デジタルアートによる新しい食体験
〜小さなシェフが駆け回り、花が咲き乱れる

今回取り上げたいのは「デジタルアートと食」だ。少しずつではあるが、デジタルアートによる食体験の刷新を目指すサービスが出てきているため、それらを紹介していきたい。このところ理屈モノのコラムが続いたので、今回は目で楽しめるものにできればと思う(画像や動画を追って頂くだけでも十分です)。

小さなシェフのレストランが好評で期間延長に

2022年8月、セント・レジス・ホテル大阪の特設ダイニングルームにてレストラン「ル・プチシェフ(Le Petit Chef)」が期間限定で始まった。テーブル上に投影されるデジタルワールドが新しい食体験を作り出す。当初の予定期間は2023年1月までだったが、好評のため延長となり現在も提供が続いている。

ル・プチシェフとはフランス語で「小さなシェフ」という意味で、文字通り小さなシェフがテーブルの上をコミカルに駆け回りコース料理を作ってくれる。

図表1 ル・プチシェフ
図表1 ル・プチシェフ
出所:スカルマッピング

例えばロブスターがメイン料理のときは、テーブルの上が海となり、潜水艦に乗って登場する小さなシェフが奮闘の末にロブスターを捕まえて皿の上で調理する。小さなシェフの調理が終わると、その実物の料理がタイミングよく運ばれてくる。

また、デザートのときはテーブルが雪景色に変わり、雪のドームの中から食材と道具を持ったシェフがスキーで現れる。ゴロゴロと大きな雪だるまを作って皿にのせこれがアイスクリームになる。そこに持ってきたラズベリーを投げ入れたり、ホースでチョコレートをかけたりする。

図表2 ル・プチシェフのロブスター料理
出所:スカルマッピング
図表3 ル・プチシェフのデザート
出所:スカルマッピング

世界35箇所で展開される「ル・プチシェフ」

この「ル・プチシェフ」はベルギーのクリエイティブ集団「スカルマッピング」が2015年に始めたプロジェクトだ。その後、パリ、ローマ、ウィーンなどにも進出し、現在は世界35箇所のレストランで提供されている。

「小さいシェフが料理を作る」と聞くと子供向けのサービスに感じるかもしれないが、楽しめるのは子供だけではない。テーブルを囲む大人たちの表情を見てほしい(図表4)。

図表4 大人も楽しめるル・プチシェフ
図表4 大人も楽しめるル・プチシェフ
出所:スカルマッピング

チームラボとネイキッドによる「デジタルアート+食」

国内発の同種のプロジェクトもある。クリエイティブ集団のチームラボとネイキッドの事例を紹介したい。

体験型デジタルアートといえばチームラボだ。2017年4月に「佐賀牛restaurant SAGAYA 銀座」にて、デジタルアート空間でのディナーコースを1日8席限定で開始した。

皿がテーブルに置かれると、それを契機にチームラボの世界がテーブルと空間全体に広がっていく。「ル・プチシェフ」はあらかじめ用意されたものを投影するが、こちらにはインタラクティブ性があり、人の動きによって投影されるデジタルアートが変化する。それがさらに次の作品にも変化を与えていくため、唯一無二のデジタルアート空間となる。この辺はチームラボのお家芸だろう。

コース内容と演出は月ごとに季節に合わせて変わる。4月なら桜をモチーフとした演出を楽しめる。本サービスは常設されており現在も継続中だ。料金は1人¥33,000 (税込/サービス料別)。

図表5 花月MoonFlower Sagaya Ginza
図表5 花月MoonFlower Sagaya Ginza
出所:チームラボ

また、現在は終了しているが、デジタルアート展「チームラボボーダレス」の中で運営していたデジタルアートカフェ「幻花亭」でも同種のサービスがあった。ここでは、お茶碗をテーブルに置くと、そこから花が咲く。また、器を手に取れば花は散り、部屋の中に広がっていく。お茶が残っている間は花が増え続け、お茶がなくなると花も消える。やはり季節によって咲く花も異なる。

こちらも、あらかじめ作った動画を投影しているのではなく、その場その場で映像を生成している。そして人の動きに合わせて変化するため、やはり唯一無二の光景となる。

図表6 チームラボボーダレス内のカフェ「幻花亭」
図表6 チームラボボーダレス内のカフェ「幻花亭」
出所:チームラボ

最後に国内事例をもう1つ。クリエイティブ集団のネイキッド(NAKED)が2017年に代々木公園前でオープンした「TREE by NAKED yoyogi park」だ。プロジェクションマッピングなどによるデジタルアートと食のミックスを実践している。こちらも完全予約のコース制で8名限定だ。料金は1人 33,000円(税・サービス料込)。

ちなみにこのネイキッドは、京都二条城で季節ごとに開催しているプロジェクションマッピングのイベント「NAKED FLOWERS」でも有名だ。

図表7 TREE by NAKED yoyogi parkのコース料理
図表7 TREE by NAKED yoyogi parkのコース料理
出所:ネイキッド

様々なシーンでの「デジタルアートと食」

さて、1つ思うことがある。お値段だ。コースはどれも高い(大阪のル・プチシェフも大人向けコースは24,500円か18,500円)。盆と正月とクリスマスが一緒に来たとしても予約をためらう。しかし考えてみれば高額なのは当たり前だ。導入するには、このデジタルアートの費用に加えて、専用の部屋にプロジェクターをいくつも用意し、デジタルアートに合わせて料理をタイミングよく配膳する必要がある。おのずと客数は限定される。開始時間とともに一斉にスタートするため、専属スタッフを配置してのプレミアムサービスになる。特別な日のためのラグジュアリーな食体験と言えるだろう。

一方、対照的なのがチームラボボーダレスの「幻花亭」だ。一斉スタートではなく、一般的なカフェのように自然に客が入れ替わる。新たな来店客が注文をし、テーブルにドリンクやフードが届くとピンポイントで投影が始まる。センサーでテーブル上の物を認識しているのだろう。これにより来店客はそれぞれ独立してデジタルアートを体験できる。客は順次回転するし、コースのときのように専属スタッフがタイミングを計る必要もない。それもあってか、値段も手頃だ(安くはないけど)。

・水出し緑茶:500円

・凍結玉緑茶(玉緑茶のアイスクリーム)セット:1200円

比較的カジュアルなこの形態は、「デジタルアートと食」を体験する最初の機会としてもよさそうだ。残念ながら「幻花亭」を含むボーダレス展は2022年8月に終了しているが、同展は2023年に虎ノ門・麻布台エリアに場所を変え再開する予定だ。「幻花亭」の再開もあるかもしれない(公式には詳細は未発表)。

スペシャルな没入体験が可能な晴れの日用のディナーコース。それに比べれば気軽に非日常を体験できるカフェ。どちらも良い。

さらには、テクノロジーが進めば上記2タイプの間にも様々な形態のものが出てくるのではないか。様々なシーンにおいて「デジタルアートと食」の体験機会が増えていくことを期待したい。

KDDI総合研究所コアリサーチャー 沖賢太郎

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