彼らは我々を殺戮しようとしているんだとますます感じるようになった。戦術的にね

そのように、社内チーム向けのコミュニケーションツールSLACKに書き込んだのはデジタルメディアの雄、BuzzFeedの記者です。

その「彼ら」とは、New York Times(NYT)のこと。BuzzFeedから、近年、おびただしい数のスター記者がNYTに引き抜かれていることに、社内のイライラが高まっていると、VanityFairの記事が伝えています。

記事によるとNYTは、一時期、ワシントン政治の報道で圧倒的存在を誇るPoliticoから大量のスター記者を採用しました。そこであげられたピューリツァー賞受賞者でトランプ大統領が目の敵にしているMaggie Herbermanら5人の名前を追うと、全員、今のNYTのホワイトハウス担当か政治担当です。

それが一段落すると、NYTの矛先はBuzzFeedに向いたようです。なにせ、NYTの編集局長のDean BaquetGuardianのインタビューで、NYT、Washington Post、Guardianの既存3紙と並んでBuzzFeedをジャーナリズム新時代にインパクトを与えた唯一のオンラインメディアに挙げているほど、NYT内で評価が高かったからのようです。

そしてVanity Fairの記事を書いたJoe PompeoのメールにもBaquetは「BuzzFeedは素晴らしい報道機関であり、現代ジャーナリズムに影響を与え続けている」「我々は優れたジャーナリストを優れた報道機関から雇いたい。それがBuzzFeedであろうとWSJであろうと」と手放しです。

かくて、BuzzFeedの上席経済記者から2016年にNYTの小売り、eコマース担当の経済記者に転じたSapna Maheshwariを手始めに20人あまりの有力記者がNYTに引き抜かれました。

その極め付きが、NYTの編集局長も絶賛する記者軍団を組織した初代編集長のBen Smithです。BuzzFeedは、そのスタート当時はエンタメ情報を箇条書きにしたようなListicleなどが人気を呼んでいましたが、2011年、PoliticoからBuzzFeed News創設のために招かれ、手腕を発揮しました。

それが、今年1月、NYTに電撃移籍、メディアコラムニストを名乗ります。そこで、BuzzFeedは、数ヶ月の検討の末、5月5日に、かってBuzzFeedの調査報道チームを組織したMark Schoofsを後任編集長に選ぶのですが、NYTはその3日後に、BuzzFeedの副編集長のGinny Hughsを自社の健康・科学面の編集長として迎えたと発表するのです。

なんともえげつない。そこで、冒頭で紹介したSLACK上のぼやきというか怒りになるのですね。

ところが、NYTの、こうした有力オンラインメディアからの人材獲得はこれに止まりません。Ben SmithのNYTでの初仕事は3月1日の「NYTの成功はなぜジャーナリズムに悪いニュースになりかねないか」という、自社批判に繋がる際どい見出しの長文コラムでした。

そこで彼は書きます。「電子版の成功で、NYTは一時期より記者を400人も増やして1700人になった。かってNYTを脅かしたオンラインメディアの多くの人を吸収し、ニュースビジネス支配を支配している」

その例としてGawker、Recode、Quartzなどの元編集者らを挙げています。そこで、リンクをたどるとGuardianの「NYTの成功はメディアの破滅的状態を露わにする」(Emily Bell)の記事に行き当たりました。

ここにはかってWSJのAll Thing Digitalで人気を呼び、のちにRecodeを創設したKara Swisherが今はNYTの寄稿者になっていることをはじめ、Vox MediaやGawkerの共同編集長だったChoire Sichaが今はNYTのStyle面の編集長だとかQuartzの創刊編集長のKeven Delaneyが論説面編集長に、さらにAtlanticとDaily Beastでテクノロジー、カルチャー担当だったTaylor Loreneが今はinternetカルチャー担当になっていることなどが具体的に書いてあります。

このように、NYTはかってのオンラインメディアの寵児たちをかき集めて、紙面を充実させたことが、紙を含めて読者数600万部という驚異的な数字の一因になっているわけでしょう。

それは同時に、オンラインメディアを根絶やしにして将来の脅威を取り除こうというNYTの戦略でもあるのでしょう。Smithの記事が懸念するのもそういうことです。

振り返れば、NYTが社内に異論を抱えながら電子版の有料化に踏み切ったのは2011年3月でした。しかし、当初は進みは遅く、NYTはあらゆるものを売り払って生き延びていました。なので、2013年11月にNewYork Postが「NYTから記者の脱走が止まない」という記事を書いても、大して驚きもしませんでした。それほど、当時の経営状態は悪かったのです。

そこで、NYTのオーナー、Sulzberger家の御曹司で、当時は記者だったA.G.Sulzbergerが中心になってまとめた、オンラインメディアに負けないNYTに脱皮するための大改革を訴えるInnovation Reportが明らかになったのは2014年5月でした。

それから6年たって書かれたBen Smithのコラムの書き出しは「私がA.G.Sulzbergerに初めて会った時、私は彼を雇おうとした」でした。

「時は2014年。デジタルメディアの勢いがあり、NYTのような死にかけのレガシーメディアを一蹴する準備をしていた」「彼は、申し出を丁寧に断った」「そして今、私はNYTの発行人となった彼の配下にある

ちなみに、6年前にNYTのInnovation Reportをスクープしたのも、Smith率いるBuzzFeedでした。そしてコロナウィルス の蔓延で広告収入が大打撃を受けたBuzzFeed、Smithに取り残された社員は年末までの給料カット、68人のfurlough(無給休暇)に喘いでいます。時代はこんなに簡単に逆転する。6年後のSmithは何をしてるのかなあ?