研究員がひも解く未来

研究員コラム

サッカー好きの貴方へ

FIFAワールドカップカタール2022での日本代表の活躍は記憶に新しい。サッカーに限ったことではないが、スポーツには日常を非日常に変える力がある。今回は、サッカー好きな筆者の視点で、「サッカーと健康」について書いてみる。

サッカーをすると体に良い

プロサッカー選手のほとんどは、幼少期からボールに沢山触れている。一方、健康増進を目的とした場合、ボールに触れるのは大人になってからでも遅くない。そして、サッカーをすると、筋肉や心肺機能にいろいろな刺激が入り、筋トレやジョギングといった一般的な運動と比較して、効率的に健康度を高められる。

事実、レク目的のサッカーをすることで、血圧、安静時心拍数、体脂肪量、LDLコレステロール、筋機能といったありとあらゆる健康指標を改善・向上できるし[1]、持続的なランニングをするよりも効果的に全身持久力を高められる[2]

サッカーは太ったサポーターを痩せさせる

Football Fans in Training (FFIT) というスコットランドの10以上のトップクラブで始まった取り組みがある。FFITでは、BMIが28kg/m2以上の35-65歳の男性サポーターを対象として、地元のクラブで合計12回のセッションに参加してもらう。セッションでは、健康に関する知識を学ぶだけでなく、ピッチ上でのコーチとのトレーニングも含まれる。

FFITの成果は、『Lancet』という一流医学誌にも掲載されている[3]。その論文をみると、FFITの参加者は、1年後に体重が5.6kgも減っていた[4]。肥満による経済損失が世界中で叫ばれる中、FFITの成功は、熱狂的なサポーターの多い欧州諸国で高い関心を集め、European Fans in Trainingという形に発展を遂げ、今も広がり続けている。

たとえ研究者たちが減量プログラムに関する取り組みを計画しても、健康無関心層は、見向きもしないケースが多い。それゆえ、愛着のあるクラブを門口として、肥満者の体重減少に成功した点にサッカーの持つ力を感じる。ビールとつまみで観戦しがちなサポーターであっても、応援するクラブのスタジアムでトレーニングが出来たり、コーチから教えてもらうことが出来たりするのであれば、痩せることにも前向きに取り組めるのだろう。

サッカーをみると心臓に悪いのか?

ここで話を変えて、「サッカー観戦が心臓に悪いのか?」という長きにわたる論争を取り上げる。心臓に悪いと仮定した場合、よく挙げられる根拠は、観戦に伴う感情ストレスによって、交感神経系が過剰に興奮し、心血管イベントを誘発するリスクを高めるというものだ。ここではこの論争に関する研究結果をみていきたい。

2003年の研究[5]では、イギリスの4つの地域を対象として、約5年間にわたり、試合があった日とない日の急性心筋梗塞と脳卒中に起因する死亡率を比べている。結果をみると、地元のクラブがホームゲームで敗れた場合、男性の死亡率が高まっていた[6]。一方、同年に発表された別の研究[7]によると、FIFAワールドカップフランス1998の決勝戦当日のフランスにおける男性の心筋梗塞による死亡率は、むしろ低かった[8]。なお、この決勝戦でフランス代表は初優勝を遂げている。

さらに難解な事実として、FIFAワールドカップドイツ2006開催期間中のバイエルン州の心血管イベントの発生率を調べた2つの研究がある。1つの研究[9]は、ドイツ代表が試合をした日で心血管イベントの発生率が上がっていた[10]。しかし、別の1つの研究[11]は、診断の正確性を高めた上で、年齢、性別、試合結果(敗戦)、外気温、大気汚染レベルといった他の要因を考慮した上で調べても、発生率の増加を認めなかった。

研究結果の食い違いを踏まえて、2019年の論文[12]では、13の研究データを集めて分析している。結果をみると、サッカー観戦は、心血管イベントのリスクを確かに高めていたが[13]、試合結果によってもその傾向は大きく左右されていた。どういうことかと言うと、リスクは応援するチームが負けた時に増え、勝った時には減っていた[14]。応援するチームが負けると、感情ストレスが爆発して心臓に悪い一方、応援するチームが勝つと多幸感によって心臓に優しいようだ。

研究結果に一貫性のない別の理由として、心血管イベントの記録方法や比較対象(基準)となるデータが違うことも挙げられる。また、多くの研究では、試合があった日とない日の発生率を比較していて、実際の観戦状況を調べていない。そもそも観戦していない人もいるだろうし、母国ではなく、対戦国を応援している人もいるかもしれない。

さらに、喫煙、暴飲暴食、睡眠不足といった心血管イベントを誘発する他の要因を考慮していないことも研究の限界として挙げられる。ワールドカップをテレビ観戦した者は、しなかった者に比べると、ファーストフードやスナックを食べたり、飲み騒ぎをしたりしていたという香港の報告[15]もある。観戦に伴う生活習慣の乱れの有無によっても心臓に与える影響は変わるに違いない。

テレビ・ネット観戦はメンタルに良い

スポーツ観戦に関する興味深い報告として、高齢者を対象とした日本の研究がある。その研究[16]によると、月1-3回あるいは年に数回の頻度でスポーツを現地観戦している人は、うつ傾向のリスクが約3割も低かった。ただし、現地観戦を週1回以上している人は、観戦しない人と比べても、うつ傾向のリスクが変わらなかった。これに対し、テレビ・インターネット観戦の場合は、年に数回、月に1-3回、週1回以上と頻度が増えるごとにうつ傾向のリスク軽減効果があった。つまり、メンタルヘルスの面からみると、スタジアム観戦を習慣化してもプラスに働かないが、自宅観戦を習慣化するとプラスになる。

香港の報告でも、ワールドカップをテレビ観戦した人は、メンタルヘルスが良好だった。現地で観戦する人の中には熱狂的なサポーターも多く、集団効果も手伝ってか、攻撃的になりやすい。そういった攻撃性もメンタルヘルスに良くないのだろう。

たかがサッカーされどサッカー

筆者は、数年前まで好きなクラブの試合をよく現地観戦していた。しかし、今は自宅がクラブのホームタウンから離れていることもあり、ほとんどの試合をネット観戦している。昔に比べると、今の方が心穏やかに観戦できている気がする。といっても、これは観戦状況の違いではなく、応援しているクラブが常勝チームになったことが影響している気もする。今でも負けた時にはイライラしている自分に気づくことがある。

サッカーに感情が揺さぶられる者は世界中に存在し、筆者もその一員だ。好きなクラブが勝ち続けることを願いつつも、心穏やかにサッカーと付き合っていきたいものである。

KDDI総合研究所 招聘研究員 髙山史徳

◼️参考文献
[1] Milanović, Z., Pantelić, S., Čović, N., Sporiš, G., Mohr, M., & Krustrup, P. (2019). Broad-spectrum physical fitness benefits of recreational football: a systematic review and meta-analysis. British journal of sports medicine, 53(15), 926–939.

[2] Milanović, Z., Pantelić, S., Čović, N., Sporiš, G., & Krustrup, P. (2015). Is Recreational Soccer Effective for Improving VO2max A Systematic Review and Meta-Analysis. Sports medicine (Auckland, N.Z.), 45(9), 1339–1353.

[3] Hunt, K., Wyke, S., Gray, C. M., Anderson, A. S., Brady, A., Bunn, C., Donnan, P. T., Fenwick, E., Grieve, E., Leishman, J., Miller, E., Mutrie, N., Rauchhaus, P., White, A., & Treweek, S. (2014). A gender-sensitised weight loss and healthy living programme for overweight and obese men delivered by Scottish Premier League football clubs (FFIT): a pragmatic randomised controlled trial. Lancet (London, England), 383(9924), 1211–1221.

[4] 1年後の体重は、FFITに参加した人たちで平均5.56kg減少していたのに対し、参加しなかった人たち(対照群)は平均0.58kgの減少にとどまった。ベースライン時の体重と参加クラブを考慮した体重変化の群間差は平均4.94kgであった。

[5] Kirkup, W., & Merrick, D. W. (2003). A matter of life and death: population mortality and football results. Journal of epidemiology and community health, 57(6), 429–432.

[6] 相対リスクは1.28(95%信頼区間:1.11-1.47)。

[7] Berthier, F., & Boulay, F. (2003). Lower myocardial infarction mortality in French men the day France won the 1998 World Cup of football. Heart (British Cardiac Society), 89(5), 555–556.

[8] 男性の相対リスク比は0.71(95%信頼区間:0.55-0.98)。なお、女性の相対リスク比は0.65(95%信頼区間:0.45-1.16)。

[9] Wilbert-Lampen, U., Leistner, D., Greven, S., Pohl, T., Sper, S., Völker, C., Güthlin, D., Plasse, A., Knez, A., Küchenhoff, H., & Steinbeck, G. (2008). Cardiovascular events during World Cup soccer. The New England journal of medicine, 358(5), 475–483.

[10] 発生率は2.66(95%信頼区間:2.33-3.04)。

[11] Niederseer, D., Thaler, C. W., Egger, A., Niederseer, M. C., Plöderl, M., & Niebauer, J. (2013). Watching soccer is not associated with an increase in cardiac events. International journal of cardiology, 170(2), 189–194.

[12] Lin, L. L., Gu, H. Y., Yao, Y. Y., Zhu, J., Niu, Y. M., Luo, J., & Zhang, C. (2019). The association between watching football matches and the risk of cardiovascular events: A meta-analysis. Journal of sports sciences, 37(24), 2826–2834.

[13] 例えば、致死性の心血管疾患のリスク比は1.06(95%信頼区間:1.01-1.12)。

[14] 例えば、チームが勝利したときの致死性の心血管疾患のリスク比は0.80(同:0.66-0.96)で、敗戦したときの同疾患のリスク比は1.29(同:1.15-1.45)

[15] Lau, J. T., Tsui, H. Y., Mo, P. K., Mak, W. W., & Griffiths, S. (2015). World Cup’s impact on mental health and lifestyle behaviors in the general population: comparing results of 2 serial population-based surveys. Asia-Pacific journal of public health, 27(2), NP1973–NP1984.

[16] Tsuji, T., Kanamori, S., Watanabe, R., Yokoyama, M., Miyaguni, Y., Saito, M., & Kondo, K. (2021). Watching sports and depressive symptoms among older adults: a cross-sectional study from the JAGES 2019 survey. Scientific reports, 11(1), 10612.