研究員がひも解く未来

研究員コラム

なぜマスプロダクトはヒットしづらくなったのか(前編)

ニコンが一眼レフの開発を停止

「ニコン、一眼レフカメラ開発から撤退 60年超の歴史に幕」と日経新聞(2022年7月12日)が報じた。報道後すぐにニコンが声明を出し、この「撤退」というのは日経の憶測であり、実際は一眼レフカメラの開発を「停止」しているのだと訂正した。

撤退ではないとはいえ、なぜ世界的なカメラメーカーが開発を停止するに至ったのか?それは当然ながら以前のように売れなくなったからだろう。近年のカメラの出荷台数の推移を見れば明らかだ(図表1、2)。2010年のピーク時には約1億2,000万台だった出荷台数は、2022年には約800万台まで落ち込んでいる。約93%もの縮小だ(図表1)。

図表1  世界のデジタルカメラ出荷台数 〜近年は減少傾向
図表1  世界のデジタルカメラ出荷台数 〜近年は減少傾向
出所:カメラ映像機器工業会(CIPA)
図表2  レンズ交換式デジタルカメラの出荷台数 〜ミラーレスは健闘も一眼レフは下降傾向
図表2  レンズ交換式デジタルカメラの出荷台数 〜ミラーレスは健闘も一眼レフは下降傾向
出所:カメラ映像機器工業会(CIPA)

商品タイプ別で見ると、一眼レフの減少が顕著だ(図表2)。一眼レフに代わりミラーレスが主流になりつつあると言われるが、出荷台数で見ればミラーレスも横ばいであり伸びているわけではない。かつてはメガヒットがいくつも起こったカメラ市場だが、近年は縮小の一途をたどっている。

これまでのレポートやコラムにて、現代は「マスプロダクト※がヒットしづらい時代」と書いてきたが、そもそもなぜヒットしづらくなったのか?我々の生活スタイルはどう変わったのか?改めて大局的に見ていこうと思う。

  ※マスプロダクト:多くの人に向けて、大量生産システムによって作られた商品。

マスプロダクトがヒットしづらくなった

生活者のニーズ別に、世の中の商品をざっくりと3つに分けて考える。全ての商品を網羅し漏れ・重複なく分類するのは困難なので、ここでは簡易的に以下のような分け方をしている。図表3はその概念図だ。

①生活必需領域:生活する上で必要な商品。冷蔵庫、洗濯機、TV、スマホなど。近年はPCもここに入るだろう。

②大衆的な趣味領域:多くの人に共通する趣味に関する商品。音楽プレーヤー、カメラ、ゲーム機器など。

③その他の趣味領域:②以外の趣味に関する商品。各種スポーツ用品、楽器など。

傾向として、かつてメガヒットが多く生まれた領域は、利用対象となる人の数が多いところだ。ここでは「①生活必需領域」と「②大衆的な趣味領域」がそれに当たる(もちろん③でメガヒットが起こらないということではない)。

図表3  ニーズ別の商品領域
図表3  ニーズ別の商品領域
出所:筆者作成

結論から言えば、現在、各領域は以下の理由でメガヒットが起こりづらくなっていると考えられる。順番に見ていこう。

①生活必需領域  :生活必需品はすで世の中に行き渡っている

②大衆的な趣味領域:各専用機器の機能をスマートフォンが取り込んだ

③その他の趣味領域:多様な趣味に細分化されるため、そもそもメガヒットが起こりづらい

①生活必需領域:生活必需品はすでに世の中に行き渡っている

図表3の中で最も市場規模が大きいのが生活必需品の領域だ。しかしこの領域の商品はすでに世の中に行き渡っている。図表4は主要耐久消費財の世帯普及率の推移だ。あらゆる商品が飽和していることがわかる。

図表4  耐久消費財の世帯普及率の推移
図表4  耐久消費財の世帯普及率の推移
出所:社会実情データ図録

もちろん生活必需品にはコンスタントな買い替え需要があり、販売台数だけなら一見ヒットに思えることもある。しかし近年、これら商品の事業性は大きく低減しており、ものによっては数が売れても事業が成り立たなくなっている。なぜなら、市場に飽和するくらいに普及した商品の多くはコモディティ化に向かう傾向があるからだ。機能で差別化することは困難になり、最終的には価格勝負に行き着く。そうなれば、利幅は減り、台数が売れてもビジネスとして成立しづらくなる。パナソニックは近年まで年間約600万台ものTVを世界で売っていたが、TV事業は赤字だと言われ、2021年4月には自社生産の縮小を発表するに至った[1]。同じように、他の日本の家電メーカーにおいてもTV事業の縮小・撤退が相次いでいる。

②大衆的な趣味領域:各専用機器の機能をスマートフォンが取り込んだ

趣味領域は、人の嗜好性によって細分化されるため、生活必需領域に比べると、個々の規模は小さくなる。しかし、多くの人に共通する趣味の領域ならメガヒットが期待できる。分野的には音楽鑑賞、写真撮影、映画鑑賞などに関する商品だ。かつてはウォークマン、iPod、コンパクトデジカメなどの大ヒット商品がいくつもあった。

しかし近年はこの領域の大ヒットも難しくなりつつある。なぜか?多くの人に共通する趣味なら、それを取り込もうとするデバイスが存在するからだ。スマートフォンである。スマートフォンは今や、音楽再生機であり映像再生機であり、そしてゲーム機器でもあり、さらには高性能カメラでもある。そして、新型のスマートフォンが出るたびにこれらの性能も上がっているのだ。このため、各種単体機器にかつてあったような需要を期待するのは難しい。

③その他の趣味領域:多様な趣味に細分化されるため、そもそもメガヒットが起こりづらい

③はシンプルに規模の話だ。②に比べると、③はよりニッチ性を伴う趣味の領域だ。ゆえに個々の規模は小さくなり、必然的にメガヒットは起こりづらくなる。

ヒットは起こりづらくなったがチャンスはある

以上が、ざっくりとではあるが現在の状況として考察したものだ。では、マスプロダクトのヒットはもう起こらないのか?そんなことはない。今も各領域にチャンスはある。次回は、近年の各領域における成功例を見つつ、それらに通底する要素を探っていきたい。

KDDI総合研究所コアリサーチャー 沖賢太郎

◼️D2C関連レポート
マスプロダクトがヒットしない時代のD2C – part2 - 〜国内D2Cビジネスや既存企業のD2C転換への示唆(2021/08/23)
https://rp.kddi-research.jp/article/RA2021015

マスプロダクトがヒットしない時代のD2C (Direct to Consumer)(2019/08/26)
https://rp.kddi-research.jp/article/RA2019015

◼️参考文献
[1] 【独自】パナソニック、TV事業縮小へ…中国大手に中小型を生産委託
https://www.yomiuri.co.jp/economy/20210429-OYT1T50213/