アスリートはSNSをどう使うべきか?

スマートフォンとSNSが普及した今日では、アスリート自身がSNSを活用してメディアやファンに直接情報を届けることが当たり前になってきた。ファンとの交流、自分自身のブランディング、試合等の集客など、SNSを駆使するアスリートも少なくない。もちろん、いいことばかりではなく、誹謗中傷など、リスクもないわけではない。

科学者であり、かつ、アスリートと接する機会も多い筆者としては、アスリートにとって競技に支障を与えないSNSとの付き合い方とはどのようなものなのか、考えてみたい。

試合直前のSNSは吉か凶か

ブラジルにあるパライバ連邦大学のFortes博士の研究グループは、SNSがパフォーマンスやトレーニング効果に影響を与えるのかどうか、興味深い実験データを数多く発表している。

試合直前にFacebookやInstagram、Twitterなどを使うとパフォーマンスは上がるだろうか、下がるだろうか。国際レベルのスイマー25名に協力してもらい、実際の試合をシミュレートした模擬レース前の30分間、SNSを使う条件とコーチングビデオを観る条件の2つのグループに分け、タイムを比較してみた[1]。その結果、50m自由形では差がつかなかったが、100m、200m自由形では、SNSを使用したグループのほうが、タイムが悪かった。

どうやら試合直前のSNSは控えた方がよいらしい。

トレーニング前のSNSも悪影響か?

試合直前のSNSがパフォーマンスを下げるとしても、普段のトレーニング前のSNSは悪い影響を及ぼすのだろうか。Fortes博士の研究グループは、先の模擬レースの実験とは別に、8週間にわたるスイマーのトレーニングで実験してみた[2]。この実験では、期間中に計画された40回のトレーニングセッション前の30分間、SNSを使うグループ(11名)とオリンピックに関するドキュメント映像を観るグループ(11名)で比較した。その結果、ドキュメント映像を観たグループでは、100m、400m自由形のタイムが短縮したが、SNSのグループでは、そのタイムは短縮しなかった。SNSを使ったからパフォーマンスが伸びなかったのか、それともドキュメント映像を観て、トレーニングへの動機が高まった故にパフォーマンスが向上したのかは断定できないが、同じようなトレーニングを行っても、パフォーマンスに与える影響が異なるという結果はおもしろい。そして、競技力の高いアスリートを対象として、トレーニング効果に支障を与える実験を行うことは稀のため、8週間にわたり介入し続けたこの実験は価値が高い。

アスリートのトレーニングはときに過酷である。過酷なトレーニングを行っても見合った成果が得られない可能性を少しでも減らせるのであれば、トレーニング前に敢えてSNSを使う理由は見当たらない。

水泳がSNSと相性が悪いのか?

紹介した2つの実験はいずれもスイマーを対象としたものだ。水泳でなかったとしたら、ひょっとして効果が違うことがあるのかもしれない。

Fortes博士らは、多くのアスリートが競技力向上や怪我予防を目的として行っている筋力トレーニングでも実験してみた[3]。習慣的に筋力トレーニングを行っているトレーニー16名に協力してもらい、高負荷のスクワットの前後でSNSを使う、あるいはドキュメンタリービデオを鑑賞する2つの条件に分け、規定された重量をどちらが先にこなせなくなるのか検証した[4]。結果は、ここでもドキュメンタリービデオに軍配があがり、SNS利用のほうが、早く疲れてしまった[5]

これらの結果を見ると、スポーツの種類に関係なく、試合でもトレーニングでも直前のSNS利用はやめた方がよさそうだ。

SNSを使うとなぜパフォーマンスが下がるのか?

Fortes博士らの論文では、パフォーマンスが下がるメカニズムは解明されていないが、SNS利用によりメンタル疲労度が高まることが報告されている[6]。また、スイマー達に協力してもらったトレーニング実験の際には、SNSを使い続けたグループでは、トレーニングに対してより「キツさ」を感じていた[7]

どうやら試合でもトレーニングでも直前にSNSを利用すると、疲労感やキツさを感じやすく、これがパフォーマンスやトレーニングの質にネガティブな影響を与えるものだと考えられる。

直前でなければいいのかもしれない

Fortes博士らの研究は、試合やトレーニング直前の30分間にわたりSNSを利用することの弊害を示している。では、直前でなければどうなのか?

プロゴルファーを対象とした韓国の中央大学校とゴルフ大学の研究グループの実験では、SNSを利用すること自体は必ずしもマイナスに働かない可能性を示している[8]

Fortes博士らの研究では、SNS利用後のパフォーマンスの変化を調べたのに対して、韓国の研究グループらは、パフォーマンスが向上したグループと向上しなかったグループの間でスマートフォンの利用状況を比較して、違いがあるかどうかを調べた[9]

その結果、パフォーマンスが向上したグループでは、ゴルフフォーム分析アプリ、日記アプリ等の利用時間は増加し、一方、パフォーマンスが向上しなかったグループでは、ゲーム等の娯楽アプリの利用時間が増加していた。スマートフォン利用にゴルフへの姿勢が反映しているようでおもしろい。肝心のSNSについては、パフォーマンスが向上したグループも向上しなかったグループも利用時間の増減はなかった。

韓国の研究グループの実験では、詳細な時間軸で利用状況を検証していないが、トレーニングや試合の直前でなければ、SNSを利用すること自体はマイナスの影響がさほどない可能性も考えられる。また、ほとんどのゴルファーがSNSを利用していたことで、SNSを利用することの是非については十分に検証できなかった可能性もある。

アスリートはどうSNSと付き合うべきなのか?

これらの研究成果はほんの一端を示しているだけかもしれないが、試合やトレーニングの直前のSNS利用は控えた方がよさそうだ。実際、重要な試合前にはSNSを断つアスリートも多い。例えば、現WBC世界ヘビー級王者で33戦32勝1分の戦績を持つタイソン・フューリー選手は、デリアン・ホワイト選手との王座統一戦の前に、8.5週間にわたりSNSから完全に離れることを宣言した(フューリー選手はこの試合で6R・TKO勝ちを収めた)。

日本のキックボクシング界で世紀の一戦と呼ばれた那須川天心対武尊戦(2022年6月19日東京ドーム開催)では、武尊選手は試合の1.5か月前にSNS更新の休止を発表した。一方、那須川天心選手は休止宣言こそしていないものの、Twitterの更新頻度が3月は24回、4月は19回であったのに対し、5月には5回と減っていた(リツイートを除く)。那須川天心選手はチャンネル登録者数90万以上を誇る人気YouTuberとしての一面もあるが、大会前2か月以上にわたり、動画の更新を一度もしなかった。

本人が自覚しているのかに関わらず、SNSを使うと、どうしても不特定多数から情報が入ってくる。それが、誹謗中傷でなくても、振り回されたり、心が揺れ動かされたりするものである。いわゆるノイズや雑音である。もちろん、時にポジティブな影響を与えてくれる場合もあるが、自分で他人をコントロールすることは出来ない。自分でコントロールできることに焦点を当てるアスリートであれば、重要な試合前はSNSから自然と足が遠ざかるものなのかもしれない。

KDDI総合研究所 招聘研究員 髙山史徳


[1] Fortes, L. S., Lima-Júnior, D., Gantois, P., Nasicmento-Júnior, J., & Fonseca, F. S. (2021). Smartphone Use Among High Level Swimmers Is Associated With Mental Fatigue and Slower 100- and 200- but Not 50-Meter Freestyle Racing. Perceptual and motor skills, 128(1), 390–408.

[2] Fortes, L. S., Nakamura, F. Y., Lima-Junior, D., Ferreira, M., & Fonseca, F. S. (2022). Does Social Media Use on Smartphones Influence Endurance, Power, and Swimming Performance in High-Level Swimmers?. Research quarterly for exercise and sport, 93(1), 120–129.

[3] Gantois, P., Lima-Júnior, D., Fortes, L. S., Batista, G. R., Nakamura, F. Y., & Fonseca, F. S. (2021). Mental Fatigue From Smartphone Use Reduces Volume-Load in Resistance Training: A Randomized, Single-Blinded Cross-Over Study. Perceptual and motor skills, 128(4), 1640–1659.

[4] はじめにスクワット(最大で15回繰り返せる重量の85%の重りを用いて疲労困憊まで反復)を3セット実施させた。その後、SNSを使う/ドキュメンタリービデオを鑑賞するの2条件を設け、再び3セットのスクワットを行わせた。

[5] 前半3セットに対する後半3セットの総挙上重量の低下率はドキュメンタリービデオ鑑賞時では15%であったのに対し、SNS利用時では29%となった。

[6] 「今の精神的な疲労感はいかがですか?」という質問に対して、Visual Analogue Scaleと呼ばれる長さ10cmの黒い線(左端が「何もなし」、右端が「最大に感じる」)を用いて回答してもらった。

[7] トレーニング後に「何も感じない」~「最大限」までの10段階の尺度と運動時間をもとにトレーニング強度(きつさ)を数値化してもらった。

[8] Lee JW, Nam JJ, Kang KD, Han DH. The Effect of Smartphone App-Use Patterns on the Performance of Professional Golfers. Front Psychol. 2021;12:678691. Published 2021 May 24.

[9] プロゴルファー79名を対象にシーズン開幕4週間と前シーズンのパフォーマンスの変化をもとに、向上群(41名)と非向上群(38名)に群分けし、スマートフォンの利用状況との関係を検証した。ここでいうスマートフォンの利用状況は、スマートフォンの利用時間の他、SNS、娯楽(YouTube、音楽、Netflix、ポッドキャスト、ゲーム等)、シリアス(インターネットブラウザ、教育、ゴルフフォーム分析アプリ、日記等)、その他(銀行、買い物、配達等)の4カテゴリー別のアプリ利用時間である。