ポケモンパワーがミュージアムに行列を作る〜圧倒的集客力と残る課題

ポケモンと提携するミュージアム

前回に続き、世界のミュージアムがいかにして子供たちにアプローチしているかをテーマにしたい。今回はポケモンだ。世界的に認知度が高いポケモンとのコラボは、これまでミュージアムに馴染みがなかった人たちの関心を集められる。

ポケモンと組むことで期待できるのはなんといっても集客だ。普段閑散としているミュージアムにも人が押し寄せるため、商業的なメリットは大きい。また、ポケモンはグローバルに通用するIP(知的財産権)であるため、国内展をそのまま海外巡回に発展させることも可能だ。一方で、強力なIPとの提携ゆえの課題もある。

3つの事例を通じてメリットとデメリットを見ていこう。現在国内を巡回中の2つの事例に続き、海外事例を紹介していく。

工芸とポケモン

金沢の国立工芸館で開催された「ポケモン×工芸 美とわざの大発見」(2023年3月〜6月)では、若手から人間国宝まで20名の伝統工芸の作家が、それぞれの技法によってポケモンを表現した。展示されたのは72作品で、いずれもこの展覧会のために作られた新作だ。「工芸でポケモンを作る」はコンセプトとしてとてもわかりやすい。これによって、子供やこれまで工芸と関わりがなかった人たちに来てもらうことが狙いだ。

図表1 金工作家・吉田泰一郎氏による、(左上から時計回りに)サンダース、イーブイ、シャワーズ
出所: 筆者撮影

当代の名手たちによる作品はどれも一見の価値ありだ。たとえば、イーブイ、サンダース、シャワーズといったポケモンを立体的に再現したのは、金工作家である吉田泰一郎氏だ(図表1)。これらポケモンの体毛は、1体あたり数千〜1万個以上の金属パーツを組み合わせることで表現されている。この小さな金属パーツは、大きな銅板を、鏨(たがね)という型を使って一つ一つ打ち抜いて作られる。同氏の作品作りはいつもこの鏨作りから始まるため、今回もポケモンのために鏨を新たにデザインした。なお、サンダースの写真は本企画展のポスターでメインビジュアルとしても使われている。

集客も大成功であった。普段は閑散としていることが多い国立工芸館だが、この会期中は当日券を求める人で行列ができるほどあった(図表2)。行列は工芸館の建物に沿って奥まで伸びている。おそらくこれは同館初のことではないだろうか。最終的な来場者数は約9.5万人となり、同館の企画展としては過去最高の集客となった[1]

図表2  「ポケモン×工芸」展の当日券を求めて並ぶ人たち
出所: 筆者撮影

そして、金沢での会期が終了すると、本展覧会は米ロサンゼルスに「POKÉMON X KOGEI」展として巡回した。世界で通用するIPとのタッグだから、そのまま世界に出て行けるのだ。ロザンゼルスでの開催期間は2023年7月25日から2024年1月27日。会期中の2023年11月5日時点で来場者数が10万人を突破している(図表3)。

図表3「POKÉMON X KOGEI」の来場者数が10万人を突破
出所: ジャパンハウス

さらに、米国での会期終了後は日本での凱旋ツアーが始まった。現在決まっている日程では、2024年3月から2025年11月にかけて、滋賀、静岡、東京、愛知、青森、長崎の順に各地の会場を回る。東京展は、新設された麻布台ヒルズギャラリーにて2024年11月1日~2025年1月27日の開催だ。2026年以降も国内各地の巡回は続く。

ポケモンと化石展

次は国立科学博物館が主催する「ポケモン化石博物館」だ。ポケモンの世界には、カセキから復元されるポケモンで「カセキポケモン」と呼ばれるものがある。この展覧会では、そのカセキポケモンを模した立体作品と、現実世界の「化石や古生物」を並べて展示することで、古生物学を学ぶ。この展覧会も2021年より国内各地を巡回しており、2024年5月現在は熊本の御船町恐竜博物館で開催中だ。

図表4 ポケモン化石博物館の模様
出所:国立科学博物館

こちらでもポケモンパワーが集客に大きく貢献している。たとえば、東京の国立科学博物館(開催期間:2022年3月15日~2022年6月19日)での来場者数は約8.3万人。また、愛知県の豊橋市自然史博物館(開催期間:2022年7月16日~2022年11月6日)では約13.9万人を集め、同館の企画展における動員記録であった5.3万人を約30年ぶりに、しかも大幅に更新した[2]

ポケモンとゴッホ

最後は、オランダアムステルダムのゴッホ美術館によるポケモンコラボ展だ。2023年9月28日から2024年1月7日まで開かれたこの企画展は、ゴッホ美術館の開館50周年を記念したイベントであり、現代のイラストレーターたちがポケモンをゴッホのタッチで描いた作品が展示された。

たとえば、ゴッホの「灰色のフェルトの帽子をかぶった自画像」をモチーフに描かれたピカチュウは、ポケモンカードのイラストレーターとして知られる木村尚代氏によるものだ。アクティビティも用意されており、ゴッホの作品を学びながら宝探しをしていくゲームでは、クリアした来場者に限定ポケモンカードがプレゼントされた。

図表5 ゴッホ美術館で展示されたポケモンコラボ作品
出所: ゴッホ美術館

人気がありすぎるから課題もある

ゴッホ美術館の事例からは、人気IPとのコラボによるポジティブな面(集客とマネタイズ)に加えて、ネガディブな面も垣間見える。英ガーディアンは本コラボ展初日の狂騒を以下のように伝えている[3]

“ 開場一時間で、コラボ作品を見るために長蛇の列ができ、満杯の館内では限定カードを求める人たちは我先にと宝探しゲームを競い合い、ショップのグッズは売り切れが続出した。また当日警備にあたったスタッフは「フェルメール展のときよりもいそがしい」とこぼしていた。”

ちなみに、このフェルメール展とは、2023年2月〜6月に、ゴッホ美術館からほど近いアムステルダム国立美術館で開催された大規模展覧会だ。現存作品が少ないアーティストとして知られるフェルメールの28作品を集めた特別な企画展だったこともあり、チケットは2日間で完売し100カ国以上から65万人が来場した。

そのフェルメール展よりもいそがしいとはどんな様子だったのか?図表6は熱狂的なポケモンファンが限定コラボグッズをもとめて館内のショップに詰めかける様子だ。確かにここでの警備は大変そうだ。なにより、肝心の子供たちがあぶなくて入場できそうにないのはなんとも皮肉だ。

図表6 ポケモン展初日にポケモンファンでごった返すショップの様子
出所:@PokeBeachNews

問題は続く。転売だ。前述の宝探しゲームでもらえる限定カードが、eBayなどの販売サイトにて高値で販売された(中には1,500ドル超で取引されているものもあった)[4]。これを受けて美術館は、会期中での限定カードの配布中止を余儀なくされた。

さらに追い討ちをかけるように起きたのは、美術館スタッフによる不正だ。あるスタッフが上記の限定カードを箱単位で盗んでいたことが発覚した。のちにこのスタッフを含む4名が解雇されている[5]

強力なIPと提携には劇的な効用もあれば、それゆえの注意点もあるようだ。

持続的な活性化も課題

もう一つ考えられる根本的な懸念は、この種の提携がもたらす効果がその場(その会期)かぎりの一時的なものになってしまわないか、という点だ。つまり、強いコンテンツとの提携によって桁違いの集客ができるものの、そのコラボ終了とともに人々の関心も途絶えてしまう可能性だ。

ポケモンという強いコンテンツがきっかけで来場した人たちは「作品を見ている」ようで実際は「ポケモンを見ている」可能性がある。ポケモンという強いコンテンツが立ちすぎることで、作品や作家の存在がかくれてしまえば、会期が終了し、そのポケモンがいなくなれば、興味も薄れてしまう。

ミュージアムによるポケモンコラボの本懐は、ポケモンを入り口として、作品、作家、ミュージアムへの関心を持ってもらうことであった。参加した人にはその後もそれらに親しみを感じ続けてほしい。そのような持続的な活性化を狙うのであれば、コラボにおいても作家やその活動に対する注目を高めることがポイントとなるだろう。

ちなみに、金沢の「ポケモン×工芸」では図録(企画展の際に販売している解説つきの画集)を活用することで、この点をフォローしている。この図録では、展示作品の写真だけでなく、作家がその作品を作る過程の様子や、技法に関する解説が書かれている。会期後においても展示会を振り返ってもらえるため、図録は、企画展側にとって持続的な活性化を助けてくれるアイテムだ。

しかし、こういう振り返り方ができるのが図録を買った人だけに限られるのはもったいない。展示の現場でこれができないか?ミュージアムでの鑑賞体験の中でどのように、作家やその活動にフィーチャーしていくか。コラボ展の継続的な課題はこのあたりではないかと考える。

KDDI総合研究所コアリサーチャー 沖賢太郎

■関連コラム
美術館を子供たちの身近なものに~世界の美術館が実践するゲーム活用(2024-05-20)
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/5139

鑑賞だけではない、ミュージアムが提供するスペシャルな体験(前編)〜美術館に泊まり、博物館で踊り明かす(2023-04-25)
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/1332

鑑賞だけではない、ミュージアムが提供するスペシャルな体験(後編)〜美術館に泊まり、博物館で踊り明かす(2023-04-27)
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/1360

■参考文献
[1] 読売新聞 「ポケモン×工芸展 最多9万5000人来場で幕 企画展最終日に行列」(2023/06/13)
https://www.yomiuri.co.jp/local/ishikawa/news/20230612-OYTNT50134/#

[2] 東愛知新聞 「「ポケモン化石博物館」観覧者13万8995人」(2022年11月18日)
https://www.higashiaichi.co.jp/news/detail/10605

[3] The Guardian「Pokémon no go: Van Gogh Museum stops free cards amid tout chaos」(18 Oct 2023)
https://www.theguardian.com/culture/2023/oct/18/pokemon-no-go-van-gogh-museum-stops-free-cards-amid-tout-chaos

[4] ARTnews「Pokémon X Van Gogh Collab Merchandise Sold Out Immediately and Is Now Being Scalped After Chaotic Scene at Museum Gift Shop」(October 6, 2023)
https://www.artnews.com/art-news/news/merch-hungry-shoppers-sour-pokemon-x-van-gogh-museum-collab-the-met-1234681344/

[5] artnet「The Van Gogh Museum Fires Four Staff Members Over Pokémon Chaos」(January 24, 2024)
https://news.artnet.com/art-world/van-gogh-museum-fires-workers-pokemon-2422901