可処分時間がない!〜音声コンテンツが現代にマッチする2つの理由

Netflixの加入者数が減少 〜動画サブスクの飽和

動画ストリーミングサービスの大手Netflixの加入者数が2四半期連続で減少した。ロシアでのサービス停止や、経済市況が見通せない中での消費者の節約志向などが要因として語られる。当然それらも一因だろう。しかし、加入者数の推移のグラフを見ると、ロシア・ウクライナ戦争が始まる前から、そして経済が不安定化する前から加入者の増加ペースが鈍くなっていることがわかる。

図表1 Netflixの加入者の増加ペースは落ちている
出所:Statistaの数値を基にKDDI総合研究所作成

この現象はNetflixだけに見られるものではない。後発ながら強力な知的財産を武器に急速に加入者数を伸ばしてきたDisney+においても、加入者数の伸びは落ちている。つまり、この種の動画サブスクは苛烈な競争の結果、先進諸国では既にサービスが行き渡っており、飽和間近にあることが考えられる。

図表2 Disney+でも加入者の増加ペースは落ちている
出所:Statistaの数値を基にKDDI総合研究所作成

我々生活者の可処分時間はもう残っていない

動画サブスクのようなエンタメの王道サービスが飽和しつつある今、我々生活者に可処分時間はもう残っていない。

例えば、動画サブスクを利用すると時間は塊で消えていく。シリーズものを観始めれば、まるで息を吸って吐くように「次のエピソードを再生する」ボタンを押してしまう。Amazon PrimeでSUITS(スーツ)を観始めたなら、気が付いた時にはシーズン7あたりの中盤におり、これまで消費した時間を計算して落胆する(時間をかけて観た割にはどんな話があったのかほとんど覚えていないことも落胆に拍車をかける)。

当然ながら、動画サブスクを提供する企業はこのようにユーザーを虜にし、長時間離さないようなコンテンツをラインナップする。そのようなサービスが飽和するくらいに普及しているのだ。

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図表3 米ドラマシリーズのSUITS
出所:Getty Images(「See more」をクリックするとGetty社のサイトに遷移します)

そして、現代において我々が時間を大量に消費するのは動画サブスクだけではない。YouTuberたちが再生回数と登録者数を競い合うYouTube、把握できないほど多種多様になったゲーム、ユーザーの滞在時間を伸ばす工夫を次々に投入してくる各種SNS。もう我々が差し出せる可処分時間は残っていない。

音声コンテンツが増えている 〜残された最後の時間領域「ながら時間」

そういう中でポッドキャスト、ラジオ、オーディオブックなどの音声コンテンツサービスの利用が増えている。何か別のことをしながら消費できるというのが音声コンテンツの大きな特徴だ。家事をしている時間、散歩や移動の時間などに重畳する形で使える。

もともと近年、音声コンテンツの利用は伸びていたのだが、コロナで在宅時間が長くなったことも大きく作用し、炊事や掃除中のながら聴き、リモートワーク中のながら聴きなどが一層ポピュラーになった。

例えば、ネットラジオアプリのradiko(ラジコ)は、2020年3月にはコロナの影響で月間利用者数が1,000万人近くまで急増した[1]。ちなみに、コロナ前においても700万人前後の利用者数がいたことから、音声コンテンツへの支持は以前から高まっていたことがわかる。

声のブログであるVoicy(ボイシー)は、芸能人や様々な分野のプロフェッショナルが音声コンテンツを発信するプラットフォームだ。2022年7月には会員登録者数が前年比2倍の約150万人となり、27億円の資金調達にも成功している[2]

オーディオブックサービスのaudiobook․jpは2022年6月に会員数が250万人を突破し、5年前と比べると会員数は13倍となった[3]。近年は聴き放題型のサブスクで会員数を増やしている。

ちなみに、音声コンテンツ=ラジオ=中高年ユーザーと想像する人もいるかもしれないが、例えば現在のポッドキャストユーザーの50%は20-30代だ[4]。ムーブメントの中心には若い人々も多くいることがわかる。

「ながら」だけではない音声コンテンツの価値 〜親近感と共感

音声コンテンツの価値は「ながら」だけではない。声のみという制約がリスナーの親近感や共感につながっている可能性があるのだ。

例えば、ラジオショッピングは商品返品率が低いことで知られる。一般的なEC・通販の返品率は5~10%がボリュームゾーンとなっているが[5]、ラジオショッピングの平均返品率は1%以下だ[6]。商品を紹介するラジオパーソナリティへの親近感が返品率を低くしていると言われる。

ではなぜ親近感が生まれるのか?これに関しては、博報堂ケトルの嶋浩一郎さんの見解が、理解の手掛かりになりそうだ。

「ラジオは五感のうち聴覚しか使わない。情報量の少なさという制約があるからこそ、聴き手が余白を想像するように前のめりに聴いてくれる。これはラジオで広告をする立場からするととても嬉しい。TV広告を前のめりに観てもらえることはほとんどない」(博報堂ケトル 取締役 嶋浩一郎氏)[7]

つまり音だけという制約によって聴覚以外の感覚が尖る。そして想像する。話し手はどんな表情で話しているのか?どんな場所で話しているのか?子供の頃のエピソードが紹介されれば、声の調子と言葉からそのシーンを思い浮かべようとする。先週あった出来事の話に対しても同じだろう。余白を想像することで、その現場を近くで眺めているような感覚になる。親近感の理由はそのようなことなのかもしれない。

現代にマッチする音声コンテンツ

音声コンテンツは「ながら」聴きが可能な上に、特有の親近感や共感をもたらす。我々が生きる現代はひたすら慌ただしく、モノやコトで溢れる時代だ。そんな環境にあっても、共感できるものを選びたいし心地よい時間を過ごしたい。音声コンテンツは我々のそうした欲求に合っており、それゆえにサービス全体が伸びているとも考えられる。「ながら」時間から共感できる新しいものが見つかる、そういう楽しみ方がひそかに当たり前になりつつあるのかもしれない。

KDDI総合研究所コアリサーチャー 沖賢太郎

◼️関連レポート
オーディオブックをブレイクさせる7つのサービスの特徴(2022/05/23)
https://rp.kddi-research.jp/article/RA2022007

◼️関連する取り組み
あらゆる人の読書体験を広げるために。KDDI総合研究所とオトバンク、 オーディオブック制作過程のDX化に関する共同研究契約を締
https://www.kddi-research.jp/topics/2022/042601.html

◼️参考文献
[1] radiko会員は1000万人目前 今、企業がラジオに注目すべき理由—日経ビジネス(2021.02.19))
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00163/011500051/

[2] 音声プラットフォーム「Voicy」、27.3億円を調達。声で、明るい未来へ変えていく—Voicy(2022.07.13)
https://corp.voicy.jp/2022/07/13/9425/

[3] 5年で13倍!「audiobook․jp」の会員数が250万人を突破—オトバンク(2022.07.14)
https://www.otobank.co.jp/news/5%E5%B9%B4%E3%81%A713%E5%80%8Daudiobookjp%E3%81%AE%E4%BC%9A%E5%93%A1%E6%95%B0%E3%81%8C250%E4%B8%87%E4%BA%BA%E3%82%92%E7%AA%81%E7%A0%B4/

[4] ポッドキャストユーザーが若年層を中心に増加 検索・購買行動にも影響あり —Media Innovation(2021.01.27)
https://media-innovation.jp/2021/01/27/podcast-report-in-japan-2020/

[5] EC/通販の商品返品率は5~10%がボリュームゾーン(エルテックス)—PRTIMES(2021.08.27)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000052.000007894.html

[6] リスナーとの信頼感(ニッポン放送プロジェクト代表取締役社長 宮本幸一)—JDMAニュース(2015.09)
https://www.jadma.or.jp/pdf/news/2015_09.pdf

[7] 音声メディアの新たなビジネスチャンスとは?—NEWSPICKS(2021.03.30)
https://newspicks.com/movie-series/10?movieId=1168