第4回 ChatGPTなど生成AIは私達の仕事や雇用をどう変えるか

ChatGPTをはじめ生成AIは私達の仕事を支援してくれる新しい味方となるのか?それとも私達の雇用を奪う敵になるのか。これに関する大学やシンクタンクなどの論文や調査レポートが相次いで出されている。筆者がウェブ上をちょっと漁っただけでも、ここ3、4か月で少なくとも6本は報告されている(それらの概要は後述)。

それもそのはずで、これら生成AIを使えば使う程、その頭脳労働における能力の高さには圧倒される。別にそれらの宣伝をするわけではないが、筆者に限らず実際にお使いになった多くの方も恐らく同じ感想を抱いておられるはずだ。

特にChatGPTは、単にこちらの質問に答えを返すだけでなく、小論文やメールを書いたり、長文の要約を作成したりと色々な用途に使える。

確かに昨年11月末にリリースされた直後のChatGPTは生成文章が若干拙く、回答に誤りが多々見受けられ、いわゆる「幻覚(Hallucination)」と呼ばれる捏造情報の問題も深刻だった。

しかし今年3月にChatGPTのベースとなる大規模言語モデル(LLM)がそれまでのGPT-3.5から最新のGPT-4に移行すると、それらの問題は大幅に改善された(正確にはGPT-4が使えるのはChatGPTの有料版サービスで、逆に無料版ではGPT-3.5のままだ)。

今やChatGPTが返す回答は誤りが少なく、理路整然として論旨も明快だ。これなら仕事にも十分使える、というのが筆者のお世辞抜きの感想である。

複数の英文記事をもとに日本語のレポートを作成

一例を御覧頂きたい。私達ビジネス・パーソンの日常業務では、英語など外国語も含め大量の文献を読んで調査したり、それらをレポートにまとめたりする文書処理の作業が多い。これをChatGPTにやらせるとどうなるか?

以下ではその実例として、極めて長文のニューヨーク・タイムズ(NYT)記事をChatGPTに要約させて日本語に翻訳させてみよう。記事の内容は先頃、米国の前大統領ドナルド・トランプ氏がニューヨーク州の検察当局から起訴された一件である(プロンプト欄に入力したオリジナルの英文は、著作権侵害を回避するため記事の最初と最後だけを表示している)。

さてChatGPTからは、どんな出力が返ってくるだろうか。

中略

簡潔で明瞭な内容で事実関係にも誤りはない。日本語による表現には若干不自然な箇所も見受けられるが、読んでいて気に障る程ではない。

次に、同じトピックのウォールストリート・ジャーナルの長文記事で同じことをやらせてみよう。

中略

こちらの内容もほぼ申し分ない。

最後に、これら2つの要約を1本のレポートにまとめさせてみよう。どんな最終結果になるだろうか。

筆者がリクエストした通り政治的にバランスの取れた内容になっており、分量的にも過不足がない。ただし厳密には「2本の要約」を1本にまとめたというより、2本のオリジナルの英文記事を1本の要約にまとめた形だ。

つまり筆者のリクエストしたものとは若干異なるが、むしろ結果的にはこちらの方が望ましい内容となった。ほぼ完ぺきなレポートと呼べるだろう。

筆者が最初にChatGPTにNYT記事の要約をリクエストしてから、最後にまとめのレポートが作成されるまでに要した時間は僅か5分程度だった。仮に筆者がChatGPTを使わずに同じ作業をこなしたとすれば、最短でも半日、下手をすれば1日がかりの仕事となっていただろう。こうした生成AIは、作業の効率化を促すという点で驚異的なツールと見ていいだろう。

物議を醸しそうな選挙結果の予想などは断固として拒否

この後、「共和党の有権者に対する今後の影響について分析してください」など追加のプロンプト(リクエスト)をChatGPTに幾つか出したが、いずれもクォリティの高い分析結果が返ってきた。

ただ一つだけ、ChatGPTがどうしてもこちらの言うことを聞かないのは、大統領選におけるトランプ氏の勝敗予想だ。プロンプトの手を変え品を変えて質問したが、表現を変えて何度聞いても「私はAIであり、将来の出来事を正確に予測する能力は持ち合わせていません」という旨の解答が返ってきた(ただし勝敗を予想するための材料やそのための分析軸等は豊富に提示してくれた)。

もっとも、それが「最後は自分で考えろ」という意味なら、私達人間の仕事も残されているわけで、その点ではむしろ歓迎すべきかもしれない。そんな皮肉も言いたくなるほど、ChatGPT(GPT-4)の業務遂行能力は高い。この種のツールに批判的な識者も多いが、実際に自分で使ってみれば、その点は認めざるを得ないだろう。

もちろんChatGPTもオールマイティではない。たとえば数学が大の苦手だ。ベース技術がGPT-3.5の頃には、小学校の算数レベルの問題すら解けないことが多かった。GPT-4になってから算数の問題は解けるようになるなど若干の改善は見られるが、それでも未だに連立一次方程式など中学生レベルの数学問題は解けない。基本的には以前と同じと見るべきだろう。 ただ、一般のビジネス・パーソンが通常業務で連立方程式を解くことが必要となるケースはほとんどない。むしろホワイトカラー職の業務時間の大半は各種ドキュメントの処理や分析に充てられていることを考えると、ChatGPTいずれは新型のマイクロソフト365やBing(ビン)、グーグルの検索エンジンなど生成AIに対応した新製品がビジネス・パーソンの仕事を大幅にサポートすることになりそうだ。

ただし、それが行き過ぎると頭脳労働者を支援するのではなく、むしろその職を奪う可能性も出てくる。だからこそ、今、大学やシンクタンクなどが、生成AIの仕事や雇用への影響を見積もるための調査報告書を出してきているのだ。

以下、それらの内容を簡単に見ていこう。

労働時間を短縮する作業効率化のツールとなるが私達の職を脅かす懸念も

米MIT(マサチューセッツ工科大学)の研究者らが実施した調査(1)では、ライターやコンサルタント、マーケターなど444人の頭脳労働者を2つのグループに分けて比較した。

これらのグループに通常なら20~30分で終わるレポート作成などの仕事を与えて比べたところ、ChatGPTを仕事に利用したグループは、利用しなかったグループよりも所要時間にして37パーセント早く仕事を終えることができた。仕事の質もChatGPTを利用したグループの方が高いと評価された。さらに労働者の仕事に対する満足度も、ChatGPTを利用した方のグループがそうでないグループよりも20パーセント高かったという。

マイクロソフト・リサーチが実施したコード生成AI「GitHub Cipilot」の効果を見積もるための比較調査(2)によれば、同ツールを使ったプログラマー集団は使わなかった集団よりも所要時間にして55パーセント早く与えられた課題(エントリーレベルのコーディング作業など)を終えることができた、という。

その一方で頭脳労働者の間では、これら生成AIの能力が高すぎることへの懸念も持ち上がっている。米国の就職支援サイトが実施したアンケート調査(3)では、現在求職中のアメリカ人の62パーセントが、「ChatGPTに自分たちの仕事を奪われるのではないかと懸念している」と回答した。

ChatGPTの開発元であるOpenAIやペンシルベニア大学などが共同で実施した調査(4)によれば、米国の労働力の80パーセントが(ChatGPTのベースにある)GPT技術によって、その仕事の少なくとも10パーセントに影響を受ける可能性がある。また労働力の19パーセントはその仕事の少なくとも50パーセントに影響を受ける可能性がある、という。

米プリンストン大学やペンシルベニア大学などの研究者が実施した調査(5)によれば、ChatGPTのような生成AIの影響を最も受け易い職種は、「人文科学分野の大学教授」「法律サービス提供業者」「保険商品のセールス・パーソン」「テレマーケター(電話を使った販促活動業者)」など。

ただし影響を受け易いからと言って、それらの職業が必ずしも生成AIに奪われると決まったわけではないという。

最後に米国の金融機関ゴールドマンサックスの調査(6)によれば、生成AIは今後、世界全体で約3億人相当の仕事を置き換える可能性があるという。

特に米国では企業の事務・管理支援職への影響が最も大きく、雇用全体の44パーセントが生成AIで自動化される見通し。これに続いて法律専門職が同44パーセント、建築・設計エンジニアリング職が同37パーセントの順となった。

欧州でも、ほぼ同様の見通しとなっている。

他方で生成AIは世界のGDP(国内総生産)を7パーセント押し上げる効果も期待されるなど、プラスの側面も指摘している。

以上の調査結果は欧米におけるものだが、間もなく日本の労働者の間でも、ChatGPTなど生成AIの影響は目に見える形で現れてくるだろう。文字通り両刃の剣となるツールだけに慎重な対応が求められるが、遅かれ早かれ来るものは来る。

もちろん情報漏洩の危険性なども指摘されているが、それらを口実にして頭ごなしに生成AIの業務利用を禁止する企業は他社との競争に敗れることになるかもしれない。

KDDI総合研究所リサーチフェロー 小林 雅一

◼️関連コラム
第3回 生成AIが著作権侵害などで訴えられる――人間の作品から学んで創る人工知能はクリエーターやジャーナリストの敵となるのか?(2023-3-16)
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/1192

第2回 話題のテキスト生成AI「ChatGPT」の性能評価――確かに回答には誤りが多いが、本来の実力を見極めるには今しばらく時間が必要(2023-2-7)
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/1115

AIブームの第2波を巻き起こすGenerative AI:第1回 画像生成AIとは何か(2023-1-19)
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/1091

◼️参考文献
(1) “Experimental Evidence on the Productivity Effects of Generative Artificial Intelligence,” Shakked Noy et al, MIT, March 2, 2023
https://economics.mit.edu/sites/default/files/inline-files/Noy_Zhang_1.pdf

(2)“The Impact of AI on Developer Productivity: Evidence from GitHub Copilot,” Sida Peng et al., Microsoft Research, GitHub, Feb. 13, 2023
https://arxiv.org/pdf/2302.06590.pdf

(3)“The ZipRecruiter Job Seeker Confidence Survey,” ZipRecruiter, 2023 Q1
https://www.ziprecruiter.com/assets/static/pdf/JSCI/The_ZipRecruiter_Confidence_Index_2023_Q1_3.pdf

(4)“GPTs are GPTs: An Early Look at the Labor Market Impact Potential of Large Language Models,” Tyna Eloundou et al, Open AI, March 27, 2023
https://arxiv.org/pdf/2303.10130.pdf

(5)“How will Language Modelers like ChatGPT Affect Occupations and Industries?” Ed Felten et al., Princeton University, SSRN, March 6, 2023
https://deliverypdf.ssrn.com/delivery.php?ID=965089116025098074026020122108001070005032032002040049023075119078085001076083087095117062001119114023042028014015115109112122015046088093022097126090018031089116004000087026092074071116070017065003114120113094001022027025069071030111012105008008079&EXT=pdf&INDEX=TRUE

(6)”The Potentially Large Effects of Artificial Intelligence in Economic Growth(Briggs/Kodnani), Goldman Sachs Economics Research, 26 March 2023
https://www.key4biz.it/wp-content/uploads/2023/03/Global-Economics-Analyst_-The-Potentially-Large-Effects-of-Artificial-Intelligence-on-Economic-Growth-Briggs_Kodnani.pdf