コロナ禍のもと、外出を控えて自宅で過ごす日々が多くなったのは私だけではないだろう。そうした日々を送る中、生活をより快適に、豊かにしようとする動きが進んでいる。食の領域では、従来から利用されてきたピザや寿司などの宅配サービスに加えて、「Uber Eats」や「出前館」などのフードデリバリーサービスも、日常生活に浸透したと言えるだろう。デリバリーで、ファストフードやファミリーレストランのメニューも家庭の食卓で気軽に楽しめるようになった。
一方、これらのサービスのうち利用できるものは、自宅周辺で提供されているサービスに限られていた。最近では、さらに家族以外の人とも、家庭の食卓で全国の料理店の食事を楽しめるようになってきた。
食卓で仲間と飲み会
法人向けにケータリングサービスを提供していたノンピは、コロナ禍を機にコミュニケーションフードデリバリー「nonpi foodbox」の提供を始めた。「nonpi foodbox」では、会社のオンライン飲み会向けに、調理・梱包された食事とビール・酎ハイ・ソフトドリンクなどの飲み物を、参加する社員らの自宅に配送。有名店を含め実際の料理店で振る舞われるものと同じ食事を、参加する人全員が同じ時間に楽しめる。自宅にいながら、飲み会という体験を共有できる。食事や飲み物という商品の購入に体験が加わることにより、参加した社員同士のコミュニケーションを促し、一体感や仲間意識が育まれる。
食卓で新鮮な産地の魚に舌鼓
自宅の近所で気軽に鮮度の良い産地の料理を購入し、家庭の食卓で楽しめるようにもなってきた。ローソンは、全国の店舗を対象に、冷凍食品メニューの提供を拡大している。デザートやベーカリー、弁当に加えて、真鯛やカンパチの刺身も販売している。スーパーが閉まった時間に帰宅しても、コンビニに立ち寄り刺身を購入できる。国内の養殖場で水揚げされた真鯛やカンパチがスライスされた後、アルコール凍結[1]される。流水解凍すれば、いつでも新鮮な刺身に舌鼓を打つことができる。
[1] アルコール凍結とは、マイナス30度程度のアルコールに、真空パックした食品を浸して急速に凍結する冷凍方法のこと。気体よりも熱伝導率が高いアルコールを利用するため、食品を速く凍結できることが特徴。
一方、鹿児島・熊本・東京で居酒屋を展開するREEDは、冷凍食品専用の自動販売機で、郷土料理の冷凍総菜を販売している。この自販機が自宅の近所にあれば、薩摩の郷土料理であるキビナゴの刺身や馬刺しなどを気軽に購入し、産地の料理店と遜色ない鮮度のまま、いつでも食卓でご当地グルメを楽しめる。
食卓でご当地グルメを味見
家庭の食卓でここまで全国の料理店の賑わいや味を楽しめるようになってきた。明治大学の宮下義明教授の技術を使えば、食卓で試食し味を確かめてから、ご当地グルメをお取り寄せすることも、夢ではないかも知れない。
宮下教授は、画面に映る料理の味を再現するディスプレイ「Taste the TV(TTTV)」を開発した。料理などの画像を表示するディスプレイと味を再現するための液体が入った複数のカートリッジで構成される。画面に映し出された様々な飲食物の味をセンサで測定し、基本五味(甘味・塩味・酸味・苦味・うま味)や辛味などを再現した混合液をクラッカーやトレーに噴出し、測定した飲食物の味を再現する。遠隔地へ映像とともに味の伝送にも成功しているという。こうした技術が洗練されると、自宅で利用できるようになるかも知れない。これまで現地の料理店でなければ味わえなかったご当地グルメも、食卓で再現し味見できるようになることを期待したい。
食卓で全国の人気料理店の賑わいや味を再現
このように、家庭の食卓が、家族の団欒の場から人気料理店の賑わいや味を楽しめる場になりつつある。「食卓の飲食店化」が進行していると言えるのではないだろうか。「食卓の飲食店化」の対象は、自宅周辺の料理店だけではなく、今後は、産地の魚市場の食堂や地域の郷土料理店や小料理屋など、美食家も唸らせる料理を振る舞う遠隔地の人気店にもますます広がっていくだろう。将来、自分の最もお気に入りの行きつけのお店が「自宅」という人も増えてくるかも知れない。
KDDI総合研究所コアリサーチャー 田中実