サブスク革命児たちのビジネス史に残る失敗①〜成就しなかった値引き戦略

MoviePassの凋落がドキュメンタリーに

2024年5月末、米国で動画ストリーミングを提供するHBOは、2010年代に映画館サブスクで名を馳せた米MoviePassの没落を描いたドキュメンタリー「MoviePass, MovieCrash」を公開した(図表1)。

MoviePassとは、破格の月額料金で毎日映画館を利用できるサービスであり、最盛期の2018年には300万人のユーザーを集めた。しかしその直後から苦境に突入し、2019年にはサービス停止、2020年には破産申請と、一気に転落していった。

図表1  MoviePassの転落を描いたドキュメンタリー「MoviePass, MovieCrash」
出所:HBO

サブスク革命児たちのその後

MoviePassが活動していた当時は、様々なものが「サブスク化」していたサブスクブーム真っ只中でもあった。同社はその渦の中心にいた企業のひとつでもある。サブスク事業で頭角をあらわし、ユニコーン(時価総額10億ドル超の未上場企業)になった企業や上場にこぎつけた企業は多い。一方で、その後下降していった企業もまた少なくない。

今回より数回に分けて、サブスクの寵児たちの失敗に着目する。ビジネスの失敗には様々な理由が絡む。そのため、敗因をひとつに特定することはなかなか難しいが、今回は、値引き戦略が絡む失敗事例を2つ紹介する(うちひとつはMoviePassだ)。

(私は「MoviePass, MovieCrash」を観ていませんが、ここから書くことが同コンテンツのネタバレになっているかもしれません。ご視聴予定の方は、そのあとでお読み頂けるとありがたいです。)

ユーザー数90%減のMoviePass

MoviePassは、圧倒的低価格で顧客数を増やす戦略が空回りした事例だ。同社が格安料金を導入したのは2017年の8月。ちょうど、同社をHelios and Matheson Analytics (HMNY)が買収し、経営体制が大きく変わったタイミングだ。ここで発表されたプランは、月額9.95ドルで提携映画館にて毎日1本の映画を鑑賞できるという破格プランだ[1]。当時の映画1本の通常料金は11.5ドルであったことから、このプランの破格ぶりがわかる。

それまでMoviePassの料金は、月当たりの視聴回数に応じて月額約15〜50ドルのプランを提供しており、ユーザー数も20万人付近で横ばいをたどっていた[2]。ところが、この値引きをきっかけにユーザーの急増が始まった。翌年2018年6月にはユーザー数は300万人を超えた[3]

しかし、ユーザーの急拡大に手持ちのキャッシュが追いつかず、資金繰りの問題が深刻化し始めたのもこの頃だ。キャッシュ不足により2018年7月にはサービスを一時停止、その翌月にはサービス内容を改定(改悪)し、同額料金で映画館の利用回数は3回/月までとなった。破格プランを目当てに集まった顧客たちはいっせいに離脱していった。2019年4月時点のユーザー数は、ピーク時から90%減の22.5万人に大幅縮小[4]。奇しくも、破格プラン導入前の水準にきれいに戻った格好だ。

図表2  MoviePassのサービス一時停止による混乱を伝えるメディア(2018年8月1日)
出所:CBS Boston

MoviePassの2つの想定ミス

そもそも、通常の映画鑑賞1回分の料金を下回る月額9.95ドルというサービス価格に持続性がないのは明らかだ。ならば、なぜそのような価格でユーザーを募り続けたのか?それは、ユーザーの視聴データをもとにしたターゲット広告ビジネスの計画があったからだ。広告精度を高めるためにはユーザー数を増やす必要があった。また、広告ビジネスで収益を上げられるなら、エンドユーザー向け料金は廉価でもよい。これが破格プランの導入と継続の理由だ。しかし実際は、広告ビジネスが軌道に乗るよりも先に、資金不足がやってきた。

また、別の想定ミスが資金不足に拍車をかけた。同社の経営陣は、この種のサブスクでは休眠会員が多くなると踏んでいた[5]。ある調査ではフィットネスジムの会員も67%が休眠会員だと言われる[6]。もし映画好きなヘビーユーザーがいたとしても、休眠会員が多ければそこからの収入で穴埋めできるという皮算用だ。しかし、ふたを開けてみると、この破格プランの効果によって、同社が想定したよりも多くのユーザーが映画館に来るようになった。

キャッシュは底をつき、2019年9月にサービス提供は停止。2020年1月に、MoviePassの親元であるHMNYは連邦破産法7条(チャプター7)による破産申請をおこなった[7]

その後、期間をおいてMoviePassは、月額10ドルで3回まで利用できるプランを中心にサービスを再開し現在に至っているが、当時のような勢いはもうない。

ミールキットサブスクBlue Apronの企業価値は1/20に

米Blue Apronは、食材とレシピを定期配送するミールキットサブスクだ。2012年に創業し、2017年6月にはニューヨーク証券取引所に上場を果たした。上場前は企業時価総額が20億ドル(2015年)に達したユニコーンであった。しかし、上場後は株価が下がり続け、最終的に2023年9月、同業他社Wonderが1.03億ドルでBlue Apronの買収に合意した。企業価値は、最盛期の1/20まで下がった。

ミールキットサブスクの先駆者が失速したひとつ目の理由は競争激化だ。Blue Apronを追随する形で、HelloFresh、Plated、Home Chef、Freshlyなどの競合が短期間に登場した。

2017年6月のBlue Apronの上場も幸先の悪さを感じさせるものとなった。同じ月に、米Amazonが高級スーパーWholefoodsの買収を発表したのだ。Amazonの商品ラインナップにWholefoods の商品が加わった。本買収完了後4ヶ月間のAmazon Freshの米国売上は1.35億ドル(前年比+35%)に伸長[8]。Wholefoods顧客の62%がAmazon Prime会員であったため強力なシナジーが生まれたのだ[9]

Blue Apronのメイン顧客は都市部に住む働く人たちだった。最強ECのAmazonと高級食材のWholefoodsの組み合わせは、そのような客層にもウケがよい。この大きな障壁の登場を契機に、ピーク時(2017年Q1)には100万人以上いたBlue Apronのユーザー数は下降を始める(図表3)。またそれに連動するかたちで株価も下がり続けた(図表4)。

図表3  Blue Apronユーザーは2017年Q1をピークに減少
出所:Medium
図表4  Blue Apronの株価も上場来低迷が続く
出所:Googleファイナンス

値引き頼りになっていたBlue Apron

Blue Apronがこの激戦を勝ち抜けなかったそもそもの理由は、集客策が値引き一辺倒になっていたことだ。しかも、販促費を投じて値引きで新規ユーザーを獲得するも、値引き期間が終わり通常料金になるとユーザーが退会してしまう悪循環が慢性化していた。新規ユーザーの72%が加入から半年以内に退会していた[10]。競合が増え、魅力あるサービスが増える中で、Blue Apronのサービスは価格に見合う内容になっていなかったのだ。

サブスクではユーザーの維持(リテンション)が最重要KPIのひとつになる。値引きによる新規顧客獲得よりも、既存顧客の維持のための投資を優先すべき時期だったのかもしれない。

その後も、サプライチェーンの不備から配送遅延を引き起こすなど、致命的な出来事が重なった。結局Blue Apronは復調することなく、前述の通り、2023年に同業他社であるWonder社が1.03億ドルで買収し、上場廃止となった。

失敗が教えてくれることは貴重

MoviePassもBlue Apronも当時は新星としてもてはやされた。しかしこうして振り返ってみることで色々なことがわかる。

MoviePassは、サブスク料金を大幅に値下げすることで会員を増やし、それを別のビジネスの基盤にしようとしていたが、その歯車が噛み合い始める前に、たまったツケによるキャッシュ不足が急ブレーキをかけた。

Blue Apronは、激化する競争を勝ち抜けるだけのサービス内容になっておらず、身を削る値引きで食いつないでいた。こちらも、投じた値引き原資の総和が重荷となり会社を苦しめた。

自然科学とは異なり、ビジネスはナマモノだ。絶対の成功法則があるわけではない。それでもなお失敗が教えてくれることは貴重だ。次回もリスペクトとともに先達の失敗を振り返ろう。

KDDI総合研究所コアリサーチャー 沖賢太郎

◼️関連コラム
サブスクトレンド2023番外編〜実店舗を伴うサブスクの共通課題(2024-01-11)
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/4966

サブスクトレンド2023〜超レッドオーシャンでの加入者促進策〜NETFLIXの施策は「順番」に意味がある(2023-09-29)
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/4832

◼️参考文献
[1] Variety “MoviePass Sells to Helios and Matheson Analytics”(Aug 15, 2017)
https://variety.com/2017/film/news/moviepass-1202527956/

[2] Techcrunch “MoviePass co-founders speak their truth in HBO’s new documentary”(May 29, 2024)
https://techcrunch.com/2024/05/29/movie-pass-co-founders-hbo-documentary/

[3] CNN “MoviePass reaches 3 million subscribers”(June 13, 2018)
https://www.cnet.com/tech/services-and-software/moviepass-reaches-3-million-subscribers/

[4] Business Insider “MoviePass has dropped from over 3 million subscribers to about 225,000, according to leaked internal data”(Apr 18, 2019)
https://www.businessinsider.com/moviepass-down-from-3-million-subscribers-to-225000-users-data-2019-4

[5] Medium “Assumptions & Failures: Why MoviePass Failed”(Apr 25, 2019)
https://medium.com/@jj_goodman/assumptions-failures-why-moviepass-failed-e940a8477823

[6] USA Today “Is your gym membership a good investment?”(Apr 26, 2016)
Is your gym membership a good investment? (usatoday.com)

[7] Business Insider “MoviePass’ owner, Helios and Matheson Analytics, has filed for bankruptcy”(Jan 29, 2020)
https://www.businessinsider.com/moviepass-owner-helios-and-matheson-files-for-bankruptcy-2020-1

[8] Wall Street Journal “Amazon’s Grocery Sales Increased After It Devoured Whole Foods”(Jan 14, 2018)
https://www.wsj.com/articles/amazons-grocery-sales-gained-weight-after-it-devoured-whole-foods-1515934801

[9] Yahoo News “Amazon could make Whole Foods cheaper than most grocery stores (AMZN)”(May 3, 2018)
https://finance.yahoo.com/news/amazon-could-whole-foods-cheaper-182500210.html

[10] Medium “The Rise and Fall of Blue Apron”(Nov 1, 2023)
https://medium.com/jecnyc/the-rise-and-fall-of-blue-apron-c1070d408741#:~:text=Struggling%20to%20Keep%20Customers&text=One%20potential%20explanation%20for%20this,(The%20Wall%20Street%20Journal).