研究員がひも解く未来

研究員コラム

チームラボはなぜ世界で認められたのか〜体験型デジタルアートの源流を探る

シリコンバレーの著名起業家はほぼ全員チームラボの作品を所有

「時代を大きく変えたシリコンバレーのIT起業家たちは全員と言っていいくらいチームラボの作品を持っています[1]」(チームラボ代表 猪子寿之氏)

世界を動かしているシリコンバレーの起業家たちはチームラボを愛好している。チームラボの作品を求めているのは個人コレクターだけではない。世界のミュージアムもチームラボの作品を所蔵し始めている[2]。また、チームラボには世界各国からデジタルアート展のオファーが舞い込み、さらにはデジタルアートミュージアム「ボーダレス」展でギネス記録を更新するくらいの人を集めた(前回コラム参照)。世界がチームラボを求めているのだ。

今回は、体験型デジタルアートの旗手であるチームラボが辿ってきた道を振り返りつつ、なぜこんなに世界で認められているのか?そもそもチームラボはアートなのか?という点を明らかにしたい。前回コラムでふれたように、今後、我々生活者が日常の中でデジタルアートを体験する機会は増えていくだろう。だからこそ、今回はその源流を探っていこうと思う。

2011年に台北で国際デビュー

チームラボの発足は2001年。当初はホームページの受注製作などを事業の柱としながらアート制作を進めていた。ある時、チームラボの価値をいち早く見抜いた現代アーティストの村上隆氏が、「海外で発表した方がいい」とチームラボ代表の猪子氏にアドバイスをする。そして2011年、村上氏が主宰するカイカイキキギャラリー台北にて、チームラボ「生きる」展で海外デビューを果たした。

図表1 チームラボ「生きる」展 での展示「百年海図巻」
出所: チームラボ

これを契機にチームラボは世界各国からオファーを受けるようになる。2013年には国際芸術祭「シンガポールビエンナーレ」に召集され、ホログラムによるインタラクティブなデジタルインスタレーション作品を展示した。同時期に同国で開催されたアートフェア「シンガポールアートステージ2014」にも参加。出品した4作品が約5,000万円で落札された[3]

図表2 シンガポールビエンナーレでの展示
「秩序がなくともピースは成り立つ」
出所: チームラボ

2014年、メガギャラリーとの契約でさらなる躍進

そして大転機がやってくる。2014年、世界3大ギャラリーの1つ、米ペース(PACE)ギャラリーとの契約に至る。ペースは1960年設立で、ニューヨーク、ロサンゼルス、ロンドン、ジュネーブ、香港など世界8都市で大規模なギャラリーを運営する。

ギャラリーとは、アーティストとコレクターを仲介するプラットフォームのような存在であり、アートワールドでは極めて重要なポジションにある。有望と見定めたアーティストと契約を結び、そのアーティストの作品を販売するのだが、単なる仲介屋ではない。アーティストの評価が高まるよう活動をサポートしたり、アートワールドのネットワークを駆使したプロモーションを実施したりする。また、ギャラリーは資金力のあるアートコレクターともつながっているため、世界を目指すアーティストにとっては有力なギャラリーと契約することが重要となる。

つまり、ペースという影響力をもつギャラリーがチームラボと契約したということは、アートワールドがチームラボをトップアーティストとして認知したことを意味するのだ。

図表3 ニューヨークのペースギャラリー
出所:ペースギャラリー

世界で評価されるアーティストの条件は「アート史を踏まえたコンセプト提示」

では、そもそもなぜチームラボはアートワールドで認められたのだろうか?まずは、一般論として評価を受けるアーティストとそうでないアーティストの違いからおさらいしたい。

どういうアーティストが国際的な評価を受けるのか?それは、「アート史に新しい文脈を作った」アーティストだ[4]。これはアートワールドに存在するルールのようなもので、これを満たしていないとアートワールドの土俵には乗れない。アートというと、つい我々は右脳先行型の感性的なものを連想しがちだが、感性が赴くままに美しい作品や奇をてらう作品を作っても、国際的な評価につながることはない。感性も大事だが、理論も同じくらい大事なのがアートの世界だ。

では「新しい文脈を作る」とはどういうことなのか。理解を進めるためにこれを2つのポイントに分解する。

まず、新しい文脈・流れを作るには、当然ながらこれまでのアート史の流れを踏まえることが不可欠となる(①)。例えば、それまで主流であった表現方法を発展させるにせよ、それに対し物申すにせよ、「それまでのもの」が重要な参照点となる。現代絵画の父と呼ばれるポール・セザンヌは、それまで主流であった写実性を重視する絵画の世界に対し、「写実的でなくてよい」、「見たままを描かなくてもよい」、「自然を、円筒、球、円錐を使って再構築する」と唱えて作品を作った。そしてこれがピカソらにも影響を与え、後のキュビズムというムーブメントにつながっていく。過去と無関係のものは新たな文脈・流れにはなり得ない。過去からつながっているからこそアート史なのだ。

図表4 ポール・セザンヌ「サント・ヴィクトワール山」
出所: Wikimedia Commons

また、現代のアートの世界はコンセプトが重要となっており、作品を通じて意味あるコンセプト(概念、考え方)の提示が不可欠となる(②)。このようになった転換点は1917年にある。フランスのアーティストであるマルセル・デュシャンが、既製品の男性用小便器にサインをしただけの作品「泉」を発表したのだ。美しさとは対極にある便器、しかも既製品であり自分で制作したものですらない。これは、美しいものを自ら作り出す、というそれまでのアートの常識にカウンターを浴びせるものであり、「アートとは何か」を鑑賞者に問うものだった。当時はこれが大波乱を引き起こしたが、それ以降、このようなコンセプト(概念、考え方)を提示するアートが主流となった。NYを拠点に活動するギャラリスト戸塚憲太郎氏は、現在のアートシーンの特色をこう評する「全体的な潮流としてはコンセプト中心な傾向があります[5]」。

図表5 マルセル・デュシャン「泉」(レプリカ)
出所:Wikimedia Commons

まとめると、現代において「新しい文脈を作る」とは「①アート史を踏まえ、②新しいコンセプトを提示する」と言い換えられる。

チームラボの「アート史を踏まえたコンセプト提示」が世界で認められた

チームラボに話を戻す。チームラボの活動は上記のルールに見事に合致する。同時に、その活動の中でアートの鑑賞を体験に変えた。これらがアートワールドでの高い評価につながっていると私は考えている。順番に説明していこう。

まず①に関してチームラボは、近代以前の日本を含む東アジアのアートの空間理論を踏まえた空間表現を重視している[6]。簡単に言えばこれは鳥瞰図、屏風絵、ふすま絵に見られるような空間表現だ。あらゆる箇所に焦点が合っており、平面的でありながらどこまでも広がりを感じさせる描写スタイルである。これは、西洋絵画で見られる、単一の焦点や明確な消失点による遠近法とは大きく異なる。チームラボはデジタルという新しい手法を用いてその論理構造を探し、確立し、そしてそれに基づき作品を制作している。彼らはこの論理構造を「超主観空間」と呼ぶ。

図表6 「超主観空間」によって2次元化した空間描写
出所:チームラボ

ではなぜ、チームラボがそのような空間表現を目指したのかといえば、それにより鑑賞者中心の鑑賞体験を作り出せると考えたからだ。例えば、その論理構造を基にした作品を空間に投影する場合、同じように作られた別の作品を横に「つなげて」投影することが可能となる(その別作品もあらゆる箇所に焦点が合っており、空間的広がりを持つから)。また同じ理由から、作品同士を「重ねる」ことも、そして空間の形状に合わせて作品を「折り曲げる」ことも可能になる。つまり空間を作品群で境目なく埋め尽くすことができる。図表7の作品をご覧いただきたい。ここではそれぞれ別の作品である滝、花、木をつなげて、重ねて、折り曲げて1つの世界を作っている。

そしてこの空間にいる鑑賞者は、各々が自由な位置で鑑賞可能になる。同時に鑑賞者は作品の中に入り込んだような感覚を持ち、そこでは作品と鑑賞者の間の境界がなくなる。また作品同士の境界もない。これがチームラボが一貫して提案する「ボーダレス(境界がない)」というコンセプトだ(②)。

図表7 「ボーダレス」展における「人々のための岩の丘に憑依する滝」
(それぞれ別の作品である滝、花、木によって空間を埋め尽くしている)
出所:チームラボ

もし作品が西洋絵画的な遠近法で作られたものだったとしたらこうはいかない。単一的な焦点と消失点を持つ絵画を同じ空間に並べて投影しても、単に絵が2つ並んだようになり、鑑賞者が作品の中に入り込むという体験にはなりづらい。ダ・ヴィンチの歴史的名画である「最後の晩餐」と「受胎告知」を空間に並べて投影した状況を想像してほしい。単に絵画を並べて大きく投影しただけの空間になるだろう(それはそれで楽しそうだが)。

図表8 ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」(左)と「受胎告知」(右)
出所:Wikimedia Commons

まとめると、チームラボはデジタルという新しい手法を用いて、東洋の古典アートの空間理論を踏まえ(①)、ボーダレスというコンセプトを提示した(②)。そして鑑賞者の作品鑑賞を体験に変えた。これがアートワールドでの評価につながっていると考えられる。

チームラボはアートなのか問題

チームラボの作品は、伝統的な芸術表現である絵画や彫刻とは異なる為か、「チームラボはアートなの?」という指摘がある。しかしこれまでに述べたように、東洋の芸術の文脈を踏まえた上でのボーダレスというコンセプト提示、デジタルでの表現、鑑賞を体験に変えたことは、アート史における新しい文脈だと考えられる。ペースもアートとしての価値を認めているからこそチームラボと契約をした。

新しいものが誹りを受けるのは古今東西同じだろう。印象派が出てきた時も、当時権威であったフランスの美術アカデミーは印象派の画家たちを一斉に否定した。前出のセザンヌもデュシャンも当時は批判を受けることも多かった。

また、チームラボは様々な分野の専門家が集まって作品を作るのだが、それに対して「集団制作がアートなの?」との批判もある。アーティストといえば孤高の存在を連想するからだろうか。しかしこれも的外れな批判だ。なぜならアートは昔から集団制作であることが珍しくないからだ。ルネサンスの巨匠であるラファエロ、ミケランジェロも工房を運営しており、作品制作は弟子たちとともに行っていた。ポップアートのアンディ・ウォーホルも、前出の村上隆氏も、同じく集団制作により作品を生み出している。

図表9 村上隆氏のスタジオでの制作風景
出所:美術手帳(2020.12.22)

「日本人アーティスト逆輸入」という残念な法則

ある残念な法則がある。それは、世界で評価されている日本人アーティストは、最初に海外で認められて、その後日本でも認められるという、逆輸入のような状況になっていることだ。

村上隆氏は、日本のオタク文化をアートに昇華させ、2001年に米国で展覧会を開催した。これが「新しいもの」と評価を受け全米で話題となる。その後、国内でも徐々に注目度は高まっていったが、村上氏は当時をこう語る。「僕はアメリカでは成功を収めましたが、日本では敗残者に近いものでした。[7]

草間彌生氏は1957年に渡米。60年代には「前衛の女王」と呼ばれるまで現地で注目を集める。その後しばらく活動はペースダウンしたものの、1989年、ニューヨーク国際現代美術センターでの個展で再評価のきっかけをつかむ。そして、高まる国際評価に追従する形で国内でも人気が出ていった。

藤田嗣治氏は、日本画壇の閉鎖性を嫌い、1913年に渡仏。その後モンパルナスを拠点に活動し、評価を獲得。1925年には同国からレジオンドヌール勲章を受章。戦時中に帰国し従軍画家として活動するも、戦後は戦犯画家の烙印を押され、再び渡仏しレオナール・フジタとして帰化。日本国籍を捨てた(本人は「日本が私を捨てた」と言っている)。

そしてチームラボも然りだ。彼らが国内で常設展「ボーダレス」や「プラネッツ」を始めたのは2018年であり、これは世界で認められた後のことだ。村上隆氏が「海外で発表した方がいい」と猪子氏にアドバイスした理由もここにありそうだ。国際視点に立脚した批評力が弱いと言われる日本のアート業界で活動していても、世界からの評価にはつながりづらいということだろう。

分断の時代だからこそ「ボーダレス」を体験してみよう

チームラボがどのように世界で認められてきたのかを綴ってきた。アートとしての価値が認められたことにより、国内外でのチームラボの活動はさらに持続・発展し、この新しい文脈に続く形で様々な後継アーティストも出てくるだろう。

我々が生きる現在は分断の時代だ。保守化に伴う国と国の分断。思想、そしてウィルスによる人と人との分断。しかし、見えない境界(ボーダー)が増えている今だからこそ、チームラボが投げかける「ボーダレス」というコンセプトは、より意味のあるものになっていくかもしれない。

そして何よりも、現代を生きる我々は、体験型デジタルアートの源流をリアルタイムに味わえるという幸運にあるのだ。チームラボ未体験の方は、国内外で開催中のデジタルアート展へぜひ!源流を体験してみよう!

KDDI総合研究所コアリサーチャー 沖賢太郎


■関連コラム
鑑賞から体験へ〜デジタルアート体験が若者たちを集める
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/970

■関連レポート
アート&テクノロジー 〜テックがアートの人とお金の流れを変え始めている(2020/03/17)
https://rp.kddi-research.jp/article/RA2020006

アート&テクノロジー part2 〜ARアートの可能性(2021/01/25)
https://rp.kddi-research.jp/article/RA2021005

◼️参考文献
[1] 成毛眞 with 猪子寿之「テクノロジー×アートの未来」 — NEWSPICKS(2022/02/15)
https://newspicks.com/movie-series/58?from=%2Fprograms&movieId=1856

[2] teamLab — ペースギャラリー https://www.pacegallery.com/artists/teamlab/

[3] シンガポール発★ アジアの心を捉えた、日本発のデジタルアート — 電通報(2014/02/20)
https://dentsu-ho.com/articles/815

[4] 「芸術起業論」村上隆、「巨大アートビジネスの裏側」石坂 泰章、など多数

[5] 現代アートのギャラリストに聞く、世界で活動するためにできること — haconiwa(2017/05/16)
https://www.haconiwa-mag.com/creator/2017/05/hpgrp/

[6] 超主観空間 / Ultrasubjective Space — チームラボ
https://www.teamlab.art/jp/concept/ultrasubjective-space/

[7] 「芸術起業論」村上隆