アパレルD2Cブランドの受注生産が増えている〜受注生産+待ち時間の価値化で廃棄を減らす

当局「売れ残った服を捨てたら罰金210万円です」

 2022年1月、フランスで売れ残った新品の衣料品の廃棄が禁止となった。余った商品は寄付やリサイクルの対象となり、違反したブランドには最大15,000ユーロ(約210万円※)の罰金が科せられる。ファッション最先端の国は規制も最先端だ。

 こうなった背景にはファッション界特有の負の側面がある。ファッションブランドは売り逃がしという機会損失を避けるために需要をはるかに上回る量の商品を供給することが商習慣となっている。これが大量廃棄につながり、環境負荷の観点から長らく問題となってきた。日本でも毎年新品服の約半分(!)が売れ残りその多くが廃棄されている[1]。なお、大量に商品が余ってもビジネスが成立するのは、新品服の価格には、売れ残りによる損失や廃棄コストがあらかじめ上乗せされているからだ。

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図表1 廃棄された洋服
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売れ残りの廃棄は難しくなっていく

 しかし現代はサステナビリティの時代だ。衣料品の廃棄を規制する動きは様々な国で起こるだろう。近く、オランダやスウェーデンでも廃棄の代わりにリユースやリサイクルのための回収を促進する規制が始まる。この他、ブルガリア、英国、スペインカタルーニャ地方でも同種の規制の検討が進行中だ[2]

 また、企業のレピュテーションリスクの観点でも余剰在庫の廃棄は難しくなっていくだろう。2018年、売れ残り商品の廃棄処分を公表した英Burberryは世界中から批判を浴びた(Burberry以外のブランドも同じことをやっているのだが)。ラグジュアリーブランドは、ブランド価値を毀損する在庫セールができないため余剰在庫を廃棄してきた。しかし、この時代にその道理はもはや通らない。ブランド毀損を防ぐためのアクションが、大きくブランドを毀損する結果となった。

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図表2 Burberryのショップ
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受注生産が廃棄を減らす(当たり前ですが)

 余剰在庫を確実に減らす方法は受注生産だ。予約販売を受け付け、その予約分だけ生産し発送することで、原理的に廃棄をゼロに近づけられる。そしてブランドが顧客とダイレクトにつながるD2C(Direct to Consumer)なら格段にやりやすい。

 近年、海外ではいくつものファッションブランドが自社サイトで受注生産モデルを取り入れている。米国のD2CスポーツウェアUltracor、ラグジュアリーブランドKHAITE、英ロンドンのD2CブランドKITRIなどがそうだ。また、ラグジュアリーブランドを集めたECサイトFarfetchも2021年8月に複数のブランドと共に受注生産販売を取り入れた。賛同したブランドにはBalenciaga 、Off-Whiteなどがある[3]

 国内でも受注生産モデルは増えており、直近でも受注生産専業のD2Cブランドが続々と誕生している。レディースファッションのADDIXY、ジェンダーレスのSIEC、生地から考えるメンズファッションのLOOPE、三菱ケミカルによるアパレルブランドage3026、ニットウェアのNORD CADRE、繊維専門商社スタイレムによるレディースブランドThings That Matterなどだ。

 またBEAMS、Nano Universe、United Arrowsなどの大手アパレルブランドも一部商品を受注生産にて提供している。

図表3 BEAMSの受注生産商品
出所:BEAMS

3ヶ月も待てません 〜受注生産の課題

 一方、これまで数々の企業が受注生産モデルで失敗してきた事実もある。その主要因の一つが長い待ち時間だ。受注生産では、顧客が予約注文をしてから商品を受け取るまでには数ヶ月の時間がかかる。即配が当たり前の時代にこのタイムラグは利用者にとって障壁となる。

 イタリアで受注生産やオーダーメイドを提供するブランドMarta Scarampiの代表Lucia Scarampi氏は「受注生産モデルの最大の難点は長い待ち時間です。顧客に、待つだけの価値があることを理解してもらうことが大きな課題となるでしょう」と言う[4]

119.5秒待てばおいしく飲めますよ 〜待ち時間を意味あるものに

 受注生産モデルで長い待ち時間が発生するのは不可避だ。ならばその時間を意味あるものにできないか?価値に転換できないか?

 アイルランドの老舗ビールメーカー「ギネス」はクリーミーなスタウトビールで知られる。世界中で愛されるこのビールは泡がきめ細かいためサーバーで注ぐのに他のビールよりも時間を要する。ギネスの正しい注ぎ方は大きく2ステップからなる。

① 専用グラスを45度に傾け3/4ほど注ぎ、きめ細かい泡が落ち着くのを待つ(ココが長い)
② 最後に真上からグラスが一杯になるまで注ぐ

 上記を正しく実践すると2分くらいかかる。これは色々な種類のビールが揃うパブなどでは不利だ。喉が渇いて来店した客は、注文から10秒そこそこで受け取れるビールと、2分待たなければならないビールのどちらを選ぶだろうか。

 そこでギネスはこの待ち時間を「おいしいビールを飲むための特別な時間」と定義し意味を持たせた。グラスの中で泡は(浮上するのではなく)滝のように勢いよく沈みながらだんだんと落ち着く。時間はかかるがこの工程がギネス特有のクリーミーな口当たりを実現するのに必要なのだと説いた。広告キャンペーンでは「1パイント(568ml)を完璧に注ぐのに119.5秒を要する」と伝え、退屈だった待ち時間を、待つに値するものに変えた。書いているだけでギネスが飲みたくなる。

https://www.youtube.com/embed/vD6XAUDX798
ギネスビールの正しい注ぎ方
出所:YouTube

洋服到着までの時間を意味あるものに

 そう考えれば、洋服の待ち時間も価値に転換できる可能性がある。例えば、工場から服の製造の様子をタイムリーに動画で届ける。「あなたの注文した服は今、裁断〜縫製工程にあります」という感じで状況を動画で定期的に届ける。デザイナー自身による商品解説、素材の生産者による生地にまつわるストーリーのシェア、工場の職人による難しい工程やそれに対する工夫の話なども素晴らしいだろう。

 デメリットでしかなかった待ち時間は、ブランドへの愛着や共感を高める機会に変わる。これもブランドと顧客がダイレクトにつながっていれば可能だ。当然コストはかかるが、顧客との長い関係性を築くのにつながるなら投資価値はあるだろう。

サステナビリティの時代にはダイレクト接点が活きる

 前回のコラムでは、D2Cによって中古服の流通を促進できる可能性を取り上げたが、新品服をロスなく提供することにおいても顧客とのダイレクト接点は活きる。消費がサステナブルになりつつある現代、受注生産に対する風向きも自然と良くなっていくだろう。その流れに乗るだけではなく、待ち時間を価値に変えていくことが差別化になる。そしてダイレクトコミュニケーションによってその価値を伝えていく。

 私は昔アイルランド・ダブリンのパブでギネスを頼んだとき、ステップ①の泡待ちのグラスを、もう受け取っていいものと勘違いし「なんかビールの量が少ないな、泡が多いし、新人なのか?」と思いながらテーブルに持ち帰った。すぐに店員がやってきて「You have to wait」と言いながらグラスを回収していった。この時の店員の哀れみが混じった苦笑いは忘れられない。待ち時間の価値を知らないとこうなる。

KDDI総合研究所コアリサーチャー 沖賢太郎

※1ユーロ140円で換算(2022.06.17)

◼️関連コラム
大企業がD2Cを目指すワケ
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メーカービジネスがシフトする〜「モノ売り」から「ライフスタイル提案」へ
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D2Cの全盛期はこれから ~サステナビリティの時代に活きるダイレクト接点
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◼️関連レポート
マスプロダクトがヒットしない時代のD2C (Direct to Consumer)
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マスプロダクトが売れない時代のD2C – part2 - 〜国内D2Cビジネスや既存企業のD2C転換への示唆
https://rp.kddi-research.jp/article/RA2021015

◼️参考文献
[1] 15億着の”売れ残り服” 多くが廃棄される現実…その衝撃の現場を取材!:ガイアの夜明け(2020.1.28)
https://www.tv-tokyo.co.jp/plus/business/entry/2020/021106.html

[2] Textile EPR: Recycling laws for fashion e-commerce across Europe
https://ecommercegermany.com/blog/textile-epr-recycling-laws-for-fashion-e-commerce-across-europe

[3] Farfetch launches pre-order service in an effort to minimise fashion waste(25 AUG 2021)
https://www.harpersbazaar.com/uk/fashion/fashion-news/a37392509/farfetch-pre-order/

[4] Pre-order is catching on as a solution to fashion’s overproduction problem(APR 21, 2021)
https://www.glossy.co/fashion/pre-order-is-catching-on-as-a-solution-to-fashions-overproduction-problem/