AIが作った作品がアートコンテストで優勝〜AIがアーティストを脅かす?
2022年8月、米コロラド州で開催されたアートコンテストのデジタルアーツ部門で、画像生成AI「Midjourney」が作成した作品が優勝に選ばれた。この作品を出品したジェイソン・アレン氏は、ボードゲーム会社の社長であり、アーティストではない。この出来事を受けて、SNSでは「AIを使えば、誰でもアート作品を作れるようになった」、「アーティストが不要になる」、「アートの概念が根本から変わる」などのコメントが飛び交った。アレン氏本人も、受賞後にニューヨークタイムズの取材に対して「アートは死んだ。もう終わった。AIが勝ち、人間は負けたんだ。」と言い放っている [1]。
【画像生成AIによる優勝作品はこちら】(ARTnewsのページに遷移します)
果たしてそうなのか?AIはアーティストを脅かす存在なのか?今回はこれを考える。
なお、アートといっても様々なものがあり、一意に定義づけることは難しい。美術館に飾られている歴史的名画から、小さな子供が葉っぱと木の実で作った作品まで、どれも素晴らしい。しかし、一括りで語るには無理があるため、このコラムシリーズでは、いわゆるアートワールドで取引されるような作品に絞って話を進める。アートワールドとは、有力ギャラリー、老舗オークションハウス、著名コレクター、美術館、批評家などから成るアートの世界である。
AIはアーティストの脅威にはならない
いきなり結論から入るが、AIはアーティストの脅威にはならないだろう。アートワールドのルールに当てはめて考えれば簡単だ。前々回のコラムで取り上げたが、世界で評価を受けるアーティストとは「アート史を踏まえ、新たなコンセプトを提示した」人だ。このルールから外れていると、アートワールドの土俵には乗れないのであった。世界的な評価を受ける村上隆氏は、日本絵画の伝統的な特徴である平面性(フラット性)を踏襲しつつ、ローアートもハイアートも垣根なく(フラットに)アートになり得ると考え、「スーパーフラット」というコンセプトを提唱した。単に美しい作品、それっぽいだけの作品が現代のアートワールドで評価されることはない。
では、AIに「アート史を踏まえた、新たなコンセプト提示」ができるだろうか?難しいだろう。なぜなら、どのようにアート史を踏まえ、それをどのように意味ある新しいコンセプトにつなげるかは、意思決定による選択の連続であるからだ。新しいものを提示することも、しばしば合理から外れるアーティスティックな意思決定も、AIの苦手領域だ。AIは、過去作品を学習しそれっぽい作品を出力することなら得意だが、これではアートワールドでは相手にされない。
前述の村上隆氏が唱えた「スーパーフラット」が意味あるコンセプトになったのは、まだローアートとハイアートが完全に分断されていた80〜90年代のカルチャーに対してぶつけた新しい提案だったからだ。言い換えれば、その時代において提示に値するコンセプトかどうかを自ら考え、選び、決定した結果なのだ。
英オックスフォード大学インターネットインスティテュートのアン・プロイン博士も、研究レポート「AIとアート:機械学習が芸術活動にどのような影響を与えるか[2]」の中で「アート作品を作るためのアーティストの創造的な意思決定は、現在のAIには代替できません。AIが芸術運動を生み出すこともないでしょう。」と結論づけている[3]。
Midjourneyもアーティストにとって脅威ではない
「ちょっと待って、ではMidjourneyも脅威じゃないということ?」、「Midjourneyの作品はアートコンテストで優勝しているのだから、アーティストを脅かす存在でしょ?」。このような疑問もあるだろう。
それに答えるために、まず、そもそもこのコロラドのアートコンテストがどういう位置付けのものなのかを確認するところから始めたい。アートワールドに深い関わりのあるイベントなのか?それとも、それとは関係ないローカルなイベントなのか?例えば、野球のピッチャーが「ノーヒットノーランを達成した」といっても、それがメジャーリーグの試合でのことなのか、それとも近所の草野球の試合でのことなのかによって、その意味合いは全く異なる(草野球でのノーヒットノーランも十分すごいですが)。
このイベントはコロラドステートフェアという州主催のイベントであり、移動式遊園地やパレードが大きな目玉になっている。そこでは早食い競争の大会や動物の品評会なんかも開催される。それらに並ぶ形でアートコンテストがあるのだ。コンテストの優勝賞金は300ドル程度であり、コンテストの審査員は、コロラド生まれコロラド育ちのクラフトアーティストが務める。つまり、なんだか言いにくいが、このアートコンテストは、地域のお祭りの中で開催されている「集まれ街のアーティスト」的なイベントであり、アートワールドとは関係がないローカルなものだと言えそうだ。野球で言えば草野球だ。(地域のお祭りや草野球も大変に素晴らしいですよ、念のため)。
では、Midjourneyの受賞作品自体は客観的にどう見てとれるだろうか?確かに美しいのだが、やはり、昔のアート作品を基にした、それっぽいだけの作品に見える。この作品の作風は典型的な西洋の古典絵画だ。これは、過去のアートの文脈を踏まえているというより、古典絵画そのものであり、コピーに近いと感じる。当たり前だが、アートワールドでコピーが評価されることはない。初めてこのニュースを見た時、「現代において、このような古典絵画ど真ん中の作品が優勝するコンテストとはどのようなコンテストなのか?」と疑問を感じたことを覚えている。そして調べてみたところ、前述の通りローカルなイベントであることがわかり、合点がいった。
アーティストがAIを使いこなすことは増えるだろう
将来的にAIが発展した場合にはまた状況は変わってくるかもしれないが、少なくとも現時点において、画像生成AIはアーティストの脅威にはならないだろう(デザインやイラストの領域でのAIの侵食はあるだろうが)。
しかし、現代においてAIがアートに何も影響をもたらさないかと言えば、そんなことはない。アーティストがコンセプトを作り、その表現手段としてAIを使うことは増えていくだろう。次回はこのあたりにフォーカスしたい。
KDDI総合研究所コアリサーチャー 沖賢太郎
◼️関連コラム
体験型アートによる新しいお金の流れ〜チームラボがアートワールドのタブーをひっくり返した(2022-12-09)
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◼️関連レポート
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https://rp.kddi-research.jp/article/RA2020006
アート&テクノロジー part2 〜ARアートの可能性(2021/01/25)
https://rp.kddi-research.jp/article/RA2021005
◼️参考文献
[1] An A.I.-Generated Picture Won an Art Prize. Artists Aren’t Happy.
https://www.nytimes.com/2022/09/02/technology/ai-artificial-intelligence-artists.html
[2] AI and the Arts: How Machine Learning is Changing Artistic Work
https://www.oii.ox.ac.uk/wp-content/uploads/2022/03/040222-AI-and-the-Arts_FINAL.pdf
[3] Art for our sake: artists cannot be replaced by machines – study
https://www.ox.ac.uk/news/2022-03-03-art-our-sake-artists-cannot-be-replaced-machines-study