藻場を守りたい~研究所の水上ドローン実証実験記~第1回

1.はじめに

去る8月23日、KDDI総合研究所(以下、研究所)では「水上ドローンを活用した藻場調査に成功」をプレスリリースしました。藻場とは海草・海藻が生息しているエリアのことです。本コラムでは、3回に分けて実証実験の経緯や実験の裏話をお伝えします。

第1回目は藻場の役割や藻場計測に水上ドローン活用を検討したこと、第2回目は、実証実験場所を鳥羽市菅島に決めた経緯や実証前テストでのアクシデント、第3回目は実証実験本番を迎えたことや藻場への思い、実験における地域の皆様との関わりの重要性について、です。それでは、第1回目のスタートです。

2.藻場の役割

皆さんは藻場がどの様な役割を担っているか、ご存知でしょうか。その役割は多様ですが、そのうち2つを紹介しましょう。1つはCO2 等の吸収です。藻場はブルーカーボン生態系と呼ばれ、森林と同じように光合成を通じCO2を吸収します。アマモと呼ばれるイネ科の海草は、根を通じてCO2を地中に埋蔵してくれますし、カジメ・アラメなどの昆布系の海藻類もその体内にCO2を固定化してくれます。森林だけでなく海域でもCO2を吸収しているのです。

この効果に早くから着目していた横浜市や福岡市では、地域のアマモ場やワカメ養殖など藻場によるCO2吸収量を独自に算出してクレジットを発行し、それを地元企業が購入するという動きが始まっています[1]。クレジットを購入した企業はカーボンオフセットができ、地域には藻場を保全するための資金が入る、という仕組みです。

2020年には国土交通省の認定団体である「ジャパンブルーエコノミー技術研究組合」が設立され、ブルーカーボンを活用した「Jブルークレジット」発行基準が策定され、クレジットの認定が本格化しつつあります。

図表① イネ科のアマモ
(KDDI(株)DX推進本部 地域共創室撮影)
図表② 昆布系の海藻
(KDDI(株)DX推進本部 地域共創室撮影)

藻場の2つ目の役割は、「海のゆりかご」です。藻場は、魚が産卵し稚魚や小魚の隠れ家になったり、サザエや鮑もこの藻場付近で生息します。藻場が減少すると付近で生息する生物も沿岸から姿を消し、生態系や漁業にも深刻な影響を与えます。

藻場は今「磯焼け」と呼ばれる現象に悩まされています。これは、海水温の上昇や魚やウニに食べられてしまう食害によって、海藻(海草)が減少・消滅することです。水産庁の調査によると、1978年の約20.8万haから2016年には約12.6万haに減少しています[2]

筆者自身も2019年に東北地方で潜水し、磯焼けで藻場が失われ魚も殆どいない閑散とした海中を目の当たりにし、愕然としました。東北だけでなく関東をはじめ、ほぼ日本全域が磯焼けで傷み、静かなる社会問題となっているのです。

こうした重要な役割を持つ藻場の環境保全のために、漁業者やNPO法人などがさまざまな活動に取り組んでいますが、環境保全の必要性を示すためにも、また、その成果を確認するために、藻場を計測することが大切な第一歩となります。

図表③ ウニによる食害で藻場が消滅している
出典:Scuba Diving Fandom News 2021年6月
「海が砂漠化する磯焼けとは?」より転載
https://scuba-diving-fandom.com/news/rocky-shore-denudation

3.藻場計測の課題 ~研究所の検討~

研究所では、昨年からブルーカーボンクレジット算定の効率化や磯焼け問題の解決に向けた検討を始めました。文献や政策の調査のほか、藻場保全やブルーカーボン関連に携わる方々、有識者へのヒアリング調査を20件以上実施しました。

その結果、藻場計測は、リモートセンシングやダイバーによる潜水で面積や海藻の長さを計測しているものの、リモートセンシングは、画像分析に負荷がかかることや濁度に弱いこと、人による潜水は生産性や安全確保などの課題があることが解りました。ダイバー1人あたりの潜水は120分/日(1回40分x3回程度)となり、1日の作業時間は決して長くありません。また、安全確保のため、海況が悪い日の調査は実施できないのです。

そこで、研究所がアセットとして有する水上ドローンと水中カメラの画像分析技術で、こうした課題の解消に役立てないかと考えました。

4.なぜ水上ドローンと水中カメラなのか

この水上ドローンは、4G/LTE(携帯電話回線)を活用し、スマートフォン(以下、スマホ)のアプリを指でなぞり経路指定することで、自律的に目的地まで航行します。水上ドローンの様子は、オフィスなどから遠隔で見守ることができます。自律航行だけでなく、離れた場所からスマホのアプリでマニュアル操縦することも可能です。

水上ドローンには、今回新たに開発した昇降機と水中カメラを搭載しました。水中カメラを海中に下ろして藻場撮影ができれば、撮影された画像はリアルタイムで確認でき、クラウドにも保存されます。上手くいけば、将来的にはオフィスなど遠隔地にいながら藻場計測が出来るかもしれません。

図表④ 水中カメラと水上ドローン
出典:KDDI総合研究所

研究所にはもともと海洋関連の取り組みや技術がいくつかあります。このなかで水上ドローンと水中カメラの活用を藻場計測に選んだ理由は、前述の通り水上ドローンは携帯回線である4G/LTEを活用し、自律航行に加えて遠隔でも操縦できることに加え、水中カメラと水上ドローンの間はケーブルで接続され、遠隔地からでもリアルタイムで水中画像が確認できることです。その上バッテリーがリチウム電池で約8時間、水素燃料電池であれば約32時間と長持ちすること、波がある海上でも流されずに定点保持が可能で、海中撮影に適していると考えました。水中カメラで撮影した地点や水深、時間も記録できます。

藻場の計測結果をブルーカーボンのクレジットの申請に活用する場合も、飛行するドローンによる空撮などと比較し、より詳しい状況を把握できる海中での調査が有効とされています[3]。水上ドローンであれば、4G/LTEの圏内でかつ水中カメラのケーブルの長さは15m程度と制約はありますが、多くの藻類は比較的浅瀬に生息していることもあり、藻場計測に適している、と考えました。

コラム第1回目はここまでです。第2回目は、実証実験場所を鳥羽市菅島に決めた経緯や温かな菅島の皆様のこと、実証前のテストでのアクシデントなどをお伝えします。

KDDI総合研究所コアリサーチャー 飯生信子


[1] 横浜市「海洋を舞台とした脱温暖化プロジェクト「横浜ブルーカーボン」がスタート!」2014年12月https://www.city.yokohama.lg.jp/kurashi/machizukuri-kankyo/ondanka/etc/ygv/carbonoffset.files/0054_20190306.pdf
福岡市「博多湾ブルーカーボン・オフセット制度を創設」2020年9月https://www.city.fukuoka.lg.jp/data/open/cnt/3/77422/1/fukuokashihakatawanburukabonohusettoseidowosousetsu.pdf?20200930175434

[2] ジャパンブルーエコノミー技術研究組合「Jブルークレジット®(試行)認証申請の手引き」2022年8月 https://www.blueeconomy.jp/files/jbc2022/20220807_J-BlueCredit_Guideline_v2.0.1.pdf

[3] 水産庁「藻場・干潟ビジョンの策定状況について」2020年2月https://www.jfa.maff.go.jp/j/seibi/attach/pdf/r1_isoyaketaisakukyougikai-10.pdf