サブスク革命児たちのビジネス史に残る失敗②〜市場変化を見誤ったPeloton

パンデミック下での失敗

前回に引き続き、2010年代のサブスクブームの渦中にいたサブスク寵児たちの失敗に着目する。今回とりあげるのは、2020年の新型コロナウィルスによるパンデミックが運命の分かれ道となった事例だ。「環境変化への対応力」が問われた局面での失敗例として、ホームフィットネスサブスクの米Pelotonを紹介する。パンデミックによる人々の生活様式の変化を事前に予測することは困難だ。ならば、事後的にパンデミックのピーク期とその前後の様子を振り返ることで、多少なりとも今後の備えにできるのではないか。

Pelotonの上昇と下降

Pelotonは、ロックダウンによって生まれたホームフィットネス特需によって急成長をとげた。しかし、その後のパンデミック収束にともなうニーズの変化を想定できず、業績は一気に反転。一時期は160ドル超(2020年12月)をつけた同社の株は下がり続け、現在(2024年6月5日)は4ドル弱となっている(図表1)。なぜ1/40という大幅な縮小に至ったのか。

図表1 Pelotonの株価推移〜現在の株価は最盛期の1/40
出所:Googleファイナンス

2020年までの快進撃

Pelotonのサービスの特徴は、物販とサブスクを組み合わせているころだ。自宅用のトレッドミル(ランニングマシン)やエアロバイクを販売し、さらにそれら機器についているディスプレイに映すためのフィットネス動画のコンテンツをサブスクで提供する(図表2)。現在の参考価格は、トレッドミルが約3,000ドル、動画サブスクが44ドル/月だ(このほか、機器購入を必要としない、ヨガ、瞑想、ストレッチなどの動画プラン、12.99ドル/月もある)。

フィットネス動画には、オンデマンドコンテンツに加え、Peloton名物のライブストリーミングコンテンツがある。スタジオでカリスマインストラクターがプログラムを仕切り、各国各地からオンライン参加するユーザーを盛り上げる(図表3)。ホームエクササイズ+熱狂という方程式はカルト的な人気につながった。

図表2 Pelotonのエアロバイクとフィットネス動画
出所:Peloton
図表3 Peloton名物のライブストリーミングフィットネス
出所:Peloton

Pelotonはパンデミック前から好調だった。設立からわずか6年後の2018年8月には企業時価総額が40億ドルに到達、翌年2019年9月には米ナスダック上場を果たした。そしてその数ヶ月後にやってくるパンデミックにともなうロックダウンをきっかけに業績はさらに上昇する。ホームフィットネスの高まる需要をとらえ、2020年Q3(2020年1〜3月)以降は加入者数も売上も、前年同期を大きく上回る成長を続けた(図表4)。

図表4 パンデミックをきっかけに業績を伸ばすPeloton
出所:Peloton

アクセルを緩めないPeloton

絶好調のPelotonは未来に対しても強気だった。2020年9月、Pelotonのウィリアム・リンチ氏(当時プレジデント)はCNNのインタビュー[1]において以下のようにこたえている。

CNN:今後パンデミックが終わって、人々がまたジムに通いはじめたとしても、Pelotonはユーザーを維持できるのか?なぜそんなに楽観的なのか?

Peloton:Pelotonのマシン、インストラクター、体験価値はジムよりも優れており、それゆえに支持されている。利便性の観点でも自宅に勝る場所はない。我々は、より良い方法、より良い体験を提供できる。米国では800万人がジムに通っていることを考えれば、Pelotonはまだまだ始まったばかりだ(=大きな伸びしろがある)。

つまり、パンデミックが終わってもPelotonは成長できる、ホームフィットネスはニューノーマルになる、と考えていたことがうかがえる。しかし翌年、Pelotonの読み違いが徐々に明らかになる。

Pelotonの変調が始まった

2021年Q4(2021年4〜6月)、それまで急上昇していた売上が反転する。世の中のパンデミックに対する警戒がやわらぎ、人々の活動は以前のものに戻りはじめた。街中のフィットネスジムにも人が戻ってきた。2021年5月時点でフィットネスジムを訪れる人の数はコロナ前の水準に回復した[2]

2022年Q1(2021年7〜9月)も減収が続いた(図表5)。2期連続の減収を受けてPelotonは通年の売上見通しを変更せざるをえなくなり、約19%の下方修正をすることになる[3]。市場では、同社の想定を超えるペースで、ユーザーのニーズが変化していたのだ。そして、この見通しの修正に投資家が反応。株価は1日で24%下落した[4]。これを境にPeloton株は下降を続ける。

図表5 2021年Q4から2期連続で減収となったPeloton
出所:Peloton

追い討ちとなったリコール対応の遅れ

Pelotonの変調を加速させたもうひとつの要因がある。機器の不具合への対応が遅れたことだ。売上減少が始まった2021年Q4(2021年4〜6月)の期中である5月、Pelotonは大規模なリコールを発表した[5]。米国消費者製品安全委員会の調査によれば、同社のトレッドミルの不具合により、ユーザーが走るベルト部分に巻き込まれる事故が多発していた。同委員会がまとめた報告書によれば、150件以上の事故の中には死亡事故も含まれていた。Pelotonは対応が遅れたことを公式に謝罪。リコール対象となったトレッドミルは12万台以上にのぼった。このときも1日で株価を約15%下げた。のちにPelotonは、この対応遅れに対して、当局より1900万ドルの罰金の支払いを命じられている[6]

Pelotonの誤算と正解

Pelotonの想定の全てが間違っていたわけではない。減少する売上の内訳を見ることで、同社の想定の答え合わせができる。

Pelotonの誤算だったのは、ホームフィットネスの新規加入が大きく減ったこと、それによって機器販売が減少したことだ。図表6は売上の内訳だ。大きく減少しているのは機器販売の売上だ。Pelotonの機器は単価が高いため、同社の売上の中でも実は機器販売が稼ぎ頭だった。2020年度も2021年度も、売上に占める機器販売の割合はそれぞれ80%、78%であった。パンデミックが明けたことで、新たに、自宅向けに高額な機器を買ってトレーニングを始める人が減ったのだ。このニーズ減少と前述のリコールが同社の機器販売にブレーキをかけた。

図表6  Pelotonの売上の内訳と推移〜パンデミック収束で機器販売が減少
出所:Peloton決算書を基に筆者作成

一方で、Pelotonの想定が正しかった部分もある。加入者数自体は大きく減っていないことだ。新規は減った一方で、既存ユーザーの大量離脱のようなことは起こっていない。サブスク売上に関してはゆるやかに伸びており(図表6)、加入者数も、増加ペースは大きく落ちているものの、従来の水準をなんとか維持している(図表7)(高額な機器を買った既存ユーザーが、元をとる感覚で使い続けているのかもしれない)。これらのユーザーにおいては、ホームフィットネスが新しい生活様式になった可能性がある。

もちろん、常に成長が求められる資本主義の世界では、事業の成長ペースが止まることは致命的である。株価縮小の一因もこれだ。しかしながら、今もこれだけのユーザーがいることは、Pelotonにとっては数少ない好材料だ。同社がこれから巻き返すためには、継続的な価値提供によって、既存ユーザー391万人(動画のみのユーザーを含む)を、復活のための基盤にしていくことが不可欠になるだろう。

図表7 Peloton加入者数の推移〜加入者数は維持できている
出所:Peloton決算書を基に筆者作成

振り返ってわかる学び

パンデミックは人々の生活様式を大きく変える。Pelotonの場合、その生活様式次第でサービスの吉凶が決まる。そのような状況下ではどちらか一方への「全賭け」はリスクが大きい。特に機器販売が稼ぎ頭になっていたPelotonの場合、見誤った時のダメージが大きい。

後づけ講釈のようだが、これは振り返らないとわからない。最高潮だった時のPelotonの強気の見解も、当時は合理性を感じさせるものだったかもしれない。この時期には、「コロナウィルスが完全に収束することはない」、「生活様式がコロナ以前に完全に戻ることはない」といった論調も珍しくなかったのだから。やはり正しく予測することは難しいのだ。

次回も引き続きパンデミック時の失敗に着目する。

KDDI総合研究所コアリサーチャー 沖賢太郎

◼️関連コラム
サブスク革命児たちのビジネス史に残る失敗①〜成就しなかった値引き戦略(2024-06-19)
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/5196

◼️参考文献
[1] CNN “Peloton sales surge 172% as pandemic bolsters home fitness industry”(Sep 11, 2020)
https://edition.cnn.com/2020/09/11/business/peloton-stock-earnings/index.html

[2] CNBC “Americans are heading back to gyms as interest in at-home workouts wanes, Jefferies says”(Jun 18, 2021)
https://www.cnbc.com/2021/06/18/americans-back-to-gyms-interest-in-at-home-workout-wanes-jefferies.html

[3] Peloton2021年Q1株主への手紙
https://investor.onepeloton.com/static-files/4e16bcc7-dd3b-40ec-acb6-840e691b40ee

[4] Forbes “在宅フィットネスのペロトンが株価急落、経済再開で需要低下”(Nov 6,2021)
https://forbesjapan.com/articles/detail/44225

[5] CNBC “Peloton recalling all treadmills after reports of injuries, one death”(May 5, 2021)
https://www.cnbc.com/2021/05/05/peloton-recalling-all-treadmills-after-reports-of-injuries-one-death.html

[6] CNBC “Peloton to pay $19 million fine over treadmill hazard”(Jan 5, 2023)
https://www.cnbc.com/2023/01/05/peloton-to-pay-19-million-fine-over-treadmill-hazard.html#:~:text=Peloton%20Interactive%20Inc%20has%20agreed,the%20time%20it%20notified%20regulators.