1.はじめに
去る8月23日、KDDI総合研究所(以下、研究所)では「水上ドローンを活用した藻場調査に成功」をプレスリリースしました。藻場とは海草・海藻が生息しているエリアのことです。本コラムでは、3回に分けて実証実験の経緯や実験の裏話をお伝えしています。前回は、藻場の役割や藻場計測に水上ドローン活用を検討した背景などを紹介しました。
第2回目の今回は、実証実験場所を鳥羽市菅島に決めた経緯や温かな菅島の皆様のこと、実証前テストでのアクシデントなどをお伝えします。
2.実証を阻む壁~場所選び~
藻場計測に水上ドローンの活用を決めた後、実証実験をどこで行うのが適切か検討を行いました。日本は海岸線が多くありますが、海で実験するには、漁協の皆様にご理解頂くことや、伴走船でのサポートなど地域の皆様のご理解とご協力が不可欠です。
研究所では様々な場所を検討し、三重県鳥羽市の菅島での実施を決定しました。三重県の各機関とKDDI、KDDI総合研究所は海洋DXを目指す協定を結んでおり[1]、三重県の皆様のお役に立ちたい、ここで技術を磨きたい、と考えました。何より、鳥羽市役所の方が漁協に菅島近辺での実験作業の打診をしてくださったり、鳥羽市水産研究所の方も実証期間中すべての日程に伴走船を提供してくださるなど、大きなサポートが後押しとなりました。また、研究所では実証実験に向け安全に配慮して検討を進めていくなかで、事前の下見を希望したところ、鳥羽市役所の方にはこの下見にもご協力を頂きました。
実証実験自体は、2~3日あれば終わりますが、荷物の搬出入や水上ドローンの組み立てやチェックのため、研究所メンバーは2022年6月6日から10日の5日間の日程で鳥羽市菅島に滞在することになりました。実証実験では、菅島近辺と菅島の対面の答志島での観測を計画していました。事前打ち合わせで、鳥羽市水産研究所の方より「答志島にはアマモが生息している」とアドバイスを頂きました。距離的に水上ドローンのバッテリーが持つことも見込め、メンバーはこのアマモもぜひ観測したい、と思いを強くしました。鳥羽市役所の方が答志島の漁協にも連絡し、実験作業の許可を得てくださいました。
3.ペラ、あるの?~温かな菅島の皆様~
6月6日、実証実験場所の菅島には、研究所だけでなく実証実験サポート企業、KDDI DX推進本部地域共創室のメンバーの計8名で訪れ、島の皆様に本当に温かく迎えていただきました。水上ドローンの保管や組み立てなどの作業場所として、鳥羽磯部漁業菅島支所のスペースをお借りしました。水上ドローンは重さが100キロほどあり、分解してもパーツの一つ一つが大きく重さもありますが、漁協の方が運搬をサポート下さったり、毎日早朝から倉庫を開け、私たちが作業できる体制を整え、見守ってくださいました。
そして、メンバーが水上ドローンを組み立て始めると、通りすがる菅島の方々も代わる代わる「どこから来たの?何するの?」と声をかけてくださいました。そのなかで一番多かった質問は、「(水上ドローンは)ペラ、あるの?」でした。ペラとは、スクリューのことです。漁業に携わる方は船のスクリューをとても重要視されているようです。初めてお話する方にはこちらから「これ、ペラがありますよ」というと自然に会話が始まりました。
島のおじいちゃんが「もうじき90歳だから船から降りた」と話してくれました。その言葉を聞いて筆者は、「技術がもっと進歩して家で遠隔操縦して、海に行かなくてもおじいちゃんが大好きな海の仕事を続けられる世界を早く作りたい」と考えながら、水上ドローンを組み立てました。
4-1.実証中のトラブル:カメラが下りない
6月7日、「暑いねぇ、気を付けてね。」と島のおばあちゃん達の温かな応援を受けながら、歩いて5分ほどの場所に水上ドローンを移動させました。いよいよ、水上ドローンの稼働テストです。実証実験ではいきなり試験に入るのはなく、陸上でも、海上でも、機器が正しく動作するか事前に入念な確認をします。4つあるスクリューはすべて回るか、旋回もできそうか、カメラは下りるか、などの確認のあと、港のなかで水上ドローンを浮かべ再度稼働の確認を行います。
この時、水上ドローン自体は動くのに、水上ドローンに搭載した水中カメラのケーブルが海上では下りない、というトラブルがありました。水中カメラが使えなければ、海のなかは確認できず、今回の実証実験の目的は果たせません。
事前の調査も場所の選定も、時間をかけて準備してきたのに、私たちはここで撤退せざるを得ないのか、と一瞬頭をよぎりました。でも、確認できることはやろう、手を尽くそう、と考え、照り付ける日差しのなか、ケーブルが下りない原因を確認したり、ケーブルを制御するソフトの内部をパソコンで確認したり、カメラの昇降機の開発会社へも何度も電話で相談しました。
恐らく、ケーブルを押さえる部分の圧力やケーブルを下ろすスピード、カメラが水面についたときの浮力などが関係すると考えられ、昇降機の開発会社の方が浮力調整のため水中カメラにつける錘(おもり)を翌日必着で手配してくださいました。この錘が到着しなかった時のリスクに備え、筆者自身も漁協の事務所で錘を購入しましたが、結果的に錘を使うことはなく、ケーブルの圧力の調整と、ケーブルを0.1mずつゆっくり下ろすことで稼働するようになりました。
4-2 .実証中のアクシデント:岸壁に衝突する
同じ日、港のなかで水上ドローンを手動や自動で航行させる練習もできました。筆者は伴走船に乗りスマホアプリを使い、まずは手動で操作をする練習をしましたが、波が高い日で操作に苦労し、水上ドローンはどんどん岸壁に接近していきます。
岸側に待機していたメンバーが慌てて走ってくるのが見えました。誰かの「あー!」という声がした次の瞬間、ガツン!と大きな音とともに、筆者は、水上ドローンを岸壁にぶつけてしまいました[2]。メンバー一同、顔面蒼白、無言です。
水上ドローンはGPSを搭載しており、自動航行の場合、設定した経路との誤差は2~3mに留まるので、手動航行より自動航行のほうがより安全確実に航行が出来ることも実感しました。水上ドローンは何とか動き出してくれましたが、翌日に入念なチェックをすることにしました。
4-3.実証前の不安
港で試験をしたこの日、海中の透明度が悪く、水中カメラには何も映りませんでした。水中カメラの不具合ではないことは理解しているものの、実証実験で本当にカメラは藻場を捉えることが出来るのか、少し不安が残りました。
コラム第2回目はここまでです。第3回目は、実証実験本番を迎えたことや藻場への思い、実験における地域の皆様との関わりの重要性について、お伝えします。
KDDI総合研究所コアリサーチャー 飯生信子
[1] KDDIプレスリリース「5G・IoT活用、海洋DXを締結」2021年3月16日
https://news.kddi.com/kddi/corporate/newsrelease/2021/03/16/5011.html
[2] 実証実験では養殖筏等への万が一の衝突のため、対物保険に加入しています。