研究員がひも解く未来

研究員コラム

睡眠が改善する「ながら」聴き〜音声コンテンツとウェルビーイング

寝るときだって「ながら」聴き

前回のコラムでは、忙しい日々の中で「ながら」聴きができる音声コンテンツが伸びているという話をした。音声コンテンツは生活の中の色々な「ながら」領域に浸透しつつあるが、その波は睡眠領域にも及ぶ。

今、寝ながら聴く入眠のための音声コンテンツが世界中で支持を集めている。注目すべきは、単に寝るときに聴かせるだけではなく、ちゃんと現代人の睡眠に関する悩みを解決しているところだ。「ながら」聴きをウェルビーイングの観点からひも解いてみたい。

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1億ダウンロードのリラクゼーションアプリCalm

まずは米国拠点のCalm(カーム)。同社が提供するのは、累計1億ダウンロードという実績の世界一のリラクゼーションアプリだ。Calmには瞑想プログラム、スリープストーリー、リラックスミュージックなど、気持ちや精神を整えるためのコンテンツが揃う。

図表1:リラクゼーションアプリCalm
出所:Calm

このスリープストーリーというのが入眠のためのコンテンツだ。心地良い声を持つ著名人による物語や詩の朗読などであり、Calmの中核コンテンツの1つとなっている。英語版のCalmなら歌手のハリー・スタイルズや、俳優のマシュー・マコノヒーの朗読が聞ける。実際に聞いてみると、どれも話すペースはゆっくりであり、声の抑揚もほとんどない。丁寧な棒読み、とでも言えばいいのだろうか。これが眠りにとても合っていると感じる(私の場合、英語がわからないのでさらに眠気が加速した)。

入眠時の「ながら」聴きで睡眠が改善

実際に、Calmを利用したことで「入眠しやすくなる」、「夜中に目が覚めることなく眠り続けられる」といったポジティブな効果が示されている。2021年に、Calmの睡眠研究部門がCalmユーザー約9,900人を対象に睡眠の改善度を調査した[1]。それによれば以下のような改善が確認されている。

  • 90%のユーザーの入眠が改善
  • 70%のユーザーの睡眠持続性(夜中に目が覚めることなく眠り続ける)が改善
    (いずれも、「いくらか改善」と「とても改善」の合計値)
図表2:Calm利用者の睡眠の改善度
出所:Can a meditation app help my sleep? A cross-sectional survey of Calm users (2021)

元僧侶が作ったHeadspace

一方、Calmよりも初心者向けにリラクゼーションアプリを提供しているのが同じく米国拠点のHeadspace(ヘッドスペース)だ。創業者のアンディ・プディコム氏は仏教の僧侶だった経歴を持つ。Netflixで同社が配信した番組「ヘッドスペースの瞑想ガイド(2021)」では、瞑想が人生にもたらす効果をプディコム氏自ら丁寧に伝えている。

図表3:リラクゼーションアプリHeadspace
出所:Headspace

Headspaceの入眠コンテンツも様々な空想の物語でユーザーの眠りを誘う。映画「スターウォーズ」とも提携しており、今なら宇宙の旅をテーマにしたストーリーが聴ける。こちらも世界で7,000万ダウンロードを記録している。

参考までに両アプリのその他の違いをあげると、Calmが日本語対応しているのに対し、Headspaceは日本語未対応だ。また、Calmには無料コンテンツが用意されているが、Headspaceにはそれがなく、有料ユーザーでないと利用できない。年間料金はどちらも69.99ドル(約9,519円※)、Calm日本語版は6,500円/年だ。

※為替 1ドル=136円、1ユーロ=136円(2022.08.26)

リラクゼーションアプリはビジネスとしても有望

慌ただしくストレスフルな現代、この種のリラクゼーションアプリには期待とお金が集まっている。Calmはこれまでに2.18億ドル(約296億円)を調達し、企業時価総額も20億ドル(約2,720億円)に達している(2020年12月)。一方のHeadspaceもこれまでに2.16億ドル(約294億円)を調達し、同業他社との合併も経て企業時価総額は30億ドル(約4,030億円)となった(2021年8月)。

またHeadspaceはフランスの新興保険会社Alanと提携しており、保険加入者がHeadspaceを利用すると年間25ユーロ(約3,400円)のキャッシュバックが受けられる[2]。この類の提携はこれまであまり見たことがない。保険会社としてもリラクゼーションアプリとのタッグは、自社サービスの集客において有効なのかもしれない。同時に、保険加入者の健康寿命が伸びることは保険会社の事業収支にも好影響をもたらしそうだ。

睡眠に問題を抱える日本人〜改善のとっかかりとしての「ながら」聴き

良い睡眠は健康的な心身には不可欠だ。ところが日本人は睡眠に関して大きな問題を抱えている。ヘルスケアデバイスを手掛ける仏Withings(ウィジングズ)が14カ国で実施した睡眠に関する調査によれば、日本は睡眠時間が最も少ない[3]。また、睡眠中にいびきをかいている時間もワースト4位だ。

図表4 日本人の睡眠時間は最下位
出所:Withings

我々の睡眠には量・質の両方に課題があるようだが、ここでもリラクゼーションアプリが役立つかもしれない。Calmの調査結果によれば、Calmには入眠と睡眠持続性、つまり睡眠の質を改善する効果が期待できる。しかも、寝るときに「ながら」聴きするだけなので、運動や食事内容を見直して実行し続けるよりもはるかにハードルが低い(有料コンテンツだと課金ハードルはあるが)。「ながら」聴きがウェルビーイングな生活の気軽なとっかかりになるかもしれない。

選択肢は色々、まずは自分にあった入眠コンテンツを

まずは、自分にあった入眠コンテンツを探すところからだろう。ちなみにCalmの日本語版は、本家の英語版に比べるとまだまだコンテンツのラインナップが少なく、スリープストーリーのバリエーションも限定的だ。ぜひラインナップの拡充を期待したい。国内企業からも同種のアプリはいくつも出ている。無料のものも含めて自分にあったコンテンツを探すのも良いのではないか。

私は夜寝るときにラジオクラウドというアプリを使ってラジオを聴くことが多かったのだが、このアプリは番組再生時にかなりの確率でゾンビゲームの広告が入る。これから眠りにつこうというときに「グゥガゥォォォオォ」というゾンビの叫び声だ。怖すぎる。マシュー・マコノヒーの朗読による入眠体験とはかけ離れている。ちなみにこの広告は、ユーザーの趣味嗜好に合わせたターゲット広告ではなさそうだ。なぜならゾンビゲームはやったことがないし、ゾンビドラマもゾンビ映画も好きではない。ゾンビからはできるだけ距離を置いて生活したいと思っている。となれば、一律でゾンビ広告を出しているということか?ウェルビーイングの観点から、寝るときは入眠コンテンツ一択でいこうと思う。

KDDI総合研究所コアリサーチャー 沖賢太郎


◼️参考文献
[1] Can a meditation app help my sleep? A cross-sectional survey of Calm users(2021)
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34679078/
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC8535359/

[2] Get Headspace for less with Alan — Headspace
https://www.headspace.com/alan

[3] 日本人の平均睡眠間は「世界最短」 ショートスリーパーの割合も最多に(2021.05.01)— ITmedia
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2105/01/news017.html