アイスクリームが見出す食の新しい価値

暑くなり始めるこの時期、冷たいアイスクリームが食べたくなる。アイスクリームは気温が25℃を超えると急激に販売数を伸ばすと言われている[1]。総務省の家計調査によると、アイスクリーム・シャーベットは菓子類の中でも家計支出額が年々増加している。図表1のグラフは2015年を100とした時の菓子類の家計支出の増減を表しているが、他の菓子類に比べ、アイスクリーム・シャーベットは年を追うごとに上昇しているのが分かる。アイスクリームの販売実績金額を見ても、2022年度は5,534億円(メーカー出荷ベース)で、2003年以来20年間に渡り販売金額が伸びている[2]。アイスクリームが売れているのはなぜだろうか。今回はアイスクリームのトレンドから食に対する価値観の多様化に着目する。

図表1 菓子類の家計支出額の推移(2人以上の世帯)
出典:METI Journal ONLINE[3]

多様化した嗜好とともに増えるアイスの種類

アイスといえば、筆者は子どもの頃によく食べていたので、子どものおやつのイメージがあるが、実際は広い年齢層において食べられている。図表2は世帯主の年代別のアイスクリームの支出額を表している。子育て世代の30、40代の支出は多いものの、その他の世代でも年々支出額が増えている。2003年と2023年を比較すると、29才以下と60才以上で伸び率が大きくなっている。

図表2 世帯主年代別のアイスクリーム支出金額(2人以上の世帯)
出典:総務省家計調査より筆者作成

幅広い年齢層に愛されているアイスクリームだが、各年代の嗜好に合わせて様々な種類が売られている。赤城乳業のガリガリ君のような手頃なものから、ハーゲンダッツのようなプレミアムなものまで、値段も味わいも様々だ。プレミアムアイスと言っても、ケーキや和菓子など他の菓子に比べると手頃な価格で、手に取りやすい。また最近では、春から夏だけでなく季節を問わず年中食べられている。暑い時期にはさっぱり口当たりが良いもの、寒い時期には濃厚で味わい深いものが好まれる。

街では、アイスクリーム店やジェラート店も良く目にする。最近では「クラフトアイス」というものも耳にするようになった。クラフトアイスとは、クラフトビールやクラフトチョコレートなどのように、工場による大量生産ではなく、作り手がこだわって素材を選び、手間暇をかけて手作りするアイスのこと。先日、子どもとクラフトアイスを食べに行ったが、店には他ではあまり見かけないようなラベンダーの精油が入っているアイスや牛乳や卵、砂糖を使用しないヴィーガンアイスなど、こだわりのつまったアイスクリームが並んでいた。

捨てられる野菜や果物もアイスに

アイスクリームのパッケージには実は賞味期限が書かれていない。アイスクリームは冷凍で保存されるため、温度管理が適切に行われていれば、品質の劣化が少ない。法律で、品質基準や製造方法が厳しく規定されていて長期間品質が劣化しないため、賞味期限の表示の省略が認められている[4]。賞味期限がないということは、賞味期限切れで廃棄されることがないため、アイスはエコな食べ物と言えるだろう。

サステナブルという観点では、捨てられる野菜や果物をアイスにするという取り組みもある。横浜市にある「青果ミコト屋」が手掛けるアイスクリームブランド「KIKI natural Ice cream」では、形がいびつだったり、傷があったりする規格外の野菜やお店で売れ残った野菜などをアイスの材料として使用している。フードロスの一因となる規格外の野菜の活用を考え、アイスクリームに辿りついたという[5]。捨てられる野菜や果物を掬い上げ、アイスクリームという新しい価値に生まれ変わらせる。まさに「食のアップサイクル」と言えるだろう。

栄養補給食としても注目されるアイス

アイスクリームは冷たく甘く、食べる人には自然と笑みがこぼれる。嗜好品と思われているアイスクリームだが、実はもともと健康食品だという。古代のアイスはシャーベットのようなもので、古代ギリシャやローマでは、氷雪に蜜や果汁をかけたものを兵士たちに与え、士気を高めたり、疲れた体を元気づけたりするための健康食品として利用されていた[6]

現代においても、アイスは病気や治療等で食欲が湧かない時、また食が細くなった高齢者の栄養補給食にもなる。牛乳・乳製品を主原料とするアイスクリーム[7]は、カルシウム、ビタミン、たんぱく質、乳脂肪などが含まれ栄養価が高い。この栄養という機能面に特化したアイスクリームが登場している。栄養補助食品として知られる明治のメイバランスにはアイスクリームもラインナップされている。不足しがちな食物繊維や鉄分、亜鉛もアイスクリームを食べることで手軽に摂取することができる。完全栄養食を提供するCOMP(コンプ)にもアイスがある。三大栄養素であるたんぱく質、炭水化物、脂質に加え、ビタミンとミネラルを含む栄養バランスに配慮されたアイスクリームである。シニア向けの完全栄養アイスとしては、株式会社LacuS(ラコス)が開発したMe ICE(ミーアイス)がある。どのアイスクリームもおいしさと栄養バランスを追求して考えられた商品であり、アイスクリームの実用的な価値に着目している。

図表3 上:明治メイバランスアイス、下:COMPアイス
出典:株式会社明治、株式会社 COMP

時代の変化に合わせ再構築されるアイスクリームの価値

アイスクリームが売れているのは、時代の変化とともに人々の価値観に合わせ、アイスクリームも多様化しているからだろう。手頃な価格の慣れ親しんだ氷菓から、素材や製法にこだわったクラフトアイス、フードロスに配慮したサステナブルなアイス、栄養という機能面に特化したアイスまで、アイスクリーム本来の価値である「甘く冷たい」というおいしさや体を冷やすだけでない、新しい価値が広がっている。

アイスクリームはハレの食ではなく、ごく身近な日常の食べ物であるが、時代の変化に合わせ、意味や機能が再構築されている。

KDDI総合研究所コアリサーチャー 畑中梨沙

■関連コラム
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■参考文献
[1] 花王プロフェッショナルサービス「暑すぎるとアイスが売れずにかき氷?売上を伸ばすウェザーマーチャンダイジングとは?」
https://pro.kao.com/jp/food-biz-support/management/business-column/033

[2] 一般社団法人日本アイスクリーム協会「2022 年度「アイスクリーム類及び氷菓」販売実績 (メーカー出荷ベース)」
https://www.icecream.or.jp/assets/iceworld/data/pdf/2022result.pdf

[3] METI Journal ONLINE「統計は語る アイスクリームなどの動向について」
https://journal.meti.go.jp/p/26899/

[4] 農林水産省「アイスクリームに期限表示がない理由を教えてください。」https://www.maff.go.jp/j/heya/sodan/1912/0202.html

[5]KIKI natural Ice cream
https://kiki-icecream.com/pages/about

[6] 一般社団法人日本アイスクリーム協会「アイスクリーム前史」
https://www.icecream.or.jp/iceworld/history/world/

[7] アイスクリームには種別があり、乳成分の量によって、アイスクリーム、アイスミルク、ラクトアイス、氷菓の4つに分けられる。このコラムでは種別を問わず、アイス、アイスクリームと呼ぶ。