EVでの長距離運転に四苦八苦する米国のドライバーと充電インフラの現状

 クルマの電動化で先行する中国や欧州諸国に続いて、米国でもEV(電気自動車)市場が急速に立ち上がってきた。

 調査会社Cox Automotiveによれば、米国では今年1〜9月までにEVの新車販売台数が前年同期比で70パーセント増加した。同時期にガソリン車も含めた新車販売台数が15パーセントも減少する中、EVだけは大幅な売上プラスとなっている。

 これにより新車の販売台数に占めるEVの割合は5.6パーセントに達した。これらのデータから判断して、EVは米国で主流化したとは言えないまでも、そこへと向かう勢いが増してきたと言えそうだ。

 こうした中、米ニューヨーク・タイムズは既にEVを購入・利用している米国内の読者を対象にアンケート調査を実施し、そのうち3000人以上から回答を得た[1]。そこからは、現在のEVを取り巻く環境や、今後のさらなる普及に向けた課題等が浮かび上がってくる。

EV購入者が富裕層から中間層へと広がる気配

 たとえば中古の日産「リーフ(Leaf)」を実費2万ドル(約280万円)で購入したバージニア州のドライバーは、その際に政府から支給される中古EV向けの4000ドル(約56万円)の税額控除(事実上の購入補助金)を活用している。

 仮に、こうした支援制度が適用されず、(中古ではなく)新車のEVを購入するとなれば、その価格は平均5~6万ドル(700万~800万円以上)にも達してしまうが、このドライバーは「そのような高額のクルマを買う経済的余裕はない」と率直に回答している。また、ガソリン車からEVへと切り替えた理由については、主に「クルマの燃料代や維持費を節約するため」としている。

 これまでEV購入者は「気候変動」など環境問題への意識が高い一部の富裕層に偏っているとされたが、この回答からも伺えるように、最近はクルマ自体の値段や高騰するガソリン価格などコスト面にも関心(つまりEVを購入する動機)が広がりつつあるようだ。

 裏を返せば、そのようなセグメントにまでEVの購入者層が拡大していることを示唆しており、ここからもEVが主流化する気配が伝わってくる。ただ、現時点で米国のEV利用者は(後述する)充電ステーション不足などの問題に備えて、従来のガソリン車も併用しているケースが多い。

 EVを購入して実際に運転したドライバーは、そのパワフルな加速感をはじめ使い心地に極めて満足しているという。中には「一度でもEVを運転すれば、二度とガソリン車を買う気はなくなる」とする誇らしげな回答も少なくないが、そこからは一種の「瘦せ我慢」も伝わってくる。つまり実際には、かなり無理をしてEVを使っているということだ。

 と言うのもEVには、車載バッテリーの充電容量に基づく航続距離の限界が付きまとうからだ。つまり「バッテリーをフル充電した際、最長でどれ位の距離を走ることができるか」という問題だ。

 現在、米国で販売されているEVの航続距離は、概ね「200〜300マイル(320〜480キロ・メートル)」の間にあると見られる。ただし、これは新車のスペックであり、逆に中古車となるとバッテリーもある程度劣化するので航続距離は低下する。特にバッテリーの充電容量が元々小さい低価格のEVで、なおかつ中古となると航続距離が100マイル(160キロ・メートル)を切るケースも少なくない。

 いずれにせよ、この程度の航続距離では、たとえば「地元のスーパーマーケットに買い物に行く」「子供を学校まで送り迎えする」といった日常的用途であれば十分に対応できるが、逆に「一回で何百マイル(何百キロ・メートル)にも及ぶ長距離運転」には危うさが伴う。何故なら、現在、米国内に存在する充電ステーション(EVを充電するための専用施設)の数が圧倒的に不足しているからだ(詳細は後述)。

 このためEVドライバーが長距離運転をする際には、あらかじめ地図上でルート沿いにある充電ステーションの位置をチェックしたうえで、「どの地点で停車して充電するか」など入念な旅行計画を練る必要に迫られる。しかし、そこまで準備しても、実際には充電ステーションに設置されている充電器が故障していたり、EVの車種によっては特定の充電器を利用できない場合もあるので、予め立てた計画が狂ってしまうケースも少なくない。

 あるEVドライバーの場合、地元のオハイオ州から隣のミシガン州へと向かう長旅の途中で利用する予定だった充電ステーションが実際には使用不能で、次の充電ステーションまで辿り着くための充電量が足りなくなってしまった。仕方がないので途中のホテルに宿泊して、翌朝レンタカー(ガソリン車)を借りて最終目的地に向かったという。

 が、それでもこのドライバーは「このクルマ(EV)には満足している。次に長距離運転するときには、もっと注意して計画を練ることにする」と回答したという。

 もちろん、ここまで極端なケースは少ないと思われるが、日頃この種のトラブルに悩まされながらも、それによる不満をEVならではの走りの良さや「気候変動対策に寄与している」という自負で埋め合わせながら利用しているというのが、米国のEVドライバーの実態ではなかろうか。

充電器と充電ステーションは異なる

 以上のケースから明らかなように、現在のEVドライバーにとって最大の悩みの種は充電ステーションの数が足りないことだ。それはつまり、今後EVのさらなる普及を促す上で最大の課題でもある。

 その現状を概観するうえで、改めて定義を統一しておきたい。具体的には「充電器(charger)」と「充電ステーション(charging station)」の違いを整理しておこう。

 充電器とはEV(のバッテリー)を充電するための専用装置であり、充電ステーションとはそれらの装置が何個か設置された施設のことである。ちょうど従来のガソリン車を給油するための「ガソリンスタンド」のEV版が「充電ステーション」という位置づけになる。

 ところが各種メディアの記事をはじめ一部の文献で、充電ステーションと充電器を混同している記述が散見され誤解を招いている。米国ではニューヨーク・タイムズやウォールストリート・ジャーナルのような主要メディアでさえ、一部の記者がこのような過ちを犯している(もちろん同じ報道機関に所属していても、正しく用語を使い分けている記者もいる)。

 筆者が何故こんな一見、枝葉末節とも思われる問題にこだわるかというと、これらの用語の使い方を誤ると本来の意味が全く違ってくるからだ。

 仮に一か所の充電ステーションに平均4基の充電器が設置されているとしよう(因みに本稿のような日本語の記事において、充電器の単位は「個」でも構わないが、一般には「基」を用いることが多い)。そして、ある国のある地域に存在する充電ステーションの総数を1000箇所と仮定すれば、その地域に設置されている充電器の総数は当然4000基という計算になる。

 しかし充電器と充電ステーションを混同すれば、この地域における充電器の総数は1000基という見方も成立してしまい、実態との間で4倍もの開きが生じる。これでは、この地域の充電インフラの状況を把握しようとする際に、大きく見誤ってしまう。従って用語は正しく使い分けねばならない。

充電ステーションが圧倒的に不足している

 さて米エネルギー省の調べでは、米国には2021年時点で約12万5000基の充電器(EVSE Port)が存在し、それらが約5万か所の充電ステーションに分散している(図1)。ここでEVSEとは Electric Vehicle Supply Equipmentの略であり、やや堅苦しい表現だが、日本語に訳せば「充電器」のことである。

 ただ、エネルギー省が統計を取っているのは、厳密にはこの充電器自体ではなく、そこに備え付けられている充電ポート(EVSE Port:出力口)の数である。仮に1台の充電器に2個のポートが用意されていれば、それは同時に2台のEVを充電することができるのでシングル・ポートの充電器2台分に相当する(図2)。

 つまりユーザーへの利便性という上で、充電器よりもむしろポート数の方がより正確に米国の充電インフラの整備状況を把握できるので、エネルギー省はこちらを採用したのだ。以下、本稿ではこの「充電ポート(EVSE Port)」をもって「充電器(charger)」とみなすことにする。

図1 米国内に設置された充電器(EVSE Ports)と充電ステーションの総数の推移
出典:Electric Vehicle Charging Infrastructure Trends, US Department of Energy
https://afdc.energy.gov/fuels/electricity_infrastructure_trends.html
図2 充電ステーション、充電器(EVSE, Charger)、充電ポート(EVSE Port)の関係
出典:Charging Infrastructure Terminology, US Department of Energy
https://afdc.energy.gov/fuels/electricity_infrastructure.html#terms

 これらの充電器には幾つかの種類があるが、大別すると「普通充電器」と「急速充電器」の2種類に分けられる。

 普通充電器は充電スピードが遅く、一台のEVをフル充電するまでに(もちろんEV搭載バッテリーの充電容量にもよるが)6〜12時間もかかってしまう。これに対し急速充電器は概ね30分〜1時間程度でフル充電できる。正直、これでも「急速」と呼べるのか怪しいものだが、残念ながら現状ではこの程度のスピードだ。ただ、現在も充電器やそれに対応する車載バッテリーのスペックはどんどん向上しており、将来開発されるであろう超高出力の充電器を使えば、いずれは5分程度でEVをフル充電できる時代が訪れるとの見方もある。

 前述のように、2021年時点で米国には約12万5000基のEV充電器が存在するが、その大半は普通充電器だ。普通充電器ではフル充電するのに何時間もかかるので、事実上使い物にならないと見られている。

 一方、より実用的な急速充電器の総数は約3万8000基でそれが約6500箇所の急速充電ステーションに分散している(図3)。

図3 米国内の急速充電ステーションの設置状況
出典:”Electric Vehicle Charging Station Locations,” US Department of Energy
https://afdc.energy.gov/fuels/electricity_locations.html#/find/nearest?fuel=ELEC&ev_levels=dc_fast&country=US

 因みに米国には現時点で約14万5000か所のガソリンスタンドが存在するが、それと比べると現在の急速充電ステーションの総数(6500か所)はいかにも物足りない。前述のように、米国のEVドライバーが長距離運転の際に四苦八苦しているのも当然だ。

 もっとも、これらは公共の充電インフラだが、これ以外にも米テスラが用意した同社製EV専用の充電器が11万5000基ある。これらの多くは公共の急速充電器よりも高速充電が可能だが、これらを使うことができるのはテスラ製のEVに限定される。

 以上のような充電インフラ不足の問題に対処するため、バイデン政権は2030年までに全米で(既存の充電器と新たに設置されるものの両方を合わせて)50万基の(公共)充電器を用意することを目標に掲げている。これに関するホワイトハウスの発表資料[2]では、これらの充電器の種類までは記されていないが、将来的な目標である以上、現在の急速充電器あるいはそれ以上のスピードの超急速充電器と見るのが妥当だろう。

 これはあくまで充電器の個数であり、充電ステーションの総数ではない。仮に1か所の充電ステーションに平均して4基の充電器が設置されているとすれば、全米で約12万5000箇所の急速充電ステーションが用意されることになる。

 ただ識者の多くはこれでも不十分と見ており、最終的には100万基以上の急速充電器、つまり(同じ仮定に基づくと)25万箇所以上の急速充電ステーションを全米に用意する必要があると見ている。 

KDDI総合研究所リサーチフェロー 小林 雅一


◼️参考文献
[1] “Electric Vehicles Start to Enter the Car-Buying Mainstream,” Jack Ewing and Peter Eavis, The New York Times, Nov. 13, 2022

[2] “Fact Sheet: The Biden-Harris Electric Vehicle Charging Action Plan,” December 13, 2021, The White House  https://www.whitehouse.gov/briefing-room/statements-releases/2021/12/13/fact-sheet-the-biden-harris-electric-vehicle-charging-action-plan/