そのまま寝ててください、あっ料金は頂きます
「サブスクビジネスでは、寝ている虎は起こしてはいけません(休眠会員はそっとしておいて、そのまま儲け続けましょう)」(某コンサル企業日本法人代表)
これは2018年に開催された企業向けセミナーでのサブスクの専門家による発言だ。当時は特に問題にならなかったが、今なら炎上するかもしれない。
サブスク(サブスクリプション)とは、ユーザーが月額制でサービスを利用する形態のビジネスだ。サブスクは企業にとっては定期収入が期待できるため、経営の安定化という観点でメリットが大きい。日本でも様々な企業がこぞってサブスクを始め、ブームのようになった。
しかしユーザー視点では気をつけないといけない点もある。月額料金は安価に感じるため、サブスクを必要以上に契約してしまうことがある。また、実際はほとんど使っていないのにお金だけ払い続けているという状況にもなりやすい。市場調査によれば、42%の人が、使わなくなった有料サービスを解約せずに忘れていた経験があるという[1]。また、スポーツジムの会員の67%は休眠会員だといわれる[2]。サブスクの休眠会員は想像以上に多いのだ。
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そして、サブスクの提供側もそれを見過ごしてきた節がある。冒頭の専門家の発言は、業界全体に漂うこれまでの常識観を顕著に物語っている。当時は私もそこまで大きな違和感を感じていなかった。しかしこれは、顧客を顧客として尊重していない恥ずべきことだったと今になってわかる。
ちなみにサブスク界隈ではこんな専門家の発言(というか暴言)もあった。
「サブスクは客に餌を与え続けるモデルである。釣った魚に餌をやらないサブスクではダメ」(サブスクビジネスなどが専門という某大学教授)
顧客を魚介類扱いだ。さかなクンだってきっと怒る。顧客を顧客としてみる。この当たり前の原理原則が近年のビジネスでは薄れていたのかもしれない。
誠実さが求められる時代になった
ところが、というかやはりというべきか、ここへきてあらゆる事業において誠実さが以前よりも重視されるようになりつつある。事業で誠実さが大事であることは、これまでも理屈の上での常套句ではあった。しかし現在は、真摯なアクションがより目に見える形で実践されている。
例えば、アパレルD2Cの米Everlane(エバーレーン)。「徹底した透明性(Radical Transparency)」を理念とする同社は、ホームページで各商品の材料費だけでなく人件費も含めた製造原価を開示しており、顧客の賢い選択を支援する。原価開示はアパレル業界ではタブーであったが、同社は透明性を高めることで顧客との信頼を築こうとしている。
新興保険会社の米Lemonade(レモネード)は、顧客が支払った保険料の20%を自社取り分とし、80%をプールし保険金の支払いに充てる。さらにそこで余ったお金は、顧客があらかじめ指定したNPOに寄付される[3]。保険料の使い道を公開するもの保険業界では異例中の異例だ。しかしこれがミレニアル世代の共感を呼び、新興企業ながら保険加入者数は100万人を超える。
また、企業活動を客観的に評価する際にも、誠実さは重要項目になりつつある。日経が2020年から実施している、ESGの視点から企業のブランドイメージを聞く「ESGブランド調査[4]」では、E(環境)、S(社会)、G(ガバナンス)だけでなく、インテグリティ(誠実さ)を加えた4項目で企業を評価するようになった。
誠実なサブスクへのファンファーレ 〜NETFLIXによるサブスク「自動解約」
そしてサブスクも変わり始めている。2020年5月、米NETFLIXは、一定期間利用がないユーザーに通知を出し、それでも利用がなければ自動的に契約と課金を停止すると発表した[5]。対象は加入後1年間利用のない会員、2年以上利用していない会員だ。休眠会員を自ら起こすアプローチは、冒頭の「寝かせたまま儲けましょう」主義とは真逆だ。人によっては、2年は長すぎると感じる人もいるかもしれないが、個人的には、前例のない自動解約という施策をまずは導入したことに敬意を感じる。
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Microsoft、Sony、Nintendoも
NETFLIXが自発的に自動解約を始めたのに対し、次の3社は英国競争・市場庁(CMA:Competition and Markets Authority)の指摘によって英国での自動解約の導入や自動更新の廃止で合意することになった。
まずはMicrosoft。メスが入ったのは同社が提供するXboxのゲームサブスクだ。2022年1月、Xbox Game PassとXbox Live Goldのユーザーを対象に、一定期間の利用実績が無ければリマインドメールを出し、それでも利用がなければ自動解約とすることで当局と合意した[6]。ここまではNETFLIXと同様だが、Microsoftはこれらサービスの途中解約と日割り精算も導入するという。サブスクの日割り精算も前例がない試みだ。
続いてSony。同年4月、ゲームサブスクのPlayStation Plusユーザーを対象に、NETFLIX式の自動解約を導入することで同じく合意した[7]。
そしてNintendo。同年同月、オンラインプレイのためのサブスクNintendo Switch Onlineにおいて、新規契約の際にサブスクの自動更新をデフォルトオプションとしないことで合意。ユーザーの意思で自動更新をオンにすることはできるが、そうしない限り新規ユーザーは毎年サブスクを手動で更新することになる。
このCMAは2019年4月より上記3社のサブスクにおける課金や自動更新の在り方を問題視し調査を開始していた[8]。なおCMAはゲームサブスクだけを狙い撃ちしているわけではなく、幅広い市場におけるこの種の問題を是正する姿勢にある[9]。他業界のサブスクにも波及していく可能性は十分ある。
Best Buyへの集団訴訟
さらに、不適切な課金問題は訴訟にも発展している。2022年8月、米家電量販店Best Buyへの集団代表訴訟が起こった[10]。Best Buyは様々な企業のサブスクも代理販売しており、このサブスクの自動更新の通知が不十分であったなどの訴えだ。
Best BuyでTVを購入したオークランドの男性は、そのTVにトレンドマイクロ社のウィルスソフトのサブスクが付いていることに気がつかなかった。購入から3日後に受け取ったトレンドマイクロからのお礼メールで、男性はようやく自分が同社のサブスクを購入していたことを知る。
しかしそのメールには、サブスクが毎月自動更新される旨が明記されていなかった(これが訴えのポイント)。その後、男性は自分のクレジットカード明細で2.99ドルの課金に気づき、bestbuy.comからサブスクの解約を試みるもうまくいかない。最終的に男性はBest Buyのカスタマーサポートに電話をかけてなんとか解約できたが、それまでに自動更新による課金は15ヶ月続き、計44.85ドルを払う羽目になった。
サブスクに原点回帰を
フェアなサブスクに向けて、リーディングカンパニーは自発的に動き、当局は目を光らせ、顧客からも運動が起こっている。この流れを考えれば、不必要な人に課金するような行為は難しくなっていくだろう。
なお、「サブスクに加入しといて使わないのは自己責任では?」との意見もあるだろう。しかし、自己責任で切り捨てるのは早計かもしれない。なぜなら、我々人間にとって何かを「やめる」ことは意外と難しいからだ。何らかのサブスクに加入したけど休眠会員になってしまったことがある人は珍しくないのではないか。その際、利用していないことは自覚しているが、なかなか解約に至らなかったという経験はないだろうか。フィットネスジムの場合なら、「そのうち行くから」とか「やめたら完全に運動しなくなってしまうから」などの思いがよぎり、解約をなかなか決断できないといったケースだ。またサブスクではないが、本や服を買ったけど使わずに長いこととってある、でもきっといつか使うはずなので捨てられない、こういう経験も珍しくないだろう。合理的に何かをスパッと「やめる」のは想像するよりも難しい。だとしたら、単純な自己責任論で片付けるべきではないし、これからのサブスクはそこに乗っかるべきではない。簡単に始められるサービスならば、簡単にやめられる仕組みを用意しておくのがあるべき姿だろう。
その上で企業目線では何が大切となるか?サービスの価値を高め、解約を防ぎ、新規加入を促す、というサブスクの原点回帰的な視点の重要度が増す。これまでのコラムで紹介してきたように、共感によって顧客との関係性を築いていくD2Cブランドのアプローチも有効だろう。誠実さが求められる時代だからこそ、飛び道具を志向するよりも、本質的なことを実直にやっていくことが大切になるのではないか。そこで企業が顧客に提供すべきは価値であり餌ではない。
KDDI総合研究所コアリサーチャー 沖賢太郎
◼️参考レポート
誠実なサブスクを サブスクを提供する全ての企業に必要な変化(2022/10/26)
https://rp.kddi-research.jp/article/RA2022021
◼️参考文献
[1] Subscription Service Statistics And Costs 2022(2022)
https://www.crresearch.com/blog/subscription-service-statistics-and-costs
[2] Is your gym membership a good investment?(2016/04/27)
https://www.usatoday.com/story/money/personalfinance/2016/04/27/your-gym-membership-good-investment/82758866/
[3] ミレニアル視点で考える、これからの保険ー(2018.02.23)
https://thebridge.jp/2018/02/cover-and-lemonade-insurtech
[4] 企業の「誠実さ」を表すインテグリティイメージランキング(2020.11.12)https://project.nikkeibp.co.jp/ESG/atcl/column/00011/110900010/
[5] Helping members who haven’t been watching cancel(22 May 2020)
https://about.netflix.com/en/news/helping-members-who-havent-been-watching-cancel
[6] Microsoft will soon begin automatically cancelling dormant Game Pass subscriptions(January 29, 2022)https://www.pcgamer.com/microsoft-will-soon-begin-automatically-cancelling-dormant-game-pass-subscriptions/
[7] CMA welcomes Sony and Nintendo’s gaming subscription improvements(13 April 2022)
https://www.gov.uk/government/news/cma-welcomes-sony-and-nintendo-s-gaming-subscription-improvements
[8] Online console video gaming(5 April 2019)
https://www.gov.uk/cma-cases/online-console-video-gaming
[9] CMA tackles loyalty penalty charges(19 December 2018)
https://www.gov.uk/government/news/cma-tackles-loyalty-penalty-charges
[10] Best Buy Charges Customers for Unwanted Monthly Subscription Plans, Class Action Alleges (August 29, 2022)
https://www.classaction.org/news/best-buy-charges-customers-for-unwanted-monthly-subscription-plans-class-action-alleges