朝日新聞は、日本の新聞社の中では、デジタルへの取り組みが進んでいるはずですが、いまだに記者のツイッター発信は会社の「公認制」のようですね。久しぶりにググってみたら、何年か前と同じようなのでビックリしました。

なんでググる気になったかというと、米国の記者のソーシャルメディアの使用のあり方に関して読者や視聴者はどう思っているかに関するギャラップの記事を目にしたからです。

これは、アメリカ人のメディアに関する意見をよりよく理解しようとするギャラップ(Gallup)社とKnight財団による Trust,Media and Democracy活動の一環として、この7月に行われた調査を伝えるものでした。

この中で、特に印象的なのは、比較的プライベートな発信が許容されるように思われるソーシャルメディアですが、こと、記者のソーシャルメディアでの発信に関しては、米国人は甘い見方を取っていないということです。

記事にはこうあります。「米国人がソーシャルメディアを使ってジャーナリストが行うことで見たくないことの一つは、その日のニュースについての個人的見解をshareすることだ」

ソーシャルメディア発信で、ニュースに関する個人的見解を述べることを許容する人は34%、許容しないが65%。そのうち27%が強く許容しないでした。3人に2人が「ノー」というわけです。

報道に関わる人々は、駆け出しの頃から「事実と意見は明確に切り分けよ」と訓練されますが、アメリカのメディアはそれを守っていないという意識が強いことが背景にあるようです。

これもギャラップの昨年1月の記事からですが、米国のメディアは事実と意見の峻別に注意深くやってる、という見方は1984年の58%から2017年には32%まで激減し、その分、注意深くないが42%から66%に膨れ上がっています。

こういうメディア全体に対する厳しい判断が、それを支える記者個人個人にも向けられ、ソーシャルメディアでの発信のありようにも影響を及ぼしているようです。

何かにつけて党派的な乖離が目立つ民主、共和支持者ですが、この問題でも、民主党支持者の47%が個人的見解を述べることを許容するのに対し、共和党支持者のそれは、民主党支持者の約半分の25%に止まりました。

共和党のトランプ大統領が非難するように、リベラルな姿勢をとるメディアが比較的多いことが、ソーシャルメディアでの個人的見解をも民主党支持者が受け入れるのかも知れません。

それとは対照的に、記者が事実を広めるためにソーシャルメディアを使うことには党派を超えた圧倒的な支持が集まりました。

例えば、政治家による嘘やミスリーディングな発言を正すためにソーシャルメディアを使うことには92%が賛成し、うち62%が強く支持しました。

また93%が、記者が報道した内容に関わる追加の調査や背景を共有するためのソーシャルメディアを使うことに賛成しました。

そのほか、報じた内容について読者、視聴者の質問に答えるためにソーシャルメディアを使う(93%)、報道すべき記事について読者、視聴者からインプットするために使う(84%)、他の報道機関が報じた事実の解釈を議論するために使う(76%)など、メディア本体とリンクした形での活用に、期待を寄せています。

であればこそ、ソーシャルメディアといえども、記者の個人的見解などは欲しくないということになるのでしょう。

とすると、朝日の「公認制」も、一定の意味があるのでしょうね。会社の看板を背負って発信する形ですから、無駄な、あるいは問題になりそうな発言の抑制になるかも知れないですから。あ、そういえば、読売新聞も記者のソーシャルメディア発信は厳しいらしい。それも見識なのかも。