ちょっと特殊なアスリートの睡眠事情

最近、筆者は『ウェアラブルデバイスを使った睡眠改善法』という調査レポートを執筆した。レポートでは、一般の健康愛好家に向けて、睡眠時間の目安や、睡眠と生活習慣との関係などを考察した。ここでは、調査レポートを振り返りながら、ちょっと特殊なアスリートの睡眠事情に迫ってみたい。

7時間では不十分?

調査レポートでは、睡眠時間の目安について、次のようにまとめた。

死亡リスクを下げるという観点では、闇雲に沢山寝ることは避けた方が良い。また、死亡リスクを下げるためには、短眠よりも長眠を避けるべき一方で、短眠は太り過ぎを誘発する恐れがある。睡眠時間は、総じて長すぎても短すぎても良いわけではなく、一般人では、自己申告(自己認識)で7時間台が一つの目安になる。』

実のところ、筆者は、肉体的・精神的な負荷が高いアスリートの場合、この目安は当てにならないと考えている。ここでは、「アスリートの睡眠時間は最低8時間必要」という主張をするため、研究を2つ取り上げる。

1つ目は、持久系アスリートを対象とした研究[1][2]だ。この研究では、図1に示したように、対象者に普段の睡眠、普段より短い睡眠、逆に普段より長い睡眠をとってもらうことで、睡眠が持久系パフォーマンスに及ぼす影響を調べた[3]

図1 Robertsらの実験プロトコール

その結果、パフォーマンスは短い睡眠をとった際には落ち、長い睡眠をとった際には良くなっていた[4]。また、普段の睡眠、短い睡眠の条件では、自律神経の乱れが観察されたが、長い睡眠の後はその乱れも起きなかった[5]。この実験の睡眠時間はアスリート自身の申告ではなくデバイスを使って計測されたもので客観的であり、その平均値は短い睡眠が4時間台、普段の睡眠が6-7時間台、長い睡眠が8時間台であった。

2つ目の研究[6]は、82名の大学生アスリートを対象として、9カ月にわたって睡眠時間やトレーニング、怪我、体調不良の状況を調査したものだ。調査をしてわかったのは、睡眠時間が8時間以上確保できていたアスリートは、怪我や体調不良のリスクが低いことだった[7]

パフォーマンス向上にも、怪我や体調不良の予防にも、最低でも8時間は寝た方が良い。

夕食は血糖値が上がりやすい食事が良い?

理屈はさておき、血糖値が上がりやすい食事に良い印象を持っていない人は多い。調査レポートでも、閉経後女性を対象とした調査[8]を引用した上で、血糖値が上がりやすい食生活を送っている人は、不眠症のリスクが高まることを述べた。

ところが、アスリートの場合、血糖値が上がりやすい食事が悪いとは言えない状況もある。2018年の論文[9]では、若年男性レクリエーションアスリートたちを対象として、夕方に激しい運動をさせた後の食事を血糖値が上がりやすいパターンと上がりにくいパターンの2条件設けた上で、その夜の睡眠データを報告している。結果をみると、血糖値が上がりやすい食事を摂った晩の方が睡眠時間は長く、睡眠効率も高かった。

要するに、血糖値が上がりやすい食事を摂った日は、よく眠れていた。拡大解釈は出来ないものの、場合によっては、血糖値が上がりやすい食事の方がアスリートにとって心地よい眠りにつながる場合もある。

寝る前に食べるとたっぷり眠れる?

一般に、「寝る前の食事は健康に悪い」と言われている。これも、アスリートには例外がある。

男性エリート球技選手たちを対象とした研究[10]では、栄養調査とデバイスによる睡眠計測を10日間行っている。結果をみると、夕食から寝床に入るまでの間隔が長いと、睡眠時間が少なくなっていた[11]。研究者たちは、アスリートのような活動的な人の場合、食事から睡眠までの時間が長くなると、空腹感の増加や満腹感の低下に繋がり、目を早く覚ます可能性があると考察した。

夕食のタイミングと睡眠との関係は複雑で、その日の運動量、摂取エネルギー、摂取エネルギー比率、重量、タンパク質を構成するアミノ酸の組成などなど、様々な影響を受ける。また、寝る直前に食事をすると、睡眠時間は増えるものの、睡眠中に目を覚ましやすい。ゆえに、こちらも拡大解釈は出来ないが、筆者の知る限り、特別な疾患を抱えていないアスリートを対象として、寝る前の食事が悪いという強いエビデンスもないようだ。

アスリートの睡眠は乱れがち?

ここまで、アスリートは一般人より睡眠時間を多くとった方が良いこと、心地よい睡眠をとるための理想の食生活が一般人と異なるケースもあると書いた。ここからは、アスリートの睡眠が乱れがちなエビデンスを挙げた上で、心地よい睡眠をとり続ける意義を書いていく。

300人以上のアスリートを対象として、主観的な睡眠時間を調査した論文[12]がある。結果をみると、7時間未満の者が19%、8時間未満の者が50%もいた。別の論文[13]では、175名のエリートアスリートを対象として、「身体を休めるのに必要な睡眠時間」(必要時間)を聞いた上で、デバイスによって計測した睡眠時間を報告している。みると、必要時間の睡眠をとれている者は、わずか3%だった。睡眠時間の確保を妨げている原因は多岐にわたり、覚醒作用のあるカフェインの利用、長時間の移動、仕事や学業など、例を挙げるときりがない。ここでは、研究結果を2つ取り上げる。

1つ目は、朝練習。社会人スイマーたちを対象とした研究[14]によると、朝練習のある日は起床時間が早いことが影響し、睡眠時間が39分も少なかった。

2つ目は、合宿中の部屋割り。ユース年代のサッカー代表選手たちを対象として、2つの合宿中の睡眠データを計測した研究[15]がある。合宿のうち、1つは相部屋、もう1つは一人部屋だった。興味深いことに、トレーニングや試合の負荷には差がなかったのにも関わらず、睡眠時間(相部屋:6時間7分、1人部屋:7時間35分)、睡眠効率(相部屋:75%、1人部屋:88%)には著しい差があった。相部屋では相手への気遣い、相手のいびきなどによって睡眠が乱れたのかもしれない。あるいは2人でコソコソ話をしていたりして・・・。

アスリートは良質な睡眠確保に極振りを

競技力と睡眠時間は関係する。国際・全国・地域レベルのアスリート172人を対象とした調査[16]によると、国際レベルのアスリートの睡眠時間が長かった[17](図2)。また、前述した300人以上のアスリートを対象とした調査でも、競技力の高いアスリートの睡眠時間が長かった。

図2 Alves Facundoらの研究における競技レベル別の睡眠時間の平均値±標準偏差

注意点として、こういった調査では因果関係はわからない。競技力の高いアスリートの睡眠時間が多い理由が、睡眠をとれる環境で過ごせているのか、それとも睡眠時間の重要性を理解しているからなのかは突き止められない。おそらく個別に事情は違うだろう。

調査レポートでは、睡眠時間とは別に、睡眠の一貫性の重要性を次のように述べた。

『健康愛好家は、ある1日や一定期間の睡眠時間の絶対値、平均値だけでなく、日々の睡眠時間や就床時刻、起床時刻のバラつきにも気を配り、睡眠の一貫性を保つことによって、健康度を高められる可能性がある。』

睡眠の一貫性は、アスリートにとっても大切だ。昨年(2022年)の論文[18]では、大学生ソフトテニスプレーヤーたちを対象として、睡眠の一貫性に欠ける者ほど、サーブパフォーマンスが悪い傾向を認めている。前述のアスリート172人を対象とした調査でも、国際レベルのアスリートは、全国・地域レベルのアスリートに比べると、睡眠の一貫性を示すスコアが高かった。したがって、アスリートも日々の睡眠時間、就床時刻、起床時刻を保つ工夫をした方が良い。

終わりに私見を1つ。朝練習や合宿は、アスリートの体力向上に大切な負荷を積み上げるために役に立つ。しかし、その際に睡眠が犠牲になれば、増えた負荷に身体が適応できないだろう。そればかりか、怪我や病気に繋がり、努力に裏切られる可能性もある。これでは、決して正しい努力とは言えない。

ということで、アスリートの皆さん、その欲には抗わず、従ってみてはいかがだろうか。

KDDI総合研究所 招聘研究員 髙山史徳

◼️関連レポート
ウェアラブルデバイスを使った睡眠改善法(2023/01/25)
https://rp.kddi-research.jp/article/RA2023004

◼️参考文献
[1] Roberts, S. S. H., Teo, W. P., Aisbett, B., & Warmington, S. A. (2019). Extended Sleep Maintains Endurance Performance Better than Normal or Restricted Sleep. Medicine and science in sports and exercise, 51(12), 2516–2523.

[2] Roberts, S. S. H., Aisbett, B., Teo, W. P., & Warmington, S. (2022). Monitoring Effects of Sleep Extension and Restriction on Endurance Performance Using Heart Rate Indices. Journal of strength and conditioning research, 36(12), 3381–3389.

[3] 具体的な実験条件は、1) 普段通りの睡眠時間をとる条件(通常睡眠条件)、2) 普段に比べて30%短い睡眠をとる条件(睡眠短縮条件)、3) 普段に比べて30%長い睡眠をとる条件(睡眠延長条件)。各条件において、3夜連続睡眠に介入し、持久系パフォーマンスを調べるためのタイムトライアルは4日間連続行われた。

[4] 次の比較で統計学的有意差が認められた。3日目(睡眠短縮条件が通常睡眠条件に比べて遅い)、4日目(通常睡眠条件、睡眠短縮条件が睡眠延長条件に比べて遅い)。また、睡眠短縮条件内で比較すると、1日目に比べて2日目、4日目で遅い。

[5] 最後のタイムトライアルの翌日の起床時の結果。

[6] Hamlin, M. J., Deuchrass, R. W., Olsen, P. D., Choukri, M. A., Marshall, H. C., Lizamore, C. A., Leong, C., & Elliot, C. A. (2021). The Effect of Sleep Quality and Quantity on Athlete’s Health and Perceived Training Quality. Frontiers in sports and active living, 3, 705650.

[7] 順序ロジスティック回帰分析の結果。オッズ比は0.8(95%信頼区間:0.7-0.9)。

[8] Gangwisch, J. E., Hale, L., St-Onge, M. P., Choi, L., LeBlanc, E. S., Malaspina, D., Opler, M. G., Shadyab, A. H., Shikany, J. M., Snetselaar, L., Zaslavsky, O., & Lane, D. (2020). High glycemic index and glycemic load diets as risk factors for insomnia: analyses from the Women’s Health Initiative. The American journal of clinical nutrition, 111(2), 429–439.

[9] Vlahoyiannis, A., Aphamis, G., Andreou, E., Samoutis, G., Sakkas, G. K., & Giannaki, C. D. (2018). Effects of High vs. Low Glycemic Index of Post-Exercise Meals on Sleep and Exercise Performance: A Randomized, Double-Blind, Counterbalanced Polysomnographic Study. Nutrients, 10(11), 1795.

[10] Falkenberg, E., Aisbett, B., Lastella, M., Roberts, S., & Condo, D. (2021). Nutrient intake, meal timing and sleep in elite male Australian football players. Journal of science and medicine in sport, 24(1), 7–12.

[11] トレーニング負荷、前夜の睡眠時間、アルコール摂取量、カフェイン摂取量、年齢などを考慮した一般化線形混合モデル分析の結果。

[12] Randell, R. K., Anderson, R., Carter, J. M., & Rollo, I. (2021). Self-reported current sleep behaviors of adult athletes from different competitive levels and sports. Sleep science (Sao Paulo, Brazil), 14(Spec 1), 1–7.

[13] Sargent, C., Lastella, M., Halson, S. L., & Roach, G. D. (2021). How Much Sleep Does an Elite Athlete Need?. International journal of sports physiology and performance, 16(12), 1746–1757.

[14] Dunican, I. C., Perry, E. L., Gemma, M., Nesci, E., & Roberts, S. (2022). Understanding the sleep of ultra-marathon swimmers: Guidance for coaches and swimmers. International Journal of Sports Science & Coaching, 17(5), 974–983.

[15] Costa, J. A., Figueiredo, P., Lastella, M., Nakamura, F. Y., Guilherme, J., & Brito, J. (2023). Comparing Sleep in Shared and Individual Rooms During Training Camps in Elite Youth Soccer Players: A Short Report. Journal of athletic training, 58(1), 79–83.

[16] Alves Facundo, L., Brant, V. M., Guerreiro, R. C., Andrade, H. A., Louzada, F. M., Silva, A., & Mello, M. T. (2022). Sleep regularity in athletes: Comparing sex, competitive level and sport type. Chronobiology international, 39(10), 1381–1388.

[17] 数値はデバイス計測による客観値。次の比較で統計学的有意差が認められた。国際レベルと全国・地域レベル、全国レベルと地域レベル。

[18] Han, T., Wang, W., Kuroda, Y., & Mizuno, M. (2022). The Relationships of Sleep Duration and Inconsistency With the Athletic Performance of Collegiate Soft Tennis Players. Frontiers in psychology, 13, 791805.