アートとAI(後編)〜AIは脅威にあらず、アーティストがAIを使いこなすようになる

 前回のコラムでは、当面はAIがアーティストの脅威にはならないであろうことを、ファクトを基に考えた。一方で、アーティストがコンセプトを作り、それを表現するためにAIを活用するケースが少しずつ出てきている。それらは、AIを使っている点では、前回紹介したMidjourneyの作品と同じだが、提示したいコンセプトのための表現手段としてAIを使っているところが大きく異なる。アートワールドに食い込んでいけるのは、このようなAIの使い方ではないだろうか。今回はこのあたりに着目したい。

米MoMAで現代アーティストによるAI作品が展示中

 2022年11月、米ニューヨーク近代美術館(MoMA)にて、AIが生成したある作品の展示が始まった。作者は、37歳のトルコ系アメリカ人アーティストのレフィク・アナドル(Refik Anadol)。この作品は、アナドルのチームが設計したAIに、MoMAが所蔵する作品の中から約14万点弱を学習させ、生成させたものだ(図表1)。作品タイトルは「Unsupervised」。立体作品かのように見えるが、ディスプレイに表示された2次元のデジタル作品であり、絶えず連続的に形を変える。動画だとその様子がわかりやすい(図表2)。個人的にはずっと見ていられる。

図表1 MoMAで展示中の「Unsupervised」
出所:artnet news

図表2 絶えず変形し続ける「Unsupervised」
出所:アナドルのTwitter

機械は夢を見るのか?

 さて、ニューヨークのMoMAと言えば世界屈指の名門ミュージアムだ。アートワールドでも重要なポジションにあるMoMAは、アナドルの作品、厳密には彼がAIを使って作った作品のどこに価値を見出したのか?

 結論から言えば、アナドルがこの作品に込めた「アート史を踏まえたコンセプト」を評価したのではないかと考えられる。順を追って説明していこう。

 今回の作品の成り立ちを理解するために、少し昔の話から始める。アナドルには、幼少期から追い続けている「問い」があった。それは「機械は夢を見るのか?」というものだ(やっぱりアーティストは違う)。きっかけは、彼が8歳のときに見た映画「ブレードランナー」だ。この映画の原作は、フィリップ・K・ディックのSF小説「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」である。彼はこれを観て以来、人とテクノロジーの関係性に強い関心を持つようになり、前述の問いについて考え始めることになる[1][2]

図表3   映画「ブレードランナー(1982)」
出所:LA Magazine

 そして彼は今回、AIとMoMAの収蔵作品を使って、その問いに答えようとした。そもそも人が睡眠時に見る「夢」とは、それまでの「記憶」が細切れかつランダムにつながったものだ。そこで彼とそのチームは、AIにMoMAが所蔵する200年分の膨大な数の作品を読み込ませ、これをAI(機械)の「記憶」とした。読み込ませた収蔵作品には、絵画や写真だけでなく車やTVゲームなどもあり、これらが200年間分の「記憶」となる。そしてそのAIが生成したものを「夢」と位置付け、作品にしたのだ。

 ここでまた、アートワールドのルールを思い返してみる。国際舞台で評価を受け活躍するアーティストとは「アート史を踏まえ、新たなコンセプトを提示した人」であった。この作品には、200年分のアート史の情報が畳み込まれている。そして、それを「機械が見る夢」というコンセプトにつなげているのだ。このコンセプトは、AIが発達してきた今だから実現できるものであり、AIがシンギュラリティに向かって今後さらに進化していくこの過渡期においてこそ意味を持つ。

 MoMAはこのあたりを評価したのではないだろうか。同館キュレーターであるミシェル・クオは「アナドルがMoMA の作品群を使って示したことは、現代美術史の変容そのものです。[3]」とコメントしている。

アーティストによるAI活用事例は他にも

 アーティストが表現手段としてAIを用いる事例はこれまでにもあった。最も有名なのが、パリを拠点に活動するテクノロジー&アート集団「オブビアス(Obvious)」の事例だろう。2018年10月、オークションハウスのクリスティーズにて、彼らの作品「エドモンド・ベラミーの肖像(Edmond De Belamy)」が出品され、43万2,500ドル(約5,700万円)もの額で落札された[4]。これが、世界の主要オークションで初めて売買されたAI作品となった。

 この作品は、彼らが開発したAIに、14〜20世紀の肖像画1万5,000点を学習させ、生成させたものだ。不明瞭な絵と不自然な構図からは、古典的な肖像画とは異なる表現への志向がうかがえる。

 ただし、高騰した落札価格については、初モノゆえのプレミアム価格となった感が否めない。翌年のオークションにかけられた同シリーズのAI作品の落札価格は2万ドル(約264万円)に落ち着いた[5]

図表4  エドモンド・ベラミーの肖像
出所:クリスティーズ

 次に紹介したいのは、AIアートのパイオニアの1人と言われる、ドイツの現代アーティスト、マリオ・クリンゲマン(Mario Klingemann)だ。2019年2月、彼の作品「通行人の記憶Ⅰ(Memories of Passersby I)」もオークションハウスのサザビーズのオークションにて4万ポンド(約644万円)の値がついた[6]。この作品も、17〜19世紀の肖像画を学習したAIによるものだ。ディスプレイには不気味とも思える肖像画が映し出され、リアルタイムに変化する。AIを使い、あえて馴染みのない形態の肖像画を生成することで、伝統的な創作プロセスと美の基準に疑問を投げかける試みだ。

図表5  マリオ・クリンゲマンの「通行人の記憶(Memories of Passersby I )」
出所:サザビーズ

AIは脅威にあらず、アーティストがAIを使いこなすようになる

このように、アーティストがAIを活用するケースが増えている。AIはアーティストにとっては脅威などではなく、強力な表現ツールの1つになる可能性の方が高いかもしれない。まだ国内では、そのようにして作られた作品を我々が鑑賞・体験できる機会はほとんどないが、今後はそのような機会も増えていくだろう。

なお、冒頭に紹介したニューヨークMoMAで開催中のレフィク・アナドルの展覧会は2023年3月5日まで続く。近くにお住まいの方や訪米予定のある方はこの機会にぜひ。私も現地で観たくて仕方がないが、円安と物価高で旅費がとんでもないことになる。ひとまず、いつも先鋭的な企画展でおなじみの森美術館が誘致してくれることを期待したい!

KDDI総合研究所コアリサーチャー 沖賢太郎

◼️為替レート
※1 1ドル=132円(2022.12.20)
※2 1ポンド=161円(2022.12.20)

◼️関連コラム
アートとAI前編〜AIはアーティストにとって脅威にはならない(2023-1-11)
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/1068

体験型アートによる新しいお金の流れ〜チームラボがアートワールドのタブーをひっくり返した(2022-12-09)
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/1014

チームラボはなぜ世界で認められたのか〜体験型デジタルアートの源流を探る(2022-12-02)
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/988

鑑賞から体験へ〜デジタルアート体験が若者たちを集める(2022-11-25)
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/970

◼️関連レポート
アート&テクノロジー part2 〜ARアートの可能性(2021/01/25)
https://rp.kddi-research.jp/article/RA2021005

◼️参考文献
[1] ‘It’s All Machine-Made’: Crossover NFT Art Star Refik Anadol’s New Installation at MoMA Lets A.I. Do the Creating, Generating, and Dreaming
https://news.artnet.com/art-world/refik-anadol-moma-ai-unsupervised-2213039

[2] How This Guy Uses A.I. to Create Art | Obsessed | WIRED
https://www.youtube.com/watch?v=I-EIVlHvHRM&t=291s

[3] Even as NFTs Plummet, Digital Artists Find Museums Are Calling
https://www.nytimes.com/2022/10/31/arts/design/nfts-moma-refik-anadol-digital.html

[4] The First AI-Generated Portrait Ever Sold at Auction Shatters Expectations, Fetching $432,500—43 Times Its Estimate
https://news.artnet.com/market/first-ever-artificial-intelligence-portrait-painting-sells-at-christies-1379902

[5] Has the AI-Generated Art Bubble Already Burst? Buyers Greeted Two Newly Offered Works at Sotheby’s With Lackluster Demand
https://news.artnet.com/market/obvious-art-sale-sothebys-1705608

[6] AI artwork flops at auction, robot apocalypse not here yet
https://www.dazeddigital.com/art-photography/article/43628/1/klingemannai-ai-auction-first-european-piece-disappointment