セール抑制が始まった
〜セールが日常だったアパレルブランドの挑戦

服を定価で買う人がバカを見ていた

以下は、マーガレット・ハウエルの国内事業やナチュラル・ビューティ・ベーシックなどを手がけるTSIホールディングスの2020年当時社長であった上田谷(うえただに)氏によるお話だ。セールが多いアパレル業界の問題点を指摘している。

「シーズンの最初に気に入って(定価で)すぐ買ってくれる」っていうのが、一番いいお客様ですよね。(しかし実際は)商品そのものを気に入って、本当に欲しくて買ってくれるお客様が一番損をする。これはお客様に対する態度としては最悪なわけですよ。「シーズンの頭に定価で買った人がバカを見る」っていう、端的に言うとそういうことなんですよ。[1]

こうなっている背景にはアパレル業界の悪しき伝統がある。この業界では、売り逃がしを避けるために需要をはるかに上回る量の洋服を作ることが商習慣となっている。需要よりも供給が多いため、当然売れ残る。そして、それらをさばくためにセールをする。洋服のセールは毎シーズン恒例の光景だ。それでも売れ残った商品は廃棄される。国内では毎年、新品の洋服の約半数が売れ残り廃棄されていると言われている。

セールや廃棄は事業を圧迫する。しかしそれでもアパレル事業が成立する理由は、新品商品の定価には、セールや廃棄に伴うロス分があらかじめマージンとして「上乗せ」されているからだ。ゆえに前述の引用の通り、定価で買った優良顧客が大きく割りを食う構図になる。

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図表1  英ロンドンのクリスマスセール
出所:Getty Images(「See more」をクリックするとGetty社のサイトに遷移します)

セールが当たり前だったアパレル業界で「値引き抑制」が始まった

ところが今、ようやくこの値引きを抑制する動きが始まった。これらが業界構造の変化の始まりとなるのか。その事例をいくつか紹介するところから始めたい。

まずはアパレルブランドのユナイテッド・アローズ。同社は近年「定価販売比率向上」を掲げており、2022年春夏シーズンより売り方を大きく変えた。定価販売の比率を上げる、つまりセールを抑制するために以下のような取り組みを始めた。

・商品ラインナップの絞り込み
・春物セールの廃止
・セール期間の短縮
・セール対象品や値下げ率の精査

これらが奏功し、2022年第3四半期の定価販売率は83.8%(前年同期比10.3ポイント増)に。また利幅の確保にもつながり、営業利益は18億3,700万円(前年同期比247.7%増)となった[2]

ユナイテッド・アローズの店舗
図表2  ユナイテッド・アローズの店舗
出所:ユナイテッド・アローズ

値引き抑制はファストファッション業界でも始まっている。H&Mは2022年度上半期の決算で増収増益を達成。同社CEOは、その主要因の1つとして、「定価販売の強化」を挙げている[3]。さかのぼれば、同社は2018年度版のアニュアルレポートより毎年、冒頭の「CEOからのメッセージ」にて、定価販売への注力について言及するようになった。セールのイメージがつきまとうファストファッションではあるが、同社がそこからシフトしようとしていることがわかる。

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図表3   H&M
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さらにセール廃止に向けて動くブランドもある。米カリフォルニア発のファッションブランド、ロン・ハーマン。国内でロン・ハーマンの事業を展開するサザビーリーグリトルリーグカンパニーは、余剰在庫を減らすために、買い付け量とオリジナル品の生産量の最適化に努めている。2020年11月末時点での定価販売率は73%。今後はこれを80%に底上げし、2023年までには店舗でのセールを廃止する計画だ[4]

ロン・ハーマン六本木店
図表4  ロン・ハーマン六本木店
出所:ロン・ハーマン

値引き抑制が始まった理由は「外圧」

企業が値引きを抑制し始めた理由は何か?原材料費や物流コストの高騰に対抗するための喫緊の「利幅確保」と、サステナビリティの重要度が高まる世の中での「健全な事業への転換」が主要因だろう。

特に後者は長年の業界課題でもあった。セールや廃棄を前提とする大量生産大量販売モデルは、優良顧客が割を食い、環境に負担をかけるいびつなモデルだ。しかし、業界のスタンダードになってしまったこの商習慣はなかなか変えられない。競合他社がセールをやれば、自社もやらざるを得ない。変わりたくても変われない状況が続いてきたところに、コスト高やサステナビリティのムーブメントといった「外圧」が発生した。これにより、変わらざるを得ない状況となり、徐々に変化が起こり始めたのだ。

消費者の価値観も変わってきている

一方で「セールを減らすとブランドは消費者からそっぽを向かれてしまうのでは?」という疑問もあるだろう。しかし、必ずしもそうはならないのではないか。

既に人々の消費価値観は、安さを追い求めていた時代のものとは別の方向に徐々に向かい始めている。服を吟味して買う、大事に長く使う人が増えてきているのだ。ファッションクリエイティブディレクター軍地彩弓氏とメンズファッションプロデューサーMB氏は、消費者の変化についてこう語る[5]

「デパートの売り場の人たちによれば、今のお客さまは吟味して買うようになってきている。いいものをちゃんと見定めて買う賢い消費者が増えてきている。」(軍地彩弓氏)

「服を大事に長く着ようとする人が増えている。色々な洋服の関係者から聞いているが、最近の消費者はノリで買わない。」(MB氏)

値引き幅で誘客をせずとも、上記のような価値観にフィットする商品やサービスにしていくことで、顧客との関係をより良好に維持できるのではないか。

そもそも値引きをなくせば定価は低く設定できる

「いやいや、そんな消費者は一部の人。多くの人が買い物で最も重視するのは価格であり、今後も値引きは必要でしょ」。セール文化に浸りきってきた我々の頭にはそんな疑問もよぎる。しかし、原理的に、値引きをなくせば定価自体を下げることができる。定価とは、セールや廃棄に伴うロス分があらかじめ乗ったものであり、本来の適正価格よりも高く設定されているのだった。そして、そのロスがなくなるのなら、定価を下げたとしてもブランドも利益確保できる。同時に、廃棄が減るので環境負荷も減る。

アパレル業界は大転換期真っ只中

今、アパレル業界は大転換期を迎えている。リセールビジネスがブランド各社の標準オプションになりつつあり、また、従来の売り切り型ビジネスとは異なるサブスクも新たな選択肢になっている。そして、ようやく始まった値引き抑制。この業界の最重要課題と言っていいかもしれない。それだけに時間はかかるだろうし、新たな難題も出てくるだろう。しかし意義のある変革だ。引き続き、健全なサイクルへの転換に挑むブランドを称えつつ応援していきたい。

KDDI総合研究所コアリサーチャー 沖賢太郎

◼️関連レポート
リテールトランスフォーメーション 小売がIDビジネスになる 〜リセール、サブスク、受注生産、リペア(2023-03-22)
https://rp.kddi-research.jp/article/RA2023013

◼️参考文献
[1] logme, 2020.05.13,「TSIホールディングス 上田谷社長インタビュー 『定価で買う人がバカを見ていた』人気ブランド代表が語る、コロナ苦境のアパレル業界が為すべき構造改革(前編)」
https://logmi.jp/business/articles/322820

[2] UNITED ARROWS 第3四半期決算発表
https://www.united-arrows.co.jp/wp-content/uploads/2022/08/yuho20230210.pdf

[3] WWD, 2022.07.01,「H&M、2022年上半期は純利益が2倍以上に 定価販売の強化が奏功」
https://www.wwdjapan.com/articles/1390078

[4] WWD, 2021.01.26,「『セール廃止』『諦めない』ロンハーマン流サステナビリティのすごみ」
https://www.wwdjapan.com/articles/1169824

[5] NEWS PICKS, 2022.10.23, 「日本は世界から遅れている ファッション業界の新潮流を徹底討論」
https://www.youtube.com/watch?v=IeZq40-EBag