、3つの郡で勝利し、今は、州議会議員が州内全郡で禁止する法案を出しているそうです。

では、一体、どのくらい親から巻き上げ、市の財政に寄与しているのか。フィラデルフィア市の場合は、惨憺たるものです。昨年、集金できたのは551,126ドルなのに対し、実際に若年者収容施設に要した支出は81,148,521ドルでした。他の州でも同じようなパターン。

それでもやめないのは、親を子につなげておく一つの方法だから、というのが当局者の認識。それに「家にいたって食事や衣料に金はかかるはずだし」という考えも。

テネシー州の青少年問題担当者はこういったそうです。「数十年前は、少年裁判所に連れ出された我が子を、手に負えないから放り出そうっていう親が多かった。そこで裁判官は『OK、わかった。それじゃ収監コストを払ってもらおう』ということで法律になった」

しかし「親は支払うより、子供を管理しようと決断するんじゃなかろうかと期待した」という論理は今に至るまで、ほとんど実証されてはいないようです。

さて、いくら課金額をどう算定するかは、離婚に伴う養育費算定方式を元にしたり、定額のところと州によって異なるようですが、基本的には月数百ドルで、実際の収監コストの一部にすぎません。

ただし、期限まで納めないと、集金代理人が現れ、利息を上乗せした上、給料の50%差し押さえ、銀行口座の差し押さえ、時には運転免許の停止とか法廷侮辱罪で訴えるなどの荒技に出ることもあるそうですから、恐ろしい。

先に紹介したカリフォリニア大バークリー校などのグループが調べた、オークランド市を含むアラメダ郡の2014-2015年度の数字だと、250,938ドルの費用をかけて、集金できたのは419,830ドルにすぎなかったので、内部文書には“little financial gain.”とあったそうです。

そこで、郡当局は、昨年3月に、このグループの結果に続くような形で集金を停止し、3,000家族の負債を免除しました。

また昨年8月には、主に西海岸を担当する第9巡回控訴裁判所は、カリフォリニア州オレンジ郡に住む母親が、拘留された息子の為に9,500ドル以上を払うために、家を売って破産した件で、「最も貧しい社会のメンバーに公的機関のコストを賄うために課金するのは、一種の逆累進課税であるばかりか、人々が最も傷ついている時を利用する事実上の”貧苦にかける税金”を強要するものである」と郡当局を批判しました。

こうした動きが、カリフォリニア州内の郡レベルでの廃止の動きを加速したわけですが、フィラデルフィア市でも、昨年、青少年保護団体とテンプル大学ロースクールの学生らが、この問題解決をJim Kenny市長(民主)のオフィスに働きかけ、議論を重ねていました。

これを受けて、市長は、ペンシルベニア州厚生福祉局に、州法と連邦法の元で、市が廃案にすることが可能なのかの法的検討を要請していたのです。そして、その見解が市議会の公聴会で示される当日にMarshall Projectの記事がワシントンポストのサイトに載り、全国的な注目を集めた中で、公聴会開始寸前に、市当局の廃止声明が出たのでした。集金担当弁護士の契約は3月末で終えるそうです。

トランプ大統領当選を後押ししたとされるブライトバートなど、米国では右翼系ニュースサイトばかりが、このところ注目されていましたが、新聞の弱体化を補うようなしっかりしたNPO報道機関の存在が少なくないのは心強い限りです。

ちなみにMarshall Projectの名前の由来は、黒人として米国初の最高裁判事になったThurgood Marshall氏によるそうで、編集主幹は、2011年9月まで、8年余にわたってニューヨークタイムズの編集主幹を務めたビル・ケラー氏です。