米国で黒人に対する警官の暴力、銃撃事件が相次ぐ中、今度は1年ほど前に、間違った情報で黒人女性のアパートに押し入り、拳銃で女性を殺害した事件に関わった警官の1人が、その”内幕”を叙述する書籍を独立系の出版社から出す準備していることが明らかになり、ネットで批判の声が高まっています。

この声に押されて、この本の配本を請け負っていた配本業を兼ねる大手出版社のSaimon & Schusterが、早々に「配本しない」と公表、書籍の編集に関わっていない配本業者が倫理的な問題に関われるのかという新たな課題も提起しているようです。

この本はまだ執筆中とのことですが、事件は、昨年3月、ケンタッキー州ルイビルで起きました。麻薬捜査で間違った情報を元に、警官3人が26歳の救急救命士Breonna Taylorさんの部屋に踏み込んだ際のことです。

この際、部屋にいたTaylorさんのボーイフレンドが発砲したため銃撃戦になり、6発がTayorさんに命中、死亡したのです。

で、この本の筆者はその3人の警官の一人、Jonathan Mattingly巡査部長。NYTの記事によるとMattingly巡査部長の放った銃弾は致命傷でなかったとFBIが判断しているそう。

そのせいかどうかは知りませんが、彼は他の二人は辞職しましたが、今も現役のようです。で、彼がテネシー州の独立系出版社Post Hill Pressから出版を準備しているとされる本の題名は「The Fight for Truth」という勇ましいもの。

内応は明らかではありませんが、地元紙Coulier Journalによると、「大手メディアによって歪められた」内容を正すという趣旨のようで、その報道でMattingly一家が受けた数しれぬ脅迫ーーついには一人が逃げ出すほどのーー経験を語り、同じような状況に陥った人々を助けたいということだそう。同時に市長側に「事実に関する情報開示」を求めたが、「先例を作ることは望まない」と言われたことにも言及するよう。

しかし、Journal紙が15日に報じると、ソーシャルメディアで反対の声が上がります。地元ケンタッキー州の州議会民主党下院議員Attica ScottさんのTwitterは強烈。

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平服のMattingly巡査部長の写真に添えられたフレーズはこうです。<全員、注目!黒人の痛みと悲劇から利益を得ることを愛する人々。そいつは売られる>

そして、すかさず、キャンペーンサイトMoveONで<Simon & Schuster: Cancel your book deal with Breonna Taylor’s killer>が立ち上がり、18日午前の段階で45,032人の署名を集めています。そこにはこうあります。

<今日、彼女の家で発砲した3人の警官の誰も彼女の死で起訴されていません。今、彼らはBreonnaの名前と記憶よりも名声と利益を求めています。(中略)

Breonnaはこの警官の行動によりすでに命を落としています。彼女は決して自分の話をすることはできません。Mattinglyもそうすべきです>

こうした動きの中で、Saimon & Schuster(S&S)はその日のうちに「配本中止」を決定。NYTimesによると、「多くの小規模出版社は、配本するインフラと資金不足しているので、配本も行う大手出版社に依存している。契約では配本業者には出荷されるタイトルを選択することは許可されておらず、その内容の反対だからと言って、配本を拒否することは極めて稀だ」そうですから、S&S社はネットに押されて「極めて稀な」決断をしたのですね。


そこで、「S&Sは一線を超えた」とNYTimesは指摘し、S&SのJonathan Karp CEOは車内向け文書で「苦痛と混乱」について謝罪、「今後、配本業者として特定のタイトルを拒否する慣行は作らないだろう」と苦しい弁明に追い込まれています。

もちろん、出版元のPost Hill Press側は「彼の話は重要であり、一般の人々に読まれる価値がある」「我が国が直面する困難な問題に光を当てるには開かれた対話が必要だ」などとその意義をWashington Postにメールで送ったそう。

出版時期は6月とも9月とも情報が交錯していますが、果たして売れるかどうかはわかりません。ただ、私はこのニュースを読んで最初に思い浮かべたのは1997年、神戸市で起きた酒鬼薔薇聖斗事件のことです。

マスコミで「少年A」として報じられ続けた彼は、出所後の2015年6月、32歳で手記「絶歌 神戸連続児童殺傷事件」を太田出版から出版しました。この時も出版を巡って賛否両論があったのを記憶します。

扱わない書店、買い入れない公共図書館もありました。でも、話題を呼んで初版10万部完売で、2版、3版と続いたとWikipediaにあります。それ以前に少年Aの両親が書いた本もよく売れて、2年前のインタビュー記事では「印税はそろそろ1億円近くになる」と父親が明かしています。

その印税は犠牲者への賠償金に当てられているそう。少年Aの著作の印税はどうなったのかは知りません。Mattingly巡査部長はどうするのでしょう?まあ、Taylorさんの遺族は1200万ドル(13億円)という巨額和解金をルイビル市から得ているので、Mattingly巡査部長が払う事はなさそうではありますが。