金沢21世紀美術館の集客力は国内トップクラス
以下は2019年における国内ミュージアムの来場者数ランキングだ[1]。
1位 国立科学博物館 273万人
2位 東京国立博物館 258万人
3位 金沢21世紀美術館 233万人
4位 国立新美術館 184万人
東京の国立ミュージアムに混じって、金沢21世紀美術館(以下「21美」)という地方の市立美術館がランクインしていることに驚く。同館は2015年のこのランキングでは首位を[2]、そして世界的に新型コロナに見舞われた2020年においても2位を獲得しており[3]、トップ3圏内の常連となっている。
北陸新幹線開通(2015年)もこの集客に当然寄与しているが、開通前の2014年においても21美は既に176万人を集めていた。国内ミュージアムの年間来場者数の中央値は約1.3万人[4]と言われる中、同館はどのようにして桁違いの成功をとげたのか。21美の取り組みは、競争戦略やマーケティングの観点からも興味深いため、今回はココを探る。
美術館の定石の逆を攻めて大成功
一橋ビジネススクールの楠木建教授は、優れた競争戦略の特徴を次のように説明している。
「戦略の構成要素は一見非合理に思えるが、戦略ストーリー全体の中では強力な合理性の源泉となる。[5]」
つまり、打ち手が非合理ならば他社に真似されない、しかし全体戦略の中ではその打ち手こそが価値を生み出すエンジンとなっている、だから競争優位を保ち続けられる、という意味だ。
ファストファッションのZARAの事例がわかりやすい。ZARAは、社内に大量のデザイナーを抱えている。しかも、無個性なデザイナーを選んで採用している。流行り廃りが激しいファッションの世界では、アパレルブランドは外部の旬のデザイナーと契約することが一般的であるため、ZARAのやっていることは一見非合理だ。しかしZARAの戦略は、そのシーズンに世の中で売れている商品を高速で模倣しタイムリーに市場に投入することだ。模倣を基本に据えているため、デザイナーの独創性は不要となる。売れ線を忠実になぞることができる無個性なインハウスデザイナーが力を発揮するのだ[6]。
話を21美に戻す。同館が重視してきたことは、どれも伝統的な美術館の定石からは外れており、いずれもそれだけを見れば一見非合理だ。しかし、それらがつながって圧倒的な集客力に結びついているのだ(図表2)。順番に説明していこう。
① 狙う客層は子供と家族、コンセプトの中心も子供
一般的な美術館の来場者は、お金と時間と気持ちに余裕のある中高年が多い。しかし21美が2004年の開館以来重視するのは「子供」だ。初代館長の蓑豊氏は同館立ち上げ時の方針をこう語る。
「子供に感動を与える美術館にし、美術を通して子供たちの創造力を高め、心を豊かにしたいと考えていた。だから子供の目線でこの美術館を作ろうと心がけた。[7]」
開館後も、子供と家族向けの施策を立て続けに実施している。例えば、専用バスを用意して金沢市内の小学生全員を無料招待した。その際に配布するパンフレットにはお子様無料券が付いており、後日親と一緒にもう一度来てもらう仕掛けになっている。このほか、小中学校向けに同館学芸員が作品を持参し特別授業もする。
蓑氏によれば、子供の頃に美術館に行ったことがある人は、大人になってからも、高確率で自分の子供を連れて美術館に行くようになるという。長い目で美術館を街に定着させるためには、子供を起点に考えることが必要なのかもしれない。
② 所蔵作品は有名作品なし、子供も遊べる作品が中心
一般的な美術館が集客を狙うなら有名作品を所蔵し展示するだろう。ピカソやゴッホなど。しかし21美にはそのような誰もが知っている有名作品はない。所蔵作品は現代アートが中心だ。その代わりに子供たちでも体験できて楽しめる作品に重点を置いている。例えば、レアンドロ・エルリッヒ作の「スイミング・プール」(図表3最上)やオラファー・エリアソン作の「カラー・アクティヴィティ・ハウス」など。
なお、レアンドロ・エルリッヒもオラファー・エリアソンも、一般層における知名度は高くないかもしれないが、現代アートの世界ではトップアーティストである。
図表3 21世紀美術館が所蔵する体験できる作品
③ 円形・ガラス張り・フラット・オープンな建築
そして21美といえば建築である。形状は円形、全面ガラス張り、フラットな作りになっている。これも伝統的な美術館の定石からは程遠い。まず円形の建物は、絵画展示の効率性から一般的にはご法度とされる。また、石造りで階層的で荘厳な美術館が多い中、21美は全面ガラス張りでフラットだ。これにより人々が立ち寄りたくなるようなオープンな雰囲気になっている。上記もすべて、子供やその家族が来館したくなる場所にするためである。入り口も複数設けられており、様々な方向からの来館を迎え入れている。
図表4 ガラス張りで円形の建築
この建築は、建築家の妹島和世氏と西沢立衛氏による建築家ユニットSANAA(サナア)によるものだ。SANAAは、建築界のノーベル賞といわれる「プリツカー賞」を受賞したこともあり、21美の他にも、仏ルーブル美術館の分館であるルーブル・ランス(2012年)、豪ニューサウスウェールズ州立美術館の新館(2022年)なども手がけている。いずれもこれまでの美術館の定石とは異なり、開放感のある建築で定評だ。
図表5 SANAAが手がけた仏ルーブル・ランス
出所:Gettyimages
出所:Getty Images(「See more」をクリックするとGetty社のサイトに遷移します)
子供重視だが子供以外の人たちも呼び寄せる場所
21美が実践してきたことはどれも美術館の常識からは外れているが、子供とその家族の来館を重視する同館のコンセプトにおいては不可欠なものとなっている。これにより地方公立美術館としては桁違いの成功につながっているのだ。
一方、21美は子供を重視しているものの、その空間は全く子供じみていない。また、作品においても誰もが楽しめる。ここも重要だ。子供に最適化しすぎれば、それ以外の人々が来づらくなる。コンセプトの中核は子供としながら、万人を受け入れる全体設計は秀逸だ。21美を訪れると、確かに家族連れもよく見かけるが、それと同じかそれ以上に目立つのが国内外からの若い観光客が作品を楽しむ姿だ。
それを可能にしているのがこの場所ならではの「体験」ではないだろうか。鑑賞を超えた「体験」を伴う所蔵作品や、建築空間自体の「体験」だ。体験型デジタルアートのコラムでもふれたが、ものやサービスで溢れる現代においても価値ある「体験」には人が集まる。地方であっても。
KDDI総合研究所コアリサーチャー 沖賢太郎
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◼️参考文献
[1] 全国の主要レジャー・集客施設 入場者数ランキング(2019年度) 総合ユニコム
https://www.sogo-unicom.co.jp/data/book/0520201004/nl202011.pdf
[2] 全国の主要レジャー・集客施設 入場者数ランキング(2015年度) 総合ユニコム
https://www.sogo-unicom.co.jp/leisure/image/201608n1.pdf
[3] 全国の主要レジャー・集客施設 入場者数ランキング(2020年度) 総合ユニコム
https://www.sogo-unicom.co.jp/data/book/0520221001/newsrelease.pdf
[4] 日本の博物館総合調査報告書(令和元年版)
https://www.j-muse.or.jp/02program/pdf/R2sougoutyousa.pdf
[5] 「ストーリーとしての競争戦略」楠木建(東洋経済新報社)
[6] ストーリーとしての競争戦略 “ポーター賞企業の戦略ストーリーを読み解く” POTER PRIZE
https://www.porterprize.org/ceremony/2017/lecture.html
[7] 「超・美術館革命」蓑豊(角川書店)