日本ワインが醸すサスティナブルで新しい価値 ~生産者とボランティアが育むつながりとウェルビーイング~

「あ、おいしい」。試飲会付きワインセミナーで日本のワイン生産者の講演を聴講し、おいしいワインをいただきました。このことをきっかけに、日本のワイン産業を調査してみました。すると産業を後押しする基準づくりや拘りを持つ生産者と彼らをサポートするボランティアの存在があり、「日本ワイン」がESG的にもユニークな産業モデルになる可能性を感じました。

スタートラインにたった「日本ワイン」

「日本ワイン」とわざわざ括弧で括ったのは意味があります。ワインは税法上シードル等と同じ「果実酒」として扱われますが、ラベル表示に関しては基準が定められています。

その基準は2018年に施行された「果実酒等の製法品質表示基準[1]」で、日本のワイン法とも呼ばれています。この基準が定められたことで、日本国内で収穫されたブドウのみを使用し日本国内で製造するワインを「日本ワイン」と表記出来るようになりました。更に一定の基準を満たせば産地や製造年もラベルに表記することが出来ます[2]

日本で流通するワインの多くは輸入ワインで、「日本ワイン」の流通量は5%程度[3]に過ぎません(図表1)。しかし、近年海外で高い評価を受ける日本ワインもあり、日本国内で製造されても輸入原料を使用しているワインと明確な差別化が図られたのです。

図表1 国内に流通する日本ワインは約5%
出典:国税庁「酒類製造業及び酒類卸業の概況(令和3年調査分)」を集計し筆者作成

日本でワイン製造が始まったのは、明治時代(1870年代)です。第二次世界大戦中には、ワインを作る過程で瓶に付着する「酒石酸」が潜水艦や魚雷の位置を早期に把握する水中音響通信用機器の素材の一部として利用されていました。そのため、ブドウやワインは軍事用の酒石酸の採取目的で増産された時期もありました[4]

ワインは1960年以降、東京オリンピックや貿易自由化と共に輸入ワインを中心に私たちの生活に定着し、2000年代に入ると前述の通り、国産ブドウを用い国内で生産された日本ワインが海外で高い評価を受けています。

ワイナリーブーム?

ワインを醸造するワイナリ―はここ数年急増しています。2019年時点で国内331カ所でしたが2021年には413カ所と2年間で82か所も増加しています[5]。その多くは山梨県、長野県、北海道に集中していますが、筆者が調査している限り、ワイナリーは佐賀県と沖縄県以外すべての都道府県にあります。
 

東京都にも実は6カ所もワイナリーがあります。例えば台東区の「Book Road」では雑居ビル内にワイナリーを設け日本ワインを製造しています。都内でも日本ワインをその場でボトルに詰めてもらうことや醸造家体験が出来るなどワインを身近に感じる「コト消費」を楽しむことができます。(図表2/3)

また、ワイナリーや自社農園運営には異業種からの参入もあります。例えば佃煮のフジッコ(株)は山梨県のフジッコワイナリー、給食産業のシダックス(株)は静岡県の中伊豆ワイナリーを運営しています。

図表2 台東区のワイナリー「Book Road」のワイン
出典:BookRoadホームページより転載
https://www.bookroad.tokyo/
図表3 雑居ビル内の「Book Road」の設備。見学も可能
出典:BookRoadホームページより転載
https://www.bookroad.tokyo/

生産者は、芸術家 ~テロワールと拘りと~

ワインの味の8割から9割は原料となるワイン用のブドウの質で決まると言われ、ワインづくりにはワイン用ブドウ農家の存在が不可欠です。

海外では、ワインの産地を重んじる法律が多くあります。日本国内でも、ブドウ産地の気候や風土の特性に寄り添う「テロワール」を意識したブドウ栽培が行われています。

ブドウ栽培は、前の年の枝を切り落とす剪定に始まり、若い芽の数を調整する芽かき、ブドウの新梢誘因(新しい蔓や枝を固定する作業)、ブドウの花の手入れや葉の数を調整し、日当りや風通しのコントロール、草刈りや防除、雨よけ設置や収穫など多くの行程があり、農閑期も比較的短く、年間を通して人手を必要としています(図表4)。

図表4 ワイン用ブドウ栽培の作業イメージ例
出典:ENOTECA ONLINE「ブドウの1年を除いてみよう」2021年5月及びヒヤリングから筆者作成
写真:ENOTECA ONLINE「ブドウの1年を覗いてみよう」2021年5月
https://www.enoteca.co.jp/article/archives/19560より転載

この行程で、「日当りを良くするために何枚目の葉を落とす」「来年使うだろう部分も見極めて剪定する」など、生産者ごとの手法や拘りを持ち、その土地に合わせるテロワールを意識したブドウ栽培を模索しています。生産者は収穫時のブドウのイメージを思い描き、それに向かって作業をする芸術家の様でもあり、ブドウは生産者にとり商品でもあり作品でもあります。

食用のブドウの卸値は1キロ当たり1400円から2000円です[6]。一方でワイン用のブドウの卸値は1キロあたり200円から300円 [7]と言われます。それでも生産者は自身の拘りを貫き、ワイン用ブドウを栽培するのです。

ワインづくりはコミュニケーション① ~生産者を支えるボランティアやコミュニティ~

ワイン用ブドウ生産者や自社農園を持つワイナリーでは、人手を集める資本の点や、安定した売り上げの確保に繋がるコアなファンを作る点において、ボランティアを募ることがあります。多くの生産者は、SNSを通じて手伝いが必要な日時や作業内容を発信します。特に芽かきや誘因、雨除けがけ、収穫などは人手が必要です。

では、そこになぜボランティアが集まるのでしょうか。その理由はボランティアにとっては、自分が日ごろ飲むワインのブドウ栽培の行程が学べ、きれいな景色や空気のなか集中の必要な作業を通じリフレッシュも出来ますし、何より、ブドウ栽培を通じて様々な方と知り合えるといった魅力があるからです[8]。作業に集まるボランティアがブドウ栽培のコミュニティを作り、本を出版する事例もあります[9]

ワイン用ブドウは生産者にとっては資産です。ボランティアが指示通りに作業できなければ生産者の拘りを尊重できないだけでなく、生産者の大切な資産を損ねてしまいます。この様な緊張感や拘りを知りながら、ほかのボランティアや生産者との絆を構築できるのがブドウ栽培のコミュニティ参加の醍醐味と言えるでしょう。

ワインづくりはコミュニケーション② ~ブドウ収穫に参加してみた~

筆者も、プライベートで今年2022年9月に長野県東御市の生産者[10]の収穫のボランティア作業を体験してきました。作業の終わりには重さが10キロから15キロほどになる収穫かごがいくつも出来て、それを運搬するのは少し大変でした(図表5)。

病果の除去の後はワイナリーにお邪魔して醸造です。ワインの醸造の手法は多様ですが、この日は手でブドウの房から1つずつ実を取り、発酵を促しやすくするためその一部を手で潰し、残りの実を醸造タンクに入れていきました(図表6)。

図表5 収穫したブドウ
出典:筆者撮影
図表6 ブドウの実を手で外し醸造タンクへ
出典:筆者撮影

作業は決して楽ではありませんでした。でも、自分が少しだけお手伝いしたワインが商品になり購入される方の楽しい時間を演出できると思うと、ちょっと誇らしい気持ちになりました。また、未来の購入者もこのワインの美味しさを感じて下さると思うと、生産者と自分、自分と未来の購入者とのつながりを感じました。

ワインづくりはコミュニケーション③ ~生産者からボランティア参加者への気遣い~

ボランティアが生産者に労働力を提供するだけでなく、生産者側もボランティアに配慮する例も多くあります。例えば、長野県東御市の自社農園を持つワイナリーのリュード・ヴァンでは、収穫時には遠方から集まるボランティアにピクニックランチを提供し、非日常感や楽しさを演出しています(図表7/図表8)[11]。ここには、ボランティアが1日70名以上集まる日もあるそうです。

ブドウの収穫は時期も限られ、特に人手も必要で且つ初心者でも親しみやすい作業です。北海道のワイナリーであるドメーヌ・タカヒコのSNSには、「毎日、全国から集まってくれたピッカーに感謝」とボランティアへ謝意をしめす投稿[12]もあります。生産者からボランティアの気遣いの高さと共に、応援するワイナリーや生産者の収穫時期を楽しみに遠方からでも駆けつける人の多さを感じさせます。

ワインは、生産者とボランティア、ボランティア同士、購入者と生産者とボランティアなど、人と人を繋ぐコミュニケーションツールなのです。

図表7 リュード・ヴァンではピクニックランチを提供
出典:リュード・ヴァン ホームページhttps://ruedevin.jp/album/ より転載
図表8 リュード・ヴァンの収穫ボランティア
出典:リュード・ヴァン ホームページhttps://ruedevin.jp/album/ より転載

ブドウ栽培に参加のススメ ~ウェルビーイングも満たされる~

たわわに実る収穫時期は楽しく初心者でも参加しやすいですが、年間を通じたブドウ栽培を体験して貰おうと、カリキュラムを体系化し年に数回の頻度で提供しているワイナリーや生産者もいます。例えば山梨県の奥野田ワイナリーや長野県小諸市の中棚荘(ジオヒルズワイナリー)などです[13]

前述の通り、生産者は自分なりの栽培への拘りやテロワールとの調和を意識し、自身の作品でもあるブドウを作り上げる芸術家のような存在です。芸術家でもある生産者と共にブドウが芽吹く前からお世話したブドウの成長を見守り収穫する、この一連の流れそのものが、心に彩りを添える取り組みなのかもしれません。そして、ブドウをお世話しているようでブドウの成長に実は癒され、人とのつながりも構築できるこうした取り組みは、私たちのウェルビーイングも満たしてくれるのではないでしょうか。読者の皆さんもボランティアに参加し、この感覚を是非体感して頂くことをおススメします。

最後に ~ESG的な観点からブドウ栽培を考える~

最後に、環境(E)・社会(S)・カバナンス(G)的な観点から、このブドウ栽培を考えたいと思います。今後、ブドウ栽培でも、強制労働の排除など労働者の人権への配慮、減農薬に取り組み土壌汚染を軽減する、といったことを積極的に示すことが求められるでしょう。先に紹介したようなワインの購入者やボランティアとのコミュニティを育むことで栽培過程が透明化され、ESGに取り組んだ事業とみることが出来るようになるかもしれません。

日本のワイン用ブドウ栽培は、作業の多さや生産者の拘りが、多くの人の共感や自発的に作業に参加するなどのボランティアを集めるメカニズムを生んでいます。国内産の原料を用い、生産過程に携わる多くの人に繋がりやウェルビーイングも提供でき、世界に誇れる強くて新しくて心を彩る取り組みが、実は日本全国で萌芽しているのです。

こうした取り組みは、ブドウ栽培のみならず、生産過程が複雑で創意工夫が必要な事業においてこそ成果を上げるのではないでしょうか。ESGへの対応を模索する企業も、少量多品種生産の一次産業や二次産業の価値を改めて丁寧に見直し連携することで、新しい突破口を見つけられるかもしれません。

KDDI総合研究所コアリサーチャー 飯生信子


[1] 国税庁「果実酒等の製法品質表示基準について」2016年2月
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/winelabel.pdf

[2] フランスでは1919年の原産地呼称法や1935年のAOC法により原産地を重んじる理念が確立されていると言われ(山本他「世界のワイン法」2009年 日本評論社)、日本もこの流れに近づいている。

[3] 国税庁「酒類製造業及び酒類卸売業の概況(令和3年調査分)」
https://www.nta.go.jp/taxes/sake/shiori-gaikyo/seizo_oroshiuri/r03/pdf/all.pdf

[4] 西東秋男『年表で読む日本食品産業界の歩み』2011年8月 山川出版

[5] 国税庁「酒類製造業及び酒類卸売業の概況(令和2年調査分及び令和3年調査分」
https://www.nta.go.jp/taxes/sake/shiori-gaikyo/seizo_oroshiuri/index.htm

[6] 農林水産省「作物統計調査」2022年2月
https://www.maff.go.jp/j/tokei/kouhyou/sakumotu/sakkyou_kazyu/attach/pdf/index-13.pdf

[7] はじめの一歩プロジェクト@溝の口主催セミナー「ワイン生産者に転身した会社員」2022年5月13日(シェアオフィスnouticaにて開催)

[8] 2022年7月1日 10年以上ブドウ栽培ボランティアに参加している方へのヒヤリング結果より

[9] 山本博『ブドウと生きる』2015年12月(株)人間と歴史社

[10] 2022年9月18日長野県東御市 YoneFarmTomi様へお邪魔しました

[11] Rue de Vin(リュード・ヴァンバン)ホームページ https://ruedevin.jp/album/

[12] ドメーヌ・タカヒコ インスタグラム(2022年10月10日投稿) https://www.instagram.com/p/Cjh5L1ijwJo/

[13] 奥野田葡萄酒醸造(株)「2023年度奥野田ヴィンヤードクラブメンバー募集」http://web.okunota.com/ovc/
中棚荘「オリジナルワインプログラム」2022年10月https://nakadanasou.com/news/12267/
カリキュラムは有料の場合があります。