身体を動かすこと(身体活動)は、様々な病気の予防に貢献する。また、最近では、たとえ十分な身体活動があっても、座りがちな時間が多いと健康に悪影響を及ぼすことも分かってきた。
本コラムでは、日頃激しい練習を行っているアスリートも意外と座りがちな事実を紹介する。その上で、アスリートは日常生活をどのように過ごすべきなのか、スポーツ科学者の立場から私見を述べる。
身体活動・身体活動レベルとは?
アスリートを対象とした研究に触れる前に、身体活動について説明する。厚生労働省e-ヘルスネット[1]によると、身体活動とは「安静にしている状態より多くのエネルギーを消費する全ての動作」をさす。また、身体活動は、「体力の維持・向上を目的とした計画的・意図的に実施し、継続性のある活動である運動と、日常生活における労働、家事、通勤、通学などの生活活動」で構成される。
そして、身体活動の強度を表す指標として、メッツ(Metabolic equivalent)がある。メッツは、安静時のエネルギー消費量を1としたときに、その身体活動が何倍のエネルギーを消費するのかを表している。具体的には、1.5以上3未満を低強度(たとえば、ゆっくりとした歩行)、3以上6.0未満を中強度(たとえば、通勤時の自転車)、6以上を高強度(たとえば、ランニング)といったように、3つのカテゴリーに分けられることが多い。また、座りがちな行動は、メッツで表すと1.5メッツ未満となり、座ったり、横になったりした状態で静かに過ごす行動が該当する。
近年、健康維持・増進の観点から、座りがちな時間を減らす大切さが訴求されている。100万人以上のデータを解析した研究[2]をもとにすると、死亡リスクを下げるための座りがちな時間のカットオフ値は、9時間/日だ[3]。1日に9時間以上座っている人は、統計的に死亡リスクが高いのだ。
2020年に世界保健機関(WHO)が発表した「運動・身体活動および座位行動に関するガイドライン」[4]では、座りがちな行動は最小限にとどめて、代わりに低強度でも良いので身体活動を取り入れることが推奨された。
現代では、これほど座りがちな行動を減らすことが重要視されている。
座りがちなアスリート
世界最高峰のサッカーリーグ、イングランドプレミアリーグに所属するプロサッカー選手たちを対象に、試合や練習の時間以外にデバイスをつけてもらった調査[5]がある。この調査によると、起きている計測総時間の10.5時間のうち、79%に相当する8.3時間が座りがちな時間であった。
平均年齢が40を超えるマスターアスリートたちを対象に、デバイスを1週間つけてもらった調査[6]によると、座りがちな時間の中央値は、ランナーが8.8時間、サッカー選手が9.0時間であった。
さらに、23歳以下のエリートボート(漕艇)選手たちを対象に、1か月間にわたり練習以外の時間の身体活動をデバイスで測った調査[7]によると、座りがちな時間は平日で11時間、休日で12時間を超えていた。
このように、日頃激しい練習を行っているアスリートであっても、意外と座りがちで、場合によっては先ほど述べた死亡リスクのカットオフ値を上回っている。
座りがちなアスリートは太り気味?
そうは言っても、一般人と違い、激しい練習によって心身に強い負荷がかかるアスリートの場合、日常生活は、あまり動かずに静かに過ごした方が良いのでは、と思う読者もいるだろう。そこで、アスリートを対象として、座りがちな時間と体脂肪率との関係を探った研究を紹介する。競技種目によって理想の体脂肪率は異なるものの、力の発揮に関係のない体脂肪が過度に蓄積した状態では、競技力にマイナスとなりやすいことは容易に想像できるはずだ。
欧州スポーツ科学会議が発行する学術雑誌に今年(2022年)掲載された論文で、18歳以上の135名のアスリートを対象に、座りがちな時間と身体組成との関係を調査したものがある[8]。この調査では、対象となったアスリートのうち、30%以上が国際的な競技力を持っていた。得られた結果は、性別、年齢、練習量、競技年数、競技種目のタイプといった結果に影響を与える要因を調整した上でも、座りがちな時間が多いと体脂肪率が高い傾向があった。因果関係はわからないが、アスリートにとっても座りがちな行動が多すぎると、良くないことを示唆する結果である。ちなみに、この調査では携帯電話のスクリーンタイムが1時間/日多いと、体脂肪率が1.45%高くなるという結果も得られている。
練習を頑張っても座りがちだと効果が減る?
日常生活が座りがちだと同じ練習をしても効果が減弱する可能性もある。
一般男性20名を対象に、8週間にわたり持久系トレーニングを行ってもらい、日常生活の身体活動量と全身持久力を表す最大酸素摂取量を計測した研究[9]がある。おもしろいことに、身体活動量が多い人ほど、最大酸素摂取量が伸びた傾向があった[10]。
昨年(2021年)発表された研究[11]では、日頃トレーニングを実施していない男女を対象に、日常生活でなるべく歩くように指示を受けたハイステップ群と、必要最小限の歩数に留めるように指示を受けたローステップ群にわけた上で、9日間で合計5回の持久系トレーニングを行ってもらった。
実際の歩数は、ハイステップ群で15,000歩/日を超えていたのに対し、ローステップ群では5,000歩/日を下回っていた。その結果、ハイステップ群で認められたトレーニング効果がローステップ群では減弱していた[12]。
2つの研究は、本格的なアスリートを対象としていないものの、同じ練習をしても、日常生活の過ごし方次第で、得られる効果が変わることを意味している。
アスリートは日常生活をどう過ごすべきか?
このように、座りがちなライフスタイルは、アスリートの競技力にも悪影響を及ぼし得る。しかし、アスリートが練習以外の時間に激しい身体活動に取り組んだ場合、疲労からの回復が遅くなる可能性もあるのでは、と思う人もいるだろう。そもそも、練習と日常生活でメリハリもなくなり、精神的にリラックスできなくなったり、練習に支障が生じたりするリスクもありそうだ。
実のところ、アスリートが日常生活の身体活動を意識する場合、低強度で十分のようだ。前述した一般男性を対象とした研究では、日常生活の活動量を強度別にわけた上で、最大酸素摂取量の増加率との関係を調べた結果、低強度の活動量には有意な相関関係が認められている。一方、中強度あるいは高強度の身体活動量と最大酸素摂取量の増加率との間には明確な関係は認められなかった[13]。具体的な低強度の生活活動は、表に示したような立位での会話や読書、掃き掃除、食料品の買い物、ペットへの餌やり、歩行などが該当する[14]。
座りがちな時間が多いと、生活習慣が乱れやすいこともある。ブラジルで行われた大規模ウェブ調査[15]では、40,000人近くを対象として、新型コロナウイルスの感染拡大前後の座りがちな行動と食習慣の変化を調べている。その結果、感染拡大時にテレビの視聴時間やコンピュータ・タブレットの使用時間といった座りがちな行動が増えた人は、健康に悪いとされる超加工食品[16]の摂取頻度が上昇したり、健康に良いとされる果物・野菜の摂取頻度が減少したりする傾向があった。
このコラムを読んだ人の中にも、作業机やパソコンデスクのそばにスナック菓子が沢山常備されている人もいるのではないだろうか。その他にも、デスクワークが多い日は、コーヒーなどのカフェイン飲料を飲み過ぎてしまう人もいると思うが、カフェインを摂り過ぎることで睡眠の質が悪化してしまう恐れもある。
アスリートにとって望ましいライフスタイルに関する筆者の見解は、「体力アップのためではなく、練習効果を減弱させ得る座りがちな行動に気を配ろう」である。そのためには、息の上がるような身体活動を行う必要はなく、歩いたり、買い物したり、定期的に立ち上ったりするといった心掛けでも十分である。また、たとえアスリートであっても、仕事、学業といった練習以外の出来事によって、忙しい日もあるだろう。そういった場合でも、座りがちな行動に気を配った日常を送ることが大切である。
多くのアスリートは練習にこだわりを持っている。しかし、いくらこだわりを持ち、取り組んでも、全てのアスリートで練習の成果が得られるわけではない。また、どんなに莫大な練習量を誇るアスリートでも、起きている時間のうち、練習以外の時間の方が長い場合がほとんどだろう。練習の成果が得られないと思い悩むアスリートは、練習以外にもこだわってみてはいかがだろうか。
KDDI総合研究所 招聘研究員 髙山史徳
[1] 澤田 亨.「身体活動」厚生労働省e-ヘルスネット.
https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/exercise/ys-031.html
[2] Ku, P. W., Steptoe, A., Liao, Y., Hsueh, M. C., & Chen, L. J. (2018). A cut-off of daily sedentary time and all-cause mortality in adults: a meta-regression analysis involving more than 1 million participants. BMC medicine, 16(1), 74.
[3] 自己申告(アンケート調査)とデバイス計測によってカットオフ値は異なり、前者では7時間/日なのに対し、後者では9時間/日となっている。
[4] WHO (2020). guidelines on physical activity and sedentary behavior.
[5] Weiler, R., Aggio, D., Hamer, M., Taylor, T., & Kumar, B. (2015). Sedentary behaviour among elite professional footballers: health and performance implications. BMJ open sport & exercise medicine, 1(1), e000023.
[6] Exel, J., Mateus, N., Abrantes, C., Leite, N., & Sampaio, J. (2019). Physical activity and sedentary behavior in amateur sports: master athletes are not free from prolonged sedentary time. Sport Sciences for Health, 15(2), 385-391.
[7] Sperlich, B., Becker, M., Hotho, A., Wallmann-Sperlich, B., Sareban, M., Winkert, K., Steinacker, J. M., & Treff, G. (2017). Sedentary Behavior among National Elite Rowers during Off-Training-A Pilot Study. Frontiers in physiology, 8, 655.
[8] Júdice, P. B., Hetherington-Rauth, M., Magalhães, J. P., Correia, I. R., & Sardinha, L. B. (2022). Sedentary behaviours and their relationship with body composition of athletes. European journal of sport science, 22(3), 474–480.
[9] Hautala, A., Martinmaki, K., Kiviniemi, A., Kinnunen, H., Virtanen, P., Jaatinen, J., & Tulppo, M. (2012). Effects of habitual physical activity on response to endurance training. Journal of sports sciences, 30(6), 563–569.
[10] 低強度以上の身体活動量(時間)と最大酸素摂取量の増加率との相関係数は0.53であった。
[11] Burton, H. M., Wolfe, A. S., Vardarli, E., Satiroglu, R., & Coyle, E. F. (2021). Background Inactivity Blunts Metabolic Adaptations to Intense Short-Term Training. Medicine and science in sports and exercise, 53(9), 1937–1944.
[12] 食後血漿中性脂肪の減少や自転車運動時の生理応答の改善などがローステップ群で認められなかった。
[13] 強度別の身体活動量(時間)と最大酸素摂取量の増加率との相関係数は、低強度が0.53、中強度が0.09、高強度が-0.34、超高強度が-0.03であった。
[14] 国立健康栄養研究所. 改訂版 「身体活動のメッツ (METs) 表」, 2012.
[15] Werneck, A. O., Silva, D. R., Malta, D. C., Gomes, C. S., Souza-Júnior, P. R., Azevedo, L. O., Barros, M. B., & Szwarcwald, C. L. (2021). Associations of sedentary behaviours and incidence of unhealthy diet during the COVID-19 quarantine in Brazil. Public health nutrition, 24(3), 422–426.
[16] 食品の加工程度や加工目的を踏まえ、4つのカテゴリーに分けるNOVA分類のグループ4に割り当てされる食品のこと。具体的には、スナック菓子や調理済みの冷凍食品、甘未飲料などが該当する。