だいぶくたびれているのですが捨てられないスウェットシャツがあります。左胸に「STOP」のロゴ、背中にあのマーチン・ルーサー・キング牧師の名言がプリントされています。

<STOP>とは、ロゴの下の方に赤字で書いてありますが、Slavery That Oppresses Peopleの略で「人々を虐げる奴隷制」、それをStopさせようという意味合いですね。

そして奴隷制解放のレジェンド、キング牧師のセリフを和訳すると「現代(Our Time)における最大の罪は、少数の人が破壊してしまったことではなく、圧倒的多数の人が傍観していたことである」といったところでしょうか。つまり、正しいことに向かって行動せよということでしょう。

このスウェットは1999年、コロラド州デンバー郊外の小学校4年生のクラスから始まった、内戦下のスーダンの奴隷買い戻し運動を取材した際に入手しました。子供達は、少しでも奴隷を買い戻そうとバザーを開いたりこのスウェットを売ったりして資金集め運動のタネを蒔いたのでした。

この運動はンターネットで広まり、当時、7万ドルが集まり、奴隷になっていた1050人を一人50ドルで買い戻すことにつながりました。

この小学生の運動をサポートしたCSI(Christian Solidarity International )のサイトによると、いまだにスーダンでは奴隷が存在するものの、これまでに10万人が買い戻され、自由を得たとあります。

こうした素晴らしい活動は日本ではほとんど報じられませんでした。なので、その一端に自分が関わって報道したという、何とはなし嬉しいような記憶があって、このスウェットを見るたびに思い出すのです。

前置きが長くなりました。なぜ、この話を紹介したかというと、2019年のOur Timeの最大課題の一つ「気候変動」への対応を訴えるTシャツとスウェットシャツが、STOPと似た体裁で売り出されたからです。

来週22日の「Earth Day」に向けて登場した「The Climate Collection」です。

作ったのは、創業2010年と歴史は浅いものの、<Luxury Essentials>(豪華な必需品?)を謳って人気だという米国のファッションブランドEverlaneです。

左胸に印刷されているのは、実はニューヨークタイムズの最近のマーケティングのフレーズで、背中のそれはNYタイムズの気候変動に関わる姿勢を示すものです。

Everlaneは、NYタイムズと提携してこの表裏に印刷したTシャツ、スウェットシャツを作ったのですが、その意図についてこう書いています。

「良い判断をするにはfactから始める必要がある。そして真実をもたらすことにおいてNYタイムズのジャーナリストより優れた人はいない。だから、我々はEarth Dayに向けて、この時代(Our Time)に最も大事な気候変動の記事に生徒がアクセスできるように協働するのだ」「なぜなら地球は次世代の所有物だから」

「生徒がアクセスできるように」とはどういうことか。上の4着のシャツが並んだ写真に細かい字で書いてあります。「このシャツが一枚売れるたびにNYTのsubscription sponsorship programによって、公立学校の生徒9人にNYTサイトへの無料アクセスが与えられる」

このプログラムは従前から行われていて、世界中の読者からの寄付を元に、米国の12~18才の生徒に無料アクセスを認めているもので、現在は4000校、300万人が恩恵を受けているとのこと。

NYタイムズサイトにある寄付のページでは「例えば50ドルを寄付すると中規模のクラスに1年間の無料アクセスを提供できる」とあります。米国の中学、高校の「中規模」なクラスの生徒数は分かりませんが、仮に50人とすれば、NYタイムズは生徒一人に1ドルで年間アクセスを認めていることになります。

とすると、Everlaneのシャツ1枚で9人に年間アクセスを提供するということは、22ドルのTシャツ、50ドルのスウェットからそれぞれ9ドルをNYタイムズに払っているということかもしれません。

何れにせよ、1万枚売れれば9万人、10万枚なら90万人の生徒が新たにNYTサイトに無料アクセスができるようになるわけで、社会的なインパクトも大きいですね。そしてNYタイムズは将来の見込み客の裾野を広げられる。

おそらく、このEverlaneのNYタイムズタイアップのシャツを購入、着用する人は、気候変動に関心を持ち、子供達のNYTへの無料アクセスにも貢献しているという、なにがしかの優越感をくすぐられることでしょう。私が「STOP」のスウェットを、くたびれていても気持ちよく愛用しているように。

いずれにしてもこの企画は、二つの企業のブランド力があってのこと。だからこそシナジー効果も生まれるのでしょう。メディア企業は厳しい状況にあるからこそ、生き残りにはブランド力を磨かねばならないようです。