研究員がひも解く未来

研究員コラム

体験型アートによる新しいお金の流れ〜チームラボがアートワールドのタブーをひっくり返した

チームラボは新しいお金の流れを作った

前回に引き続きチームラボの話だ。前回は、チームラボの体験型デジタルアートが、どのようにアートワールドで評価を得てきたのかをまとめた。実はチームラボによる革新は他にもある。アートの新しいお金の流れを作ったのだ。スープストックトーキョーなどを立ち上げた連続起業家であり、アートコレクターでもある遠山正道氏はこう評する。

「チームラボはアートにおける新しいお金の流れを作った。それは、デジタルアートを作って自ら展示し、チケット代で回収するという新しいモデル。米NYの世界的ギャラリー「ペース」もチームラボが作り出したこの形態をリスペクトしている。[1]

美術館でのチケット制なら昔から存在する。しかしその反面、実は美術館以外でのチケット制はアートワールドでは長らくタブーとされてきた(成功事例がなかったから)。チームラボが、どのようにこのタブーをひっくり返し、アートにおける新しいお金の流れを確立したのか。今回はここにフォーカスする。

ミュージアム以外でのチケット制は業界タブーだった

2014年、チームラボは世界3大ギャラリーの1つであるペースとの契約に至り、アートワールドでの存在感をさらに高めていった(前回コラム参照)。2016年、そのペースとチームラボは、米シリコンバレーのメンロパークにて特設会場を設置して、展示会「teamLab: Living Digital Space and Future Parks」を開くことになった。

しかし、企画段階で両者の意見が分かれる。チームラボはこの展示会にチケット制を導入したいと主張したのだ。一部の超富裕層に作品を販売するよりも、たくさんの人に体験を提供したい、そしてそれをチケット制でやりたい、という考えだ。しかしペースはそれに反対する。無理もない。元来、ギャラリーとは作品を販売する場所であり、来場者に課金することはない。世界の主要ギャラリーはいずれも入場無料で誰でも入れる。アートワールドを知り尽くしたペースのGlimcher CEOも、その時点では以下のような懐疑的見解を示していた。

「チケット制など不可能だ。アートワールドでチケット制が成立するのはミュージアムだけだ。それ以外がチケット制を導入してもうまくいかない。[2]

しかし、チームラボには勝算があった。2014年、日本未来科学館でのイベント「チームラボ 踊る!アート展と、学ぶ!未来の遊園地」にて、彼らは試験的にチケット制を導入しており、手応えを感じていたのだ。

チームラボの粘り強い交渉の結果、ペースが折れた(!)。メンロパークでの展示会は、1人20ドルという異例のチケット制となり、作品販売はしないことになった。ニューヨークタイムズはこの時のことを「Inoko(チームラボ代表)がGlimcher(ペースCEO)を説き伏せた。タブーを打ち破りチケット制導入」と書いている[3]。ペースという、アートワールドでパワーを持つ存在に対しても、主張を曲げないチームラボのこの美意識はすごい。この観点においてもアーティストだ!

図表1 メンロパークでの「Living Digital Space and Future Parks」会場
出所: チームラボ

チケット制が大成功、非売品の作品が売れ、著名人も来訪

チケット制によるこの展示会は大成功となった。毎週末行列ができ、その行列は日を追うごとに長くなっていた。あまりに好評であったため、約5ヶ月間を予定していた会期は2倍に延長となり[4]、この間に約25万人が来場した[5]

また、今回の展示作品は非売品であったにも関わらず、シリコンバレーの起業家たちが持ち前の交渉力で作品を買っていった。ペースのスポークスマンによれば、展示開始から1週間で展示作品20点のうち3作品が売れ、1作品に予約が入った。さらには、展示されていない別のチームラボの作品も売れたという[6]。各作品には10万ドル〜45万ドルの値がついた。

そして、新しい出会いもあった。展示会場の中を歩いていたチームラボ猪子代表にある女性が話しかけてきた。その様子を猪子代表は以下のように語っている。

「会場を歩いてたら、「私、これ2回目なのよ!」と話しかけてくれる陽気できれいなお姉さんに会ったんだよ。僕に会うなり「あなたは天才だわ!」とか言い出すもんだから、僕も「お、おう」みたいな感じになっちゃって。で、「もう一回見に行くわ!」とか言うから「楽しんできてねー」と見送ったの。ところが、それから1時間くらいして「スティーブ・ジョブズの奥さんが来ているから紹介する」という話が来て、会いに行ったらさっきのきれいなお姉さんが立っているんだよ。[7]

スティーブ・ジョブズの奥さんであったローレン・パウエル・ジョブズもチームラボの大ファンになったようだ。この縁は数年後に別の偉業につながる。

図表2 大盛況となった「Living Digital Space and Future Parks」
出所: チームラボ

チケット制に反対していたペースがチケット制の施設を新設

メンロパークでの成功により、ペースもチケット制に俄然前向きとなる。翌年2017年1月にロンドンのペースギャラリーにて開催した「teamLab: Transcending Boundaries」展でもチケット制を導入。チケットは発売直後に完売した[8]。もはやチケット制はタブーではなくなった。その後もチームラボとペースは世界各地でチケット制のデジタルアート展を開催していく。

ペースはさらに前進する。2020年12月、ペースは米マイアミにて「スーパーブルー(Superblue)」というチケット制のアート施設をオープンした。ポップアップ施設などではない。ミュージアムクラスの規模の建物だ(図表3)。ここでは、ペースに所属するアーティストたちの大規模な作品を展示し、それを来場者に体験してもらう。そして入場料収入は、ペースとアーティストで分配する(比率は非公開)。もちろんチームラボの作品も展示されている。

数年前までチケット制に反対していたペースをここまで変えたのもチームラボだ。ペースとチームラボは近く京都にもスーパーブルーを開設予定であり、その後も世界各地に拠点を増やしていくことだろう。

なお、スーパーブルーの創立メンバーには、ペースの他に、ローレン・パウエル・ジョブズが率いる社会活動団体エマーソン・コレクティブがいる。2016年のメンロパークでの縁はここで結実したのだ。

図表3 マイアミのスーパーブルー
(下図の青紫部分がチームラボの展示スペース(オープン時))
出所: 美術手帖
図表4 オープン予定のスーパーブルー京都(構想イメージ)
出所: チームラボ

体験型アート&チケット制のアーティストたち

ここで、チームラボの他にはどのようなアーティストがチケット制を導入しているのか、2つほど紹介したい。どちらもペースと契約する体験型のアーティスト集団だ。

まずは英国拠点のランダム(Random International)。彼らの代表作「Rain Room」(図表5)は、鑑賞者が土砂降りの中を濡れずに歩けるという作品だ。まず、大型の展示空間に人工の雨を降らせる。そして、天井に設置した3Dトラッキングカメラが人の場所を感知しそこだけ雨を止める。つまり鑑賞者は、土砂降りの中を歩いても常に自分のところだけは雨が降っていないという不思議な体験ができる。

ランダムの代表は、この作品を作った理由として「近くに人がいるのに(土砂降りの音で)何も聞こえない、そういう不思議な状況に直面した時の人々の反応を知りたかった。」と語っている。

「Rain Room」はこれまでにロンドンのバービカンセンターや、ニューヨークのMoMA(ニューヨーク近代美術館)などで展示されてきた。現在は、アラブ首長国連邦のシャルジャ・アート・ファウンデーションにて常設展示されており、チケット制で体験可能になっている。

図表5 ランダムの「Rain Room」
出所:artnet news

2つ目はオランダ拠点のドリフト(Studio Drift)。図表6は、2021年にニューヨークの文化施設「The Shed」で開催されたドリフトの個展「Fragile Future」の様子だ。様々なオブジェクトを使って壊れやすい自然環境を表現し、鑑賞者に自然との向き合い方を問いかける個展である。

図表6の展示では、巨大なコンクリートの塊のような物体が浮遊し、人々の頭上で四方八方にゆっくりと動く。The Shedによれば物体は超軽量物質でできているとのことだが、浮遊のメカニズムは非公開だ。作品概要欄には「ロボティクス、トラッキングシステム」と記載されているため[9]、物体を内側からドローンで支えているのかもしれない(でもドローンだとバッテリー持ちの問題と騒音問題がありますよね?)。

こうして見ると、チームラボを含めいずれのアーティスト集団もテクノロジーを活用している点でも共通している。テクノロジーが進化すれば、彼らの作品表現もまた変化し、我々も新たなものを体験できるだろう。チームラボの今後の発展も楽しみだし、ランダムやドリフトなどの海外アーティストの作品もぜひ現地で体験したい!

図表6 The Shedにおけるドリフトの「Fragile Future」展
出所: The Shed

チケット制がアート体験を可能にしている

考えてみれば、アートを「体験できる」という点が我々生活者にはとにかくありがたい。大富豪たちが所有する有名作品のコレクションの多くは倉庫などに眠っており、我々は見たくても見られないのだ。今回取り上げたチームラボ、ランダム、ドリフトも、誰かに購入・所有されることよりも、多くの人に体験してもらうことを重視している。「チケット制」はそれを可能にする仕組みであり、アートの新しい在り方と言えるだろう。そして、それを開拓したのが日本発のチームラボなのだ。なんだか(勝手に)誇らしい気持ちになる。

KDDI総合研究所コアリサーチャー 沖賢太郎


■関連コラム
鑑賞から体験へ〜デジタルアート体験が若者たちを集める
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/970

チームラボはなぜ世界で認められたのか〜体験型デジタルアートの源流を探る
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/988

◼️参考レポート
アート&テクノロジー 〜テックがアートの人とお金の流れを変え始めている(2020/03/17)
https://rp.kddi-research.jp/article/RA2020006

アート&テクノロジー part2 〜ARアートの可能性(2021/01/25)
https://rp.kddi-research.jp/article/RA2021005

◼️参考文献
[1] イベント「Biz Forward 2020」での講演「経営xアート」 

[2] The Blockbuster Avant-Garde ARTnews (January 4, 2021)
https://www.artnews.com/art-in-america/features/teamlab-art-world-1234580691/

[3] Up to My Eyeballs in Art at Superblue
https://www.nytimes.com/2021/03/18/arts/design/superblue-miami-immersive-art.html

[4] シリコンバレーで開催中の展覧会「teamLab: Living Digital Space and Future Parks」が好評につき会期延長。2016/12/18(日)まで
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000355.000007339.html

[5] What future for contemporary art? Pace Gallery’s president answers NUMERO
https://www.numero.com/en/art/numero-art-marc-glimcher-interview-pace-gallery-new-york-alexander-calder-james-turrell-adrian-ghenie-teamlab-agnes-martin-yue-minjun

[6] Silicon Valley’s Wealthy Finally Buy Art (When Not for Sale)  Wall Street Journal
https://www.wsj.com/articles/BL-DGB-44856

[7] 人類を前に進めたい 猪子寿之、宇野常寛

[8] 海外で絶賛、「チームラボ」が世界でウケる理由 日経ビジネスhttps://business.nikkei.com/atcl/interview/15/238739/020800235/

[9] Drifter Drift
https://studiodrift.com/work/drifter/