「最近、仕事が忙しくて、運動不足なんです」
そう話す人のスマホアプリを覗いてみると、歩数は1日約3000歩。体を動かす機会といえば、週に何度かある出社時の駅までの往復ぐらい。朝は時間に余裕がなく、夜は夜で子どもの寝かしつけや食器洗い、ドラマの視聴など、やることが沢山。何かと忙しい現代社会で運動の優先順位が下がるのは、ある意味で仕方のないことかもしれない。
一方で、そんな中でも、信じられないくらい運動している人もいる。早朝から走りに出かけたり、昼休みに会社近くのジムに行ったり、仕事終わりに汗を流してから帰宅したり。「あの人、本当に働いているの?」と疑いたくもなるが、仕事はちゃんとハードワークしている。
では、限られた時間の中で、なぜ多忙を押してまで運動する時間を確保しているのだろうか。ここでは「忙しい人はなぜ運動するのか?」を少しサイエンティフィックに考えてみたい。
「頭が疲れる」って何?
ヒントになるのが「メンタル疲労」という現象だ。メンタル疲労とは「持続的な認知活動によって引き起こされる精神生物学的状態」と定義されていて[1]、仕事を例にすると、長時間の会議やPC作業などで、集中力や判断力、やる気といった頭のリソースがじわじわ削られている状態のことだ。
メンタル疲労という言葉自体は知らなくても、午前中の集中力が高いうちに難しい仕事を済ませる、あるいは午後の眠気が出やすい時間帯にはメール返信や資料整理などの比較的軽い作業をあてる。そんな風に、無意識にメンタル疲労マネジメントをしている読者も多いのではないだろうか。
つまり、「頭が疲れる」という感覚こそが、メンタル疲労なのである。
メンタル疲労に対抗するには?
そんなメンタル疲労には、どう抗えばよいのか。一般的には、コーヒーを飲む、動画を視る、ストレッチをするといったリラックス法をイメージするかもしれない。
でも実のところ、汗をかくような運動が理にかなっている。99名を分析対象とした研究[2]では、1時間にわたりパソコンでの情報処理や判断を繰り返すような作業で、あえて頭を疲れさせたあとに、30分間の有酸素性運動をしてもらった。その結果、テレビ視聴やストレッチをした場合に比べて、タスクの切り替え能力を示す認知柔軟性や気分、モチベーションが回復していた。さらに最近の研究[3]では、わずか10分の有酸素性運動をするだけでも、メンタル疲労を軽減する効果があることも分かっている。
「体を動かしたら頭がスッキリした」という感覚は、気のせいではなく、科学的にも裏付けがある。仕事の間に体を動かすことは、その後のハードワークにもつながるのである。
習慣にすると、そもそも「頭が疲れにくくなる」
これまで挙げてきたエビデンスは、運動による一時的な回復効果に関するものである。しかし、体を動かすことのメンタル疲労への効果はそれだけにとどまらない。日ごろから運動をしている人は、そもそも頭を使う作業に対して疲労しにくくなるのである。
週5回以上のトレーニングを行っているアスリート20名と、運動習慣のない同年代20名に対し、約50分間、画面に次々と現れる表示に対して正しく反応し続けるという、頭を使う課題を行わせた研究[4]がある。結果を見ると、アスリートの方が主観的なメンタル疲労の上昇が小さかった。また、日ごろから勉強疲れを抱えている大学生に、6週間にわたって週3回のジョギングを続けてもらったところ、勉強疲れが軽くなり、認知負荷テスト後に感じる疲れも運動を始める前よりも減っていた[5]。
これらの研究はいずれも、習慣的に体を動かすことが、頭を酷使した後の疲労軽減に役立つことを示している。
さらに別の研究[6]では、健常男性に7週間、週3回の有酸素性トレーニングを行ってもらったところ、意図的に約40時間眠らずに過ごしても、集中力を必要とするテストでのうっかりミスが少なくなるという適応が見られた。もちろん、睡眠不足のない環境で働くのが理想だが、日頃運動をしている人は、こういった非常時にもハイパフォーマンスを保ちやすい可能性がある。
忙しいからこそ運動する
こうしてみると、忙しい人が運動をしている理由は、単なる趣味や健康維持、体重管理だけではないのかもしれない。体を動かすことで、頭の疲れからの回復が早まり、疲れにくい心身を保ち、睡眠不足といったイレギュラーな事態にも対応できる。ペースや大会の順位といった数字や体形の変化ほど目立ちはしないが、これらは日々の仕事や学業のハイパフォーマンスを支える、目に見えない資産だ。つまり、忙しいのに運動しているのは、単なる格好つけではなく、理にかなった行為なのである。もしかしたら、「忙しいからこそ運動している」のかもしれない。
今日も早朝の公園や、昼休みのジム、夜の街角で、そんな人たちが汗を流している。あなたの隣にいる、忙しそうなのに運動している人も、きっとその一人だろう。忙しさをしない理由ではなく、する理由に変える。その世界は、あなたのすぐそばにあり、あなたを待っている。
独立研究者(KDDI総合研究所リサーチフェロー) 髙山 史徳
[1] Marcora, S. M., Staiano, W., & Manning, V. (2009). Mental fatigue impairs physical performance in humans. Journal of applied physiology (Bethesda, Md. : 1985), 106(3), 857–864. https://doi.org/10.1152/japplphysiol.91324.2008
[2] Oberste, M., de Waal, P., Joisten, N., Walzik, D., Egbringhoff, M., Javelle, F., Bloch, W., & Zimmer, P. (2021). Acute aerobic exercise to recover from mental exhaustion – a randomized controlled trial. Physiology & behavior, 241, 113588. https://doi.org/10.1016/j.physbeh.2021.113588
[3] Randfield, E., & Phillips, S. M. (2025). The Acute Effect of Moderate-Intensity Steady-State Exercise and High-Intensity Interval Exercise in a Mentally Fatigued State on Subjective Ratings of Mental Fatigue. Research quarterly for exercise and sport, 1–9. Advance online publication. https://doi.org/10.1080/02701367.2025.2496269
[4] Jaydari Fard, S., Tahmasebi Boroujeni, S., & Lavender, A. P. (2019). Mental fatigue impairs simple reaction time in non-athletes more than athletes. Fatigue: Biomedicine, Health & Behavior, 7(3), 117-126. https://doi.org/10.1080/21641846.2019.1632614
[5] de Vries, J. D., van Hooff, M. L., Geurts, S. A., & Kompier, M. A. (2016). Exercise as an Intervention to Reduce Study-Related Fatigue among University Students: A Two-Arm Parallel Randomized Controlled Trial. PloS one, 11(3), e0152137. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0152137
[6] Sauvet, F., Arnal, P. J., Tardo-Dino, P. E., Drogou, C., Van Beers, P., Erblang, M., Guillard, M., Rabat, A., Malgoyre, A., Bourrilhon, C., Léger, D., Gomez-Mérino, D., & Chennaoui, M. (2020). Beneficial effects of exercise training on cognitive performances during total sleep deprivation in healthy subjects. Sleep medicine, 65, 26–35. https://doi.org/10.1016/j.sleep.2019.07.007