チャンピオンスポーツの世界で頂点に立てる者は限られている。反面、その世界で頂点に立ち続けるレジェンドもいる。今回は、五輪の舞台で世界最高峰であり続けた持久系アスリートのトレーニングの負荷を報告した論文を眺めていく。レジェンドたちは、どのようなトレーニングをすることで、その領域にたどり着いたのだろうか。また、その頂に立ち続けるために、どんな工夫を施していたのだろうか。
本題に入る前に、「負荷」について説明する。負荷には量と強度の側面があり、その算出法は研究によって様々である。ただし、量は多くの研究が時間をもとに定量している。一方、強度は、絶対的(例:スピード、ワット)と相対的(例:心拍数、血中乳酸濃度)な概念があり、より複雑である。いずれにしても、時間が長くなればなるほど、強度が高くなればなるほど、負荷が高いという解釈になる。
5大会連続!クロスカントリースキー選手
2017年の論文[1]では、冬季五輪で合計15個のメダル(金:8個、銀:4個、銅:3個)を獲得したノルウェーの女性クロスカントリースキー選手の2000年から2017年(20歳-37歳)のトレーニングを報告している。この選手は、論文が発表された翌年に開催された平昌五輪でも5個のメダルを獲得したことから、キャリアの終盤でも世界最高峰の競技力を誇っていた。
量をみると、2000年から2010年のシーズンにかけては、およそ500時間/年から900時間/年と徐々に増えていたのに対し、競技力がピークに達した2010年シーズンからの5年間は約940時間/年で一定傾向にあった。また、この5年間は、強度の配分も一定傾向にあり、持久系トレーニングの92%が低強度、3%が中強度、5%が高強度で行われていた[2]。
要するに、この選手は負荷を徐々に高めながら競技力を向上し、競技力が最高峰に達してからは、その負荷を毎年積み重ねていた。
5大会連続!ボート(漕艇)選手
次に5大会連続夏季五輪に出場し、各大会でメダル(金:3個、銅:2個)を獲り続けたデンマークの軽量級男性ボート選手を取り上げる。この選手が五輪に初出場した時は24歳だったが、5回目に出場した時には40歳であった。2014年の論文[3]では、長年にわたるトレーニングが報告されている。負荷をみると、時期によって変動していたが、キャリアをとおして安定していた。具体的に言うと、量は平均で週15時間であった。また強度は、85%が低強度あるいは中強度、残りの15%が高強度であった[4]。
そんな男性ボート選手も3回目と4回目の五輪後に長期休暇をとり、ナショナルチームの活動には各20カ月も参加していなかった(32歳-33歳、37-38歳)。ただし、長期休暇中も週2-3回の専門的なトレーニングを行うとともに、残りの日はサイクリングやランニングといった他種目の持久系トレーニングに励み、普段の3分の2をやや超える負荷を積んでいた。キャリアを続けていると、疲労蓄積や怪我、モチベーションの低下といったネガティブなことがどうしても起こり得るが、こういった適度な減り張りは、40歳でも世界最高峰のパフォーマンスが維持できた秘訣かもしれない。
3大会連続!バイアスロン選手
次にバイアスロンというクロスカントリースキーとライフル射撃を組み合わせた二種競技で3大会連続冬季五輪に出場し、合計7個(金:5個、銀:2個)のメダルを獲得したフランスの男性選手をみていく。獲得したメダルの詳細は2010年が銀メダル1個、2014年が金メダル2個と銀メダル1個、2018年が金メダル3個であった。2020年の論文[5]では、出場した3つの冬季五輪を含む11年間のトレーニングが報告されている。
量をみると、2009年シーズンの530時間/年から2014年シーズンの680時間/年と徐々に増えていた一方で、その後の2018年シーズンまでは一定傾向にあった。また、2014年シーズンからの5年間の強度は、平均すると、全体の85.5%が低強度、3.5%が中強度、4.2%が高強度であまり変わっていなかった[6]。
そんな男性バイアスロン選手も最後の五輪出場後の翌シーズンはやや競技成績を落とした。興味深いことに、そのシーズンの量は691時間/年と、直前5年間と比べても変わっていなかった。しかし、強度が異なり、全体の79.1%が低強度、7.4%が中強度、3.4%が高強度であった[7]。つまり、低強度が減り、中強度が増えていた。この選手は、そのシーズン限りで競技を引退していたため、モチベーションの変化もあったのかもしれないが、負荷を高めても、必ずしも結果が出るわけではないことを示している。
キーワードはトレーニングの一貫性
ここで3名の共通した特徴を2つ挙げる。
- 量は競技力が世界最高峰に達してからも変わらない
- 強度の配分も変わらず、その多くが低強度で構成されている
ベテランと呼ばれる30代以降では、疲労が抜けにくいために、量を減らしたり、量を減らした上で強度を高めたりした方が良いと思っている人もいるかもしれない。しかし、勝ち続けたオリンピアンは、量を減らさず、強度も上げていなかった。要するに、トレーニングには、一貫性があった。因みに、年間の量を単純に365日で割ってみると、およそ2時間に相当する。レジェンドたちは、毎日淡々とできる努力を続けていた。
トレーニングの大半が低強度で構成されている点にも注目したい。運動によって異なるものの、低強度のトレーニングは、続けようとすれば丸1日近くできる。つまり、低強度はきつくない。持久系スポーツといっても、実際の競技時間は数分から長くても1、2時間の種目がほとんどなことを踏まえると、この特徴も意外に思う人がいるかもしれない。しかし、低強度のトレーニングの充実は、一流の持久系アスリートになる必須要件だ。
2021年の論文[8]では、当時の世界記録保持者を含む85名の男性長距離ランナーが本格的なトレーニングを開始してから7年後までのトレーニング状況と競技力との関係を調査している。その結果、量を表す総走行距離は競技成績と強く相関していた。また、トレーニングの内容別にみると、低強度で行われるEasy runが中強度や高強度で行われるTempo run、Long-interval training、Short-interval trainingといったトレーニングよりも競技成績との関係が強かった。中強度や高強度のトレーニングの良し悪しは、走行距離だけでは語れないものの、低強度の負荷を積み続けたアスリートが強いことは事実である。
ここで注意したい点をひとつ。成功をおさめた事例のみに着目することによって生じる偏見として、生存バイアスがある。すなわち、結果を残し続けられなかったアスリートの中には、負荷を積み続けたくても、ネガティブなことによって積めなかった者がいるに違いない。また、負荷を積み続けられたとしても、オリンピックのような最高峰の舞台に上がれないアスリートは数多く存在する。そもそも、相対強度でみた場合、アスリートにとっての低強度は、一般のスポーツ愛好家にとって高強度なことも多い。さらに、トップアスリートは遺伝的に恵まれている可能性も高く、誰もが世界最高峰に辿り着けるわけではない。チャンピオンスポーツは、努力しても報われる保障がない厳しい世界だ。
それでも、ここに挙げた3名のレジェンドたちはきつくもない努力を淡々と積み重ねていたことに変わりない。頂へのショートカットは存在せず、その頂に立ち続ける秘訣は一貫性を持って過ごすことにある。
KDDI総合研究所 招聘研究員 髙山史徳
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https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/911
参考文献
[1] Solli, G. S., Tønnessen, E., & Sandbakk, Ø. (2017). The Training Characteristics of the World’s Most Successful Female Cross-Country Skier. Frontiers in physiology, 8, 1069.
[2] 全体のトレーニングのうち91%が持久系トレーニングであり、残りの8%がストレングス(筋力)トレーニング、1%がスピードトレーニングであった。
[3] Nybo, L., Schmidt, J. F., Fritzdorf, S., & Nordsborg, N. B. (2014). Physiological characteristics of an aging Olympic athlete. Medicine and science in sports and exercise, 46(11), 2132–2138.
[4] 85%が最大心拍数の50-80%の心拍数強度、残りの15%が最高有酸素パワーの80%以上の強度。
[5] Schmitt, L., Bouthiaux, S., & Millet, G. P. (2021). Eleven Years’ Monitoring of the World’s Most Successful Male Biathlete of the Last Decade. International journal of sports physiology and performance, 16(6), 900–905.
[6] 残りの6.8%はスピードや筋力の強化を目的としたトレーニング。
[7] 残りの10%はスピードや筋力の強化を目的としたトレーニング。
[8] Casado, A., Hanley, B., Santos-Concejero, J., & Ruiz-Pérez, L. M. (2021). World-Class Long-Distance Running Performances Are Best Predicted by Volume of Easy Runs and Deliberate Practice of Short-Interval and Tempo Runs. Journal of strength and conditioning research, 35(9), 2525–2531.