現代社会は、運動不足の解消を訴求する言葉で溢れている。その一方で、運動をし過ぎる弊害を耳にすることもある。どうやら運動と健康との関係は単純ではなさそうだ。
本コラムでは、生涯スポーツとして人気のあるランニングを主題材とした上で、死亡率(死亡リスク)や寿命に関する研究を紹介しながら、自他共に走り過ぎと認めるランナーに向けての私見を述べる。
ある24時間の歩数
24時間走という丸1日で走った距離を競う種目がある。筆者は過去に2回、このレースに出場した。下図は、2022年の5月に青森県弘前市で開催されたレースに出場し、171.760kmを走った際にウェアラブルデバイスで記録した歩数の推移を示したものである。後半にペースが落ちたものの、歩数はレース全体で21万5,293歩を記録した。老若男女を問わず、人生のどのタイミングを切り取っても、歩数がこんなに多い24時間を過ごした人は少数派に違いない。
ここで歩数と死亡リスクとの関係を検証した研究を紹介する。4大陸、合計4万5,000人以上のデータを分析した論文[2]によると、60歳未満は1日あたりおよそ8,000歩から1万歩、60歳以上ではおよそ6,000歩から8,000歩までの人は歩数が増えるごとに死亡リスクは減少する[3]。しかし、それ以上歩数が増えたとしても、死亡リスクがさらに減少する効果は確認されなかった。
このエビデンスに対し、筆者のレース中の歩数を1時間当たりで表すと、約9,000歩となる。つまり、死亡リスクを減らすために必要な1日の歩数をたった1時間で獲得し続けていたことになる。視点をかえると、約24日分の歩数を1日で確保しており、本来、横軸の単位が「日」なところが「時間」になっているとも言える。
これは極端な例であるが、走り過ぎとも思われるランニングは、死亡リスクをむしろ高めたりしないのだろうか。
程よく走るライト層の死亡リスクが低い
デンマークのコペンハーゲン市で行われている研究プロジェクト(Copenhagen City Heart Study)の報告に興味深い論文[4]がある。その論文では、ランニング習慣の有無をもとに、対象者をジョガーと日常生活での身体活動量が少ない座りがちな非ジョガーに分け、12年間追跡している。また、ジョガーは、トレーニングの内容によって、ライト層(Light)、中間層(Moderate)、シリアス層(Strenuous)に分けた上で分析している。なお、ここでのライト層とは、頻度で言えば週3回以下、量で言えば週2.5時間未満、強度で言えば3段階(遅い、平均、速い)のうち、速いペースで走らないランナーが該当する。レースの距離に関わらず、自己記録の更新を狙って日頃からトレーニングに励むランナーの多くは、ライト層には該当しない。
結果をみてみると、非ジョガーとジョガーを比べた場合、死亡リスクの軽減効果はライト層にのみ認められた[5]。さらに、ジョガー同士でみると、ライト層に比べると、中間層、シリアス層の死亡率が高まっていた[6]。
以前のコラムで、座りがちな行動は死亡リスクを高めることを紹介した。ジョガーと座りがちな人達を比べたこの研究結果は、因果関係を示すものではないが、健康増進のために見えるランニングであっても、取り組み方によっては死亡リスクへの影響は座りがちな人たちと変わらないことを示唆している。
トップアスリートは短命か?
次に、対象を広げ、トップアスリートの祭典である五輪に出場したオリンピアンを追跡した研究をみていく。トレーニングや試合による肉体的負荷が高いだけでなく、極度なプレッシャーとも向き合い続け、精神的負荷も高いトップアスリート達は早死にしてしまうのだろうか。
1912年から2012年に開催された五輪に出場したアメリカのオリンピアン約8,000人を分析した論文[7]がある。結果をみると、一般住民と比べ、オリンピアンは5.1年長生きだった[8]。また、この論文では第二次世界大戦後の出場者を対象として、死因別に詳細分析をしている。その結果をみると、心血管疾患、癌、呼吸器疾患、内分泌・代謝疾患、消化器疾患といった数多くの疾患による死亡率が一般住民に比べて低く、オリンピアンの長寿に貢献していた。
日本のオリンピアンを分析した論文[9]もある。この研究では、1952年から2016年に開催された五輪に出場したオリンピアン約3,000人を最大で2017年末まで追跡した結果、一般住民よりも死亡率が低かった[10]。
オリンピアンを対象とした国内外の研究を踏まえると、トップアスリートは間違いなく短命ではない。
ありとあらゆる要因が死亡リスクに関係する
ここまで、歩数、ランニング、トップアスリートといった切り口から論文を眺めてきた。次に、死亡リスクとの関係を包括的に検証したアメリカの健康と退職に関する研究(Health and Retirement Study)をみていく。
この研究は、アメリカに住む50歳以上を対象とした代表的な調査であり、1992年の開始以来、継続的にデータ収集が行われている。2020年に発表された論文[11]では、約1万3,000人を対象として、「健康関連行動」に加え、「心理的特性」「成人期の有害な体験」「幼少期の社会経済的・心理社会的な有害体験」「社会経済的状況」「社会との繋がり」の6カテゴリーに分別できる合計57要因と死亡率との関係を検証している。
結果をみると、高強度の身体活動量が少ない/ない、中強度の身体活動量が少ない/ない、喫煙しているといった「健康関連行動」のみならず、人生の満足度が低い、ネガティブな感情といった「心理的特性」、日常的な差別といった「有害体験」、経済的困難といった「社会経済的状況」など、様々なカテゴリーのありとあらゆる要因が死亡率を高めていた[12]。
ありとあらゆる要因が死亡率に関係するのだから、ランニングを始めとする身体活動やトレーニングの観点のみで良し悪しを決めつけるのは、そもそも横紙破りのやり方なのかもしれない。
ランニング以外の要因を工夫して健康度を高める
ところで、筆者はもう1回24時間走に出場予定で、200km超えを目標にしている。その動機は、「人生で一度は丸1日で200kmを超えてみたい」というものである。24時間走に限らず、レースに出場する動機や目標は人それぞれに違いないが、目標があるからこそ睡眠や食生活をはじめとする生活習慣に気を配れるランナーは多いのではないだろうか。そういった生活習慣は、言うまでもなく死亡リスクをはじめとする健康指標に関係する。
171.760kmを走った後に同僚から「このレースは身体に悪そうなので、酷使しないで長生きして達成できるような目標へと切り替えましょうよ」といったアドバイスをいただいた。きっと少し前の筆者であれば、走っても問題ないことを主張できる研究を無理やり引っ張り出したり、時には相手の生活習慣に難癖をつけたりして、反論したに違いない。しかし、今では、ムキに言い合うことはせず、自分のことを想ってくれていると感謝の気持ちを持った上で、ランニング以外の生活習慣の工夫を心掛けている。いずれにしても、アドバイスをくれた当人は、とっくに呆れ返っているかもしれない。
無二の友人との信のために走った羊飼いのメロスがうらやましい。
KDDI総合研究所 招聘研究員 髙山史徳
■関連コラム
アスリートは座りがち
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/911
◼️参考文献
[1] Oura Ring Generation2(Oura社、フィンランド)の計測データの歩数。
[2] Paluch, A. E., Bajpai, S., Bassett, D. R., Carnethon, M. R., Ekelund, U., Evenson, K. R., Galuska, D. A., Jefferis, B. J., Kraus, W. E., Lee, I. M., Matthews, C. E., Omura, J. D., Patel, A. V., Pieper, C. F., Rees-Punia, E., Dallmeier, D., Klenk, J., Whincup, P. H., Dooley, E. E., Pettee Gabriel, K., … Steps for Health Collaborative (2022). Daily steps and all-cause mortality: a meta-analysis of 15 international cohorts. The Lancet. Public health, 7(3), e219–e228.
[3] 交絡因子(年齢、計測デバイスの装着時間、人種と民族、性別、教育または収入、BMI、ライフスタイル、慢性疾患またはその危険因子、一般的な健康状態)を調整後にログスケールのハザード比で作成された3次スプラインモデルでの分析結果。
[4] Schnohr, P., O’Keefe, J. H., Marott, J. L., Lange, P., & Jensen, G. B. (2015). Dose of jogging and long-term mortality: the Copenhagen City Heart Study. Journal of the American College of Cardiology, 65(5), 411–419.
[5] 年齢、性別、喫煙状況、アルコール摂取量、教育、糖尿病の有無を調整後に座りがちな非ジョガーと比較した場合のハザード比。ライト層が0.22(95%信頼区間:0.10-0.47)、中間層が0.66(同:0.32-1.38)、シリアス層が1.97(同:0.48-8.14)。
[6] 年齢、性別、喫煙状況、アルコール摂取量、教育、糖尿病の有無を調整後にライト層と比較した場合のハザード比。中間層が3.06(95%信頼区間:1.11-8.45)、シリアス層が9.08(同:1.87-44.01)。
[7] Antero, J., Tanaka, H., De Larochelambert, Q., Pohar-Perme, M., & Toussaint, J. F. (2021). Female and male US Olympic athletes live 5 years longer than their general population counterparts: a study of 8124 former US Olympians. British journal of sports medicine, 55(4), 206–212.
[8] 性別、期間、年齢を踏まえ、一般住民とYears lost/Yeast saved法を用いて比較した結果。95%信頼区間は4.3-6.0年。
[9] Takeuchi, T., Kitamura, Y., Sado, J., Hattori, S., Kanemura, Y., Naito, Y., Nakajima, K., Okuwaki, T., Nakata, K., Kawahara, T., & Sobue, T. (2019). Mortality of Japanese Olympic athletes: 1952-2017 cohort study. BMJ open sport & exercise medicine, 5(1), e000653.
[10] 年齢、性別、期間を踏まえ、一般住民とStandardized Mortality Ratio(SMR)で比較した結果。SMRは0.29(95%信頼区間:0.25-0.34)。
[11] Puterman, E., Weiss, J., Hives, B. A., Gemmill, A., Karasek, D., Mendes, W. B., & Rehkopf, D. H. (2020). Predicting mortality from 57 economic, behavioral, social, and psychological factors. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 117(28), 16273–16282.
[12] Cox回帰分析ハザード比の結果。57要因のうち、40要因以上で統計学的に有意。