元祖ファッションサブスクの株価が95%減
引き続き、サブスクブーム時のスター企業による失敗に注目する。今回はファッションサブスクの米Rent the Runway(以下、RTR)だ。RTRはファッションサブスクの起源のような存在であり、同社のビジネスは、その後世界中で続々とあらわれた追随サービスにとっての雛形となった。
しかし今、そのRTRの株価推移を見ると、上場直後をピークに約95%も下落している(図表1)。ファッションサブスクの先駆者に何が起こったのか?今回もパンデミックに伴う人々のライフスタイルの変化が、サブスクビジネスを大きく左右させた事例として紹介する。
パンデミックでユーザー数は60%減
RTRは、2009年にハーバードビジネススクールの卒業生が立ち上げた会社だ。2016年には、月額159ドルで洋服やアクセサリーを4点借りられて、いつでも何度でも交換可能な「Rent the Runway Unlimited」を開始。仕事やパーティなど様々なシーンにあった洋服が借りられるとあり都市部の女性の間で人気サービスとなった。2019年3月には時価総額が10億ドルに達してユニコーンとなる。
ところがそこにパンデミックが起こる。RTRの商品は普段着ではなく「よそ行き」だ。外出機会が減ったことで、RTRの事業は大打撃を受けた。2019年Q4には13.4万人いたアクティブユーザーが、2020年Q1には5.3万人となった。60%もの激減だ(図表3)。
上場に向けたリカバリー策
勢いのある新興企業の多くが株式上場を目指すように、RTRも上場を視野に入れていた。その矢先のパンデミックだった。RTRはコロナ禍の中で業績を立て直すために3つの施策を進めた。
1つ目は「Rent the Runway Unlimitedプランの廃止」だ。ウリであった月額159ドルで交換無制限のプランをあきらめ、レンタル商品数をそれぞれ固定した3つのプランに切り替えた。商品数が4個で月額89ドル、8個で月額135ドル、16個なら月額199ドルだ。無尽蔵に発生していた交換に伴う物流コストを抑制することが狙いだ。
2つ目は「レベニューシェアモデルの拡大」だ。RTRは基本的に、提携メーカーから商品を卸値で買取り、それをサブスクサービスの中で提供していた。これに対し、以前より導入を進めていたレベニューシェアモデルでは、仕入れの時点ではメーカーへの支払いは発生せず、サブスクユーザーの商品利用度に応じて、売上をメーカーとシェアする。仕入れ時に大きな費用が発生しないため、RTRは財務負荷を軽減できる。買い取りモデルからレベニューシェアモデルへの移行を強化したことで、RTRは全商品に占める後者の比率を、約26%(2019年度)から約54%(2020年度)に拡大させた。
3つ目は「中古販売の開始」だ。サブスクユーザーから戻ってきた商品の一部を中古品として売り始めた(図表4)。世の中では、節約やサステナブルの観点から中古アパレル市場が盛り上がりを見せていたタイミングだ。中古販売によって売上を伸ばすことで、業績回復を急いだ。当初、中古販売はサブスクユーザーだけに提供されていたが、その後2021年には、非ユーザーにも提供を拡大している。
パンデミック中の上場を決めた強気の想定
2021年10月にはRTR念願のNASDAQ上場にこぎつける。しかしなぜコロナ禍というタイミングで、しかも業績がダメージを受けている中で上場を決めたのか?
RTRは、パンデミックが終われば成長軌道に戻れると想定していた。上場に際した目論見書では、パンデミックによって2020年度の売上は前年比37.8%減となったものの、2021年Q1とQ2では回復基調にあることを踏まえて、RTRの事業が「将来的には大幅な成長をとげる可能性がある」と述べている[1]。
また、この目論見書では、自社ビジネスの追い風になる市場環境として、「所有から利用へ向かう価値観変化」、「オンラインショッピング市場の成長」、「ソーシャルメディアがファッションを推進する」、「増加する女性の労働力」、「サステナビリティ意識の高まり」、「中古市場の盛り上がり」をハイライトしている。これらのムーブメントがRTRのビジネスの成長を後押しするという想定だ。
つまり、パンデミックで業績は大きな影響を受けたが、足元では回復してきており、さらには市場環境も自社ビジネスに順風となっている、ゆえに今後も継続的な成長が可能である、という想定であった。
狙いが外れた成長戦略
前述のテコ入れ施策の効果もあり、2022Q2期末のアクティブユーザーは13.5万人となり、パンデミック前の水準(13.4万人、2019年Q4)に戻した。しかし問題はその後だ。ユーザー数は横ばいが続く(図表5)。売上も同様だ(図表6)。
RTRが想定していた「継続的な成長」が止まった。パンデミックのピークが過ぎても、仕事やイベントに来ていくための服を借りようという人は増えなかったのだ。想定は誤りだった。
このニーズの停滞はファッションサブスク全体にとっても逆風となった。RTRと並び、ファッションレンタルサービスで注目を浴びた米Stitch Fixも業績を伸ばせずに苦戦が続く。米百貨店のNordstromは2022年6月、提供していたファッションサブスクサービスを終了した[2]。これらの状況について、米小売調査会社ジェーン・ハリ・アンド・アソシエイツのCEOはこう語る。「ファッションサブスクは今も苦境にある。Covid-19を通じて我々生活者は、より少ないもので多くのことができることを学んだ。もう毎月クローゼットの中身を新しいものに入れ替える必要はない。[3]」
さらにRTRでは、パンデミックを乗り切るために積み重なった借金が重荷となり、バランスシート上の債務超過が続いている。直近の2024年Q1においては、資産が2.78億ドル、負債4.2億ドル、純資産が-1.4億ドルの債務超過だ。借金でパンデミックを乗り切れば、回復してくるであろうニーズを取り込み再び成長トラックに乗れると考えたが、実際はそうはいかなかった。
上場企業に求められるのは「継続的な成長」だ。サブスクビジネスならば、既存顧客を維持しつつ、新規を増やしていくことが不可欠になる。加入者が増えなければ、株主は「成長が止まった」と判断し投資を避ける。RTRの株価が低迷を続けている理由はこれだ。
見たくないものを見る
前回のPelotonに続き、人々のライフスタイルの変化がビジネスに影響を及ぼした事例としてRTRを紹介した。
両社の失敗の根底には共通点があると感じる。PelotonもRTRも「自社ビジネスにとって都合のよい未来を想像した」ことだ。
Pelotonは、パンデミックによって高まったホームフィットネスニーズをとらえ急成長したが、その後のパンデミック鎮静化に伴うニーズ減少を読めなかった。自社のビジネスは成長を続けると考えていたが、誤りであった。
RTRは、パンデミックによって大打撃を受けたが、パンデミックが落ち着けばファッションサブスクのニーズが回復し拡大していくと踏んだ。それを見越して上場をとげたが、ニーズの拡大は起こっていない。同社の株価も停滞したままだ。
人間は「見たいものしか見ない」といわれる。だからこそ組織には、「見たくないものを見る」、「自社に都合の悪いシナリオを想定しておく」ための機能を意識的に作っておくことが大事になるのだろう。
次回もサブスク失敗事例に着目する。
KDDI総合研究所コアリサーチャー 沖賢太郎
関連コラム
サブスク革命児たちのビジネス史に残る失敗②〜市場変化を見誤ったPeloton(2024-06-24)
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/5214
サブスク革命児たちのビジネス史に残る失敗①〜成就しなかった値引き戦略(2024-06-19)
https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/5196
参考文献
[1] RTR 上場目論見書(Oct 4, 2021)https://www.sec.gov/Archives/edgar/data/1468327/000119312521291103/d194411ds1.htm#tx194411_4
[2] Retail Dive “What Trunk Club’s demise says about apparel subscriptions”(Jun 2, 2022)
https://www.retaildive.com/news/what-trunk-clubs-demise-says-about-apparel-subscriptions/624667/
[3] Modern Retail “Stitch Fix struggles continue as demand for styling services declines”(JUN 9, 2022)
https://www.modernretail.co/retailers/stitch-fix-struggles-subscription-styling-decline/