鑑賞から体験へ〜デジタルアート体験が若者たちを集める

ゴッホとピカソとダリに勝ったチームラボ

世界中でデジタルアート展を開催するチームラボが2019年にある偉業をとげた。東京開催の「ボーダレス[1]」展の年間動員数(約220万人)が、単独アーティストのミュージアムとしては世界最多となりギネス世界記録を更新したのだ[2]

ちなみにそれまでのトップ3は、オランダのゴッホ美術館(年間来館者数:約213万人)、スペインのピカソ美術館(同:約107万人)、スペインのダリ美術館(同:約82万人)だ。これらに勝ったのだ。スゴすぎる。

チームラボのデジタルアートミュージアムの大きな特徴は、来館者をデジタルアート空間に没入させるところだ。例えば、館内の壁や床の全面にデジタル作品をプロジェクターで投影する。映し出された作品は絶えず動き、また来館者の動きに合わせて変化するインタラクティブ性も持つ。作品を鑑賞するというより、作品の中に入り込んで体験するという新しいアートの概念を作り出した。そこにギネス記録を塗り替えるくらいの人が集まっているのだ。

図表1 チームラボ「ボーダレス」展
出所: チームラボ

今このようなデジタルを駆使したアート展が増えている。また、デジタルアートの集客力をビジネスの場で活用する事例も出ている。デジタルアートが提供する「楽しさ」という体験価値が見直され始めたのだ。今回はこのあたりを掘っていきたい。

増えるデジタルアート展 〜ゴッホ、モネ、ルノワール、KAWS

チームラボの成功やテクノロジーの進化が後押しとなり、デジタルアートの展覧会は着実に増えている。まずはその様子をいくつか紹介したい。

例えば、角川武蔵野ミュージアムで開催中の「ファン・ゴッホ ー僕には世界がこう見えるー」展。会場の壁と床全体に投影されたゴッホの作品の中に来館者が没入するという、チームラボ方式に近い体験型展覧会だ。2022年6月に始まり、10月時点で来館者数が15万人を突破。好評につき会期が2023年1月まで延長となった。

図表2 「ファン・ゴッホ ー僕には世界がこう見えるー」展
出所: KADOKAWA

日本橋三井ホールで開催されたImmersive Museum(2022年7月8日〜 10月29日)でも、モネやルノワールといった印象派の巨匠たちの作品を空間に投写し、やはり絵画の世界にどっぷり浸かるような体験を提供した。こちらも来館者数が17万人を突破している。

図表3 Immersive Museumでの“印象派”IMPRESSIONISM
出所:Immersive Museum

上記2展はチームラボの影響を色濃く感じるが、次の事例はAR(拡張現実)を使った展示だ。現代のトップアーティストの一人で、米NYを拠点に活動するKAWS(カウズ)は、2021年に森アーツセンターギャラリーにて開催した「KAWS TOKYO FIRST」展にて、絵画や彫刻作品の他にAR作品を展示した。何も展示されてない展示台の前で、アプリ「Acute Art」[3]を起動しスマートフォンをかざすと、そこにAR作品が出現する。かざしながら作品をぐるりと一周すると、自分のいる位置に合わせて作品のアングルも変わるので、実際の彫刻作品を見ているかのような不思議な感覚になる。これもデジタルアートによる新しい体験だ。

図表4 KAWS TOKYO FIRST展でのAR作品の展示
出所:筆者撮影(KAWS展は写真撮影可)

デジタルアート体験が若者を集める

さて、デジタルアートの楽しさを求めて集まる人にはある特徴がある。若さだ。デジタルという性質柄、また、写真映えという側面も相まって、来館者はとにかく若い。美術館に足を運ぶ人ならご存知だと思うが、一般的に国内で開催される美術企画展の来館者は中高年が多い(良し悪しではなく傾向として)。しかし、取り上げた4つの展覧会で目立つのは、20〜30代前半の若者たち、あるいは小さい子供を連れた若い親の世代であり、中高年の来館者は非常に少ない(繰り返すが、良し悪しではなく傾向として)。

また、先に紹介したImmersive Museumは、雑誌「anan」(2022年10月26日号)が特集しその表紙にもなっている。ananという若い女性向けの大衆誌で表紙を飾るくらい、デジタルアートは身近になりつつあるのだ。

図表5 Immersive Museumが表紙となったanan
( 2022年10月26日号)
出所:マガジンハウス

GINZA SIXが開業以来最高売上に〜デジタルアートのプロモも奏功

デジタルアートに求心力があるなら、それをビジネスの現場に転用する動きもある。2021年12月、GINZA SIXはコロナ禍であるにも関わらず、開業以来の最高売上を達成した。勝因は、お金に余裕のある20〜30代のユーザー層を集められたことだが、それを可能にしたのが、大規模なテナントの入れ替えと、その年代に響く「デジタル」と「アート」を使ったプロモーションだという[4]。館内のエントランス部分や中央吹き抜け部分に大規模なデジタルアートを展示し、若い層を呼び込んだ。

例えば、2021年4月より始まった、彫刻家の名和晃平氏のインスタレーション「Metamorphosis Garden(変容の庭)」では、同氏の大規模な彫刻作品に、振付師ダミアン・ジャレ氏との共作によるARのダンスパフォーマンスを重ねる形で展示をした。来館者はアプリ「ARxART」[5]を彫刻作品群にかざすことで、それを体験できる。

図表6 GINZA SIXでのMetamorphosis GardenとARイメージ
出所: KDDI

他にも、百貨店のマルイがクリエイティブカンパニーのNAKEDと提携し、2022年1月より有楽町店にてデジタルアートの常設展「NAKED FLOWERS FOR YOU」を開始している。これは植物療法を取り入れた展示であり、来館者は花のアートを楽しみながら自身の今の状況と向き合える。併設のカフェでは、このセラピーの診断結果に基づくカスタマイズドリンクも提供する。百貨店がこれらの体験を通じて人を集めようとしていることがうかがえる。

図表7 NAKED FLOWERS FOR YOU
出所:NAKED

「楽しい」に人が集まる時代

デジタルアートの「楽しさ」の周りに人が集まっている。なぜこういう状況になっているのか?独立研究者で著述家の山口周氏の見解が我々の理解を助けてくれる。

「20世紀は問題で溢れる時代だったが、現在は日常生活での困りごとはほとんど残っていない。新しい時代に入った。そこで人々が何にお金を払うのか?それは文化。機能的価値よりも情緒的価値。人間には、創造したり、人と喜びを分かち合ったりすることが必要。」[6]

「楽しさ」という要素は、ともするとビジネスの現場では軽視されてきたのではないだろうか。あらゆるビジネスで優先されてきたのは、楽しいよりも、役に立つ、儲かるといった側面だ。しかし、衣食足りて便利になった今だからこそ、情緒的な価値の重要性が高まっている。

デジタルアートは今後も進化するだろうし、サービスと顧客の間をデジタルアートが媒介するケースも増えていくのではないか。世の中は相変わらず混沌としており、窮屈に感じる場面も多々ある。そのような中で、デジタルアートとその体験は、新しく、そして楽しい希望の1つではないかと考える。

KDDI総合研究所コアリサーチャー 沖賢太郎


◼️参考レポート
アート&テクノロジー 〜テックがアートの人とお金の流れを変え始めている(2020/03/17)
https://rp.kddi-research.jp/article/RA2020006

アート&テクノロジー part2 〜ARアートの可能性(2021/01/25)
https://rp.kddi-research.jp/article/RA2021005

◼️参考文献
[1] ボーダレス展は2022年8月31日で終了。2023年に虎ノ門エリアに移設予定。

[2] 「チームラボボーダレス」(東京・お台場)、単一アート・グループとして世界で最も来館者が多い美術館としてギネス世界記録™に認定。(2021年7月14日)—PR TIMES
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000776.000007339.html

[3] 英Acute Art社が提供するARアートアプリ。KAWS以外の様々なアーティストのAR作品も楽しめる。

[4] GINZA SIXが開業以来の最高売り上げ 支えるのは20~30代富裕層(2022年6月27日)—日経クロストレンド
https://xtrend.nikkei.com/atcl/contents/18/00651/00003/

[5] 日本のThe Chain Museum社が提供するARアートアプリ。名和晃平氏の他のAR作品も楽しめる。

[6] イベント「TRANSFORMATION SUMMIT 2021」(2021.09.16)における講演「時間と共に愛され続けるブランディングとは」