1.はじめに
去る8月23日、KDDI総合研究所(以下、研究所)では「水上ドローンを活用した藻場調査に成功」をプレスリリースしました。藻場とは海草・海藻が生息しているエリアのことです。本コラムでは、3回に分けて実証実験の経緯や実験の裏話をお伝えしています(第1回、第2回)。最終回の今回は、実証実験本番を迎えたことや藻場への思い、実験における地域の皆様との関わりの重要性について、お伝えします。
2.さぁ、実証実験
6月8日、いよいよ港の外に出て、菅島近辺の藻場観測です。まずは陸上で前日に岸壁に激突した水上ドローンのチェック、そのあと港に水上ドローンを浮かべ、もう一度ドローンやカメラの稼働を入念にチェックします。その後、港に出入りする漁船を避けながら、水上ドローンを自動航行させ、港から数百メートル離れた目的地に向かいました。実験メンバーは伴走船に乗り、水上ドローンを見守ります。水上ドローンの経路を設定する際、通過ポイントがいくつか示されます。水上ドローンはGPSを搭載しているので、出来るだけそのポイントの近くを通るような律儀な様子を時折見せながら、丁寧に一つ一つ波を超え、30分ほどで目的地に到着してくれました。
メンバーは、水深を計測し何メートルまでケーブルを下ろせるか検討したり、水上ドローンが波で流されないよう、定点保持させます。そして手元のスマホでカメラの画像を確認しながら、ゆっくり0.1mずつカメラを降下させました。もしカメラの不調や濁度の高さで藻場が撮影できなかったらどうしよう・・と昨日の不安が頭をよぎります。でもしばらくすると、藻場らしき画像が確認でき、思わず、「見えた!見えた!」と歓声があがりました。
メンバーは、スマホの画面を代わる代わる覗き込み、海中で揺れる藻場の画像を確認しました。藻場の写真や動画を撮影したあと、いくつかの他のポイントへ移動し、同様に藻場の撮影を行いました。なかには、水中カメラを下ろしたものの砂地で藻場がないポイントもありました。
この日、休憩のために一度菅島へ戻りました。熱中症を予防し、全員病気やケガなく安全第一で実証実験を終えることが何より大切です。定期船や漁船を避けながら、午後も島と観測ポイントの間を往復し、観測を重ねて1日が終わりました。
3.答志島へ渡る
6月9日、水上ドローンは次の観測地、答志島へ向かいます。答志島へ行くには、船の時刻表とにらめっこし定期船や大型フェリー、漁船を避けながら、海を2キロほど横断する必要があります。水上ドローンは、昨日と同様に丁寧に波を越え、答志島に渡り始め、1時間ほどで到着出来ました。
答志島には、砂浜が広がるエリアの浅瀬にアマモと呼ばれる海草類が生息しています。浅瀬なので太陽の光をキラキラ浴び、波に揺れるアマモの映像が見えたときは、やっぱり嬉しく、何度も撮影しました。 カメラを下ろした場所にアマモが生息していなければ、どんどんポイントを変えるのですが、移動する距離が近すぎると自動航行のマップの設定がしにくく、手動では波の影響を受け水上ドローンをうまく操作できないなど試行錯誤の連続でした。
撮影を終え、養殖筏や他の船を避け、時には停止と待機を繰り返しながら、水上ドローンと実験メンバーは、菅島に戻りました。水上ドローンのスピードは決して速くありません。でも島と島の間を横断するという大役を果たし、西日を浴びながらヨチヨチと波間を進む水上ドローンの姿は、とても愛おしくもありました。
4.藻場を守りたい
港に着いた水上ドローンを引き上げたあと、数名のメンバーは、船で菅島の先端エリアに行くことにしました。ずっと実証実験をサポートしてくださった鳥羽市水産研究所の方が是非見てほしい、という藻場があるとのことでした。この藻場では、持参していた水中ドローンを海に投入しました。水中ドローンはバッテリーの持ち時間が短く[1]水中での撮影地点の情報も掴めないので「計測」作業には使いにくいものの、小型であり手軽に海中の状況を船上から確認できます。
水中ドローンで海底を確認すると、そこには海藻の一種であるカジメの豊かな藻場がありました。強い波をものともせず揺れるカジメの藻場は、力強く生命力にあふれ、とても美しいものでした。これが本来の海の、藻場の姿です。磯焼けに苦しむ各地の沿岸も早くこんな風になってほしい、そのために、研究所にできることをしたい、と改めて思いました。
5.実証実験を支えてくれたもの
まずは、今回の実証実験の目的「水上ドローンで海中の藻場の撮影」を何とか無事に果たすことが出来ました。細かいトラブルが続くなか、一時は実験を諦めかけたのですが、無事に実験を終了出来たのは、鳥羽市や漁協の皆様の協力だけではありません。疲れてお店へアイスを買いに行くと、お店の方はいつも声をかけてくださり、お世話になった民宿ではいつもパワフルな夕飯を準備して、体力勝負の実験をサポートしてくれたのです。菅島から見る美しい夕焼けや朝焼けも、いつも緊張をほぐしてくれました。
5日間の日程を終え、実験メンバーは水上ドローンを分解し、船に積み込み、6月10日に菅島を後にしました。皆様には本当にお世話になりました。
6.実証実験を終えて
ここまで、研究所の実証実験の様子をお伝えしてきました。一言でいうと、海で水上ドローンを浮かべて海中撮影をするだけの話です。でも、事前の検討に多くの時間を費やし、実験のために多くの人が稼働しています。将来的にこれをサービス化し、海の社会課題の解決に役立てるには、必要不可欠のプロセスです。これは研究所だけでなく技術の種類に関係なく、多くの企業の皆様も同じプロセスを踏んでいます。
人口減少や高齢化が進むなか、社会や地域の課題を解決し、藻場保全だけでなく水産業・農業など一次産業を持続可能にするには、ICTを活用した省人化・効率化が不可欠です。ICTを活用するために実証実験を繰り返すことになりますが、実証実験は技術があるだけでは出来ません。 今回のように、地域の関係者の方々や地元の一般の方々にもICT活用のメリットを理解いただきながら、その方々がお持ちの知見に基づいて実験に関する様々なアドバイスを頂くことが、とても重要なことだと筆者は感じました。今回は鳥羽市役所や水産研究所の方が、私たち企業と地域を結ぶ役割を担ってくださり、実証実験が出来ました。この「鳥羽モデル」を横展開するとともに、地域で実験しやすい仕組みを構築できれば、技術開発と地域の課題解決を加速出来そうです。
KDDI総合研究所コアリサーチャー 飯生信子
[1] 水中ドローンの稼働時間は機種により異なる。今回持参した機種は4時間程度