若い人でも、名前ぐらいはご存知でしょう。「スーパーマン」。日本に登場したのは米国製テレビドラマとしてでした。1956年、今のTBSで放映され、なんと最高視聴率は「電通調べで74.2%だった」とWikipediaにあります。今風に言えばお化け番組ですね。

私はその超人気番組を毎週、リアルタイムで見ていました。スーパーマンことクラーク・ケントが新聞記者として普段、働いていたのは「デイリー・プラネット(Daily Planet)」といい、事件があると、ケントは瞬間的にスーパーマンに変身して、窓から飛び出し、現場にかけつけるのですが、そのモデルとなった新聞社はニューヨークのタブロイド紙「デイリー・ニューズ(Daily News)」社でした。

何せ1947年には240万部に達したというからすごい。日本の大手紙のように全国累計の数字じゃないんですから。米国で1952年から放映が始まったテレビシリーズが、(原作のコミックで、もともとそうでしたが)新聞社を舞台にしたのは、新聞が輝いていた時代を象徴していたのでしょう。

何しろ、1952年当時の米国の人口1億6千万人で、日刊紙の総部数は5400万部と、1962年のピーク5985万部(人口1億9千万人弱)に向かっていいる日刊紙の最盛期だったのですね。

前置きが長くなりましたが、そんな時代に輝いていたデイリー・ニューズに関して、なんだか切なくなるニュースをライバルのタブロイド紙「ニューヨーク・ポスト」紙が報じました。

話はこうです。コロナウィルスの蔓延で、苦闘を続けた編集局の記者に対して、親会社のTribune Publishingは1月27日に「3月26日までにささやかな(modest)ボーナスを全員に支払う」と記者のさらなる奮闘を促すかのような約束をしましたが、その期日を過ぎても支払われていない、というのです。しかも、管理職の面々には支払い済みなのにも拘らずです。

一体、どうしたことか。実は、編集局スタッフは労働組合News Guild of Newyorkへの加入に動いていました。2年前に編集局スタッフを半分に削減し、昨年4月には、サラリーの額に応じて2%から10%を一方的に減らし、さらに8月にはニューヨーク市内のダウンタウンにあった本社編集局を永久に閉鎖するという会社側の一方的仕打ちに晒されてきた記者たちにとって、組合加入はこれ以上の仕打ちから身を守る唯一の手段だったのでしょう。

しかし、会社側はそれを口実に「組合の組織化とボーナス支払いの時間軸の重複」を引き合いに出し、「(組合に参加するかどうかの)投票プロセスになんらかの影響を及ぼすためにボーナスを使おうという試みを避けるため」という第三者にはわけのわからない理屈で「ボーナスは留め置かれている」という編集局長名のメールをスタッフに送ったそう。

スタッフの80%がすでにGuildを代理人にするという投票を2月にしたそうですが、会社側は労働関係委員会が管理する投票を求めていて、Guildは「組合潰しだ」と非難していると記事にあります。多分、会社側は、記者の削減などさらなる”合理化”にフリーハンドを残すために、Guild加入を阻止したいのでしょう。

なんだか、記者の置かれた悲惨な状況が伝わってきます。読んでいて、こっちまで悲しくなりました。いや、それほど、米国の新聞の置かれた状況が厳しいということはわからないではないのですが。

こんなふうに、デイリー・ニューズへの思い込みが強いのには個人的な訳があります。最初に書いたように、テレビで「スーパーマン」をリアルタイムで見ていたことに加え、ニューズ社がダウンタウンの本社を移す前、ミッドタウンにあった美しいことで有名なデイリー・ニューズビルとは道路を挟んだ高アパートにしばらく暮らしたことがあったからです。そこから、ニューズビルの途中階に張り出した広い屋上で寛ぐ社員たちをいつも見ていました。コーヒー入りの紙コップを啜ったり、葉巻を燻らしたりして談笑していた姿を今も鮮やかに記憶しています。

その彼らの後輩記者たちは、編集局閉鎖で、コロナが収束したとしても、もはや会社に座るべき席もなく、身を守るはずの手段としての組合加入もままならないという状況に心が痛んだのです。スーパーマンの続編が作られるとしたら、舞台はもう新聞社じゃないかもしれません。