以前、女子マラソンを題材に、妊娠出産による一時的な競技活動の休止が、その後のハイパフォーマンスにつながることもあり、競技者としてのキャリアの観点からみてもプラスになりうることを説明した[1]。
「では、男性アスリートの場合はどうなのだろうか?」
父親になり弱くなったアスリートたち
そんなことを一人考えていた昨年、「Becoming father negatively affects professional road cycling performance」という論文が発表されていた[2]。タイトルを直訳すると、「父親になることはプロのロードサイクリングのパフォーマンスに悪影響を与える」になる。一般に、メディアの記事タイトルとは異なり、学術論文のタイトルは控えめなことも多いため、ここまで直截的なのは若干の驚きを感じる。
論文では、男子プロロードサイクリスト267名を分析対象として、子どもの誕生後の120日間(または150日間)の成績を、前年同期間と比べている。その結果とは、子どもが産まれると、父親アスリートたちの成績に低下傾向が見られ、特に第一子誕生後では統計学的に有意な低下(120日間)が確認されたというものだった。
あくまで数値の比較であり、理由そのものを明らかにしたわけではないが、可能性としては、子どもが産まれることで睡眠が分断されること、遠征やレースの選択が慎重になること、テストステロンの低下など体内のホルモン環境の変化、といった点が挙げられている。
ここまでを読んで、「子どもが産まれることは、女性アスリートにとってはプラス、男性アスリートにとってはマイナス」と単純化するのは適切ではない。その理由は前提条件が異なるからである。
すなわち、女性アスリートは妊娠出産に伴って大会から年単位で離れざるを得ない局面が生じるのに対し、男性アスリートは基本的に出場可能で、スケジュール上の中断は起きにくい。実際、以前のコラムで扱った論文[3]では、年単位の比較なのに対して、今回の論文では、子どもが産まれた直後のパフォーマンスを見ている。
父親アスリートたちは何を語るか?
ここで少し視点を変える。男子プロロードサイクリストを対象としたような量的研究は、同一選手内での前後差や、効果の方向と大きさの推定に向く。一方で、なぜその差が生じるのかといったプロセスや文脈までは捉えにくい。これに対して、アンケートやインタビューにもとづく質的研究は、当事者の語りから意味づけや背景の理解に役立つ。
父親を含む男性ノルディックスキー選手たちを対象にした質的研究[4]では、子どもの誕生直後から初年度にかけて、睡眠の分断や家族内の役割の調整、練習・レースのスケジュール調整など、細部の判断が日々積み上げられることが語られている。その後、家族のサポート体制やチームの運用を含めてアプローチが固まり、練習の優先順位が明確になっていくという声が多い。すなわち、子どもが産まれた後、試行錯誤を伴いながら時間をかけて整えていくイメージだ。
父親でもある男性エリート中長距離ランナーたちを対象とした別の質的研究[5]でも、父であることが動機づけや集中力を高めるプラスの影響がある一方で、睡眠や準備に費やす時間の削減、練習の質の低下につながるといったマイナスの影響も語られている。また、アスリートとしての自分と、父親としての自分の配分をその都度調整するという実像も示されている。
かつて父親は補助的存在とみなされ、育児の実務や子どもの情緒的なケアは母親の役割とされてきた。ところが近年は、父親も日常的なケアに主体的に関わることが望ましいという価値観が広がっている。この変化を背景に論じられているのが、ケアリング・マスキュリニティ(他者へのケアや関係性の維持を重視する新しい男性性のあり方)である。エリートスポーツでも、出産への立ち会い、保育施設への送迎、寝かしつけの分担など、日常のケアに時間と注意を費やす場面は珍しくなくなってきた。
これらを踏まえると、アスリートとしての競技への集中と、家庭への関与の配分調整そのものが顕在化し、「動機が明確になる」などのプラス面と、「競技に費やせる時間が削られる」などのマイナス面が同時に語られるのは、ある意味必然だろう。
メジャーリーガーは父親休暇で成績が上がるのか?
ところで、メディアでは「父になって責任感が増し、家族が支えとなって強くなる」といった前向きな言い方がよく見られる。例えば、アメリカ・メジャーリーグでは、父親になった直後に本塁打を放つと「Dad Strength」と報じられることがある。大谷翔平選手のケースでも、父親となって最初の一発が大きく取り上げられた。こうした出来事はわかりやすく、見出しにもなりやすい。ただ、単発の話題と、シーズンやキャリアの全体像は一致しないことが多い。
実際に、メジャーリーグベースボールの選手データに基づいた分析記事を提供するウェブサイトFanGraphsの記事[6]によると、2017〜2020年にパタニティ・リスト[7]入りした115件を対象に、復帰後7日・14日・シーズン平均の成績を比べているが、打者では有意な上振れは見られず、投手でも一貫した改善は確認されなかった。結論として、「パタニティ・リストは成績に大きな影響を与えない」とされている。
どう考えるべきか?
女性は年単位で復帰線を引く。男性は年単位で整えていく。という違いはあるが、どちらも数か月では測りきれない。もちろん、事情によっては男性でも年単位の休止を選ぶことがあるため、これはあくまで典型例だ。
結局のところ、女性の場合と同じく、男性も評価の単位を数週、数か月ではなく年単位に置く必要があるだろう。子どもが産まれた最初のシーズンにパフォーマンスが揺れやすいとしても、その後の試行錯誤やサポート体制の構築で整えていく余地がある。単発の出来事で語るのではなく、数年でどんなピークを描くのかに目を向けたい。
選手は焦らず、昨日の手応えの有無に過度に引きずられない。指導者やサポートは、数年のスパンでも計画を立てる。観る側も、見出しの一発だけでなく、どんなピークを描きにいくのかも楽しみたい。
エピソードは点、キャリアは線である。
独立研究者(KDDI総合研究所リサーチフェロー) 髙山 史徳
[1]髙山史徳「女子マラソン界から考えるオーバー30アスリートのポテンシャル」 (研究員コラム 2024-01-26)
[2] Baetens, A., Belien, J., & Van den Bossche, F. (2024). Becoming father negatively affects professional road cycling performance. Cogent Social Sciences, 10(1), 2321705.
[3] Darroch, F., Schneeberg, A., Brodie, R., Ferraro, Z. M., Wykes, D., Hira, S., Giles, A. R., Adamo, K. B., & Stellingwerff, T. (2023). Effect of Pregnancy in 42 Elite to World-Class Runners on Training and Performance Outcomes. Medicine and science in sports and exercise, 55(1), 93–100.
[4] Bergström, M., Solli, G. S., Sandbakk, Ø., McGawley, K., & Sæther, S. A. (2024). Finding the optimal balance: father-athlete challenges facing elite Nordic skiers. Frontiers in Sports and Active Living, 6, 1427211.
[5] Smith, S. V., Darroch, F. E., Giles, A. R., & Wykes, D. (2024). Fatherhood and elite athletics: sacrifice, selfishness, and gaining “dad strength”. The Journal of Men’s Studies, 32(1), 152-177.
[6] Raff, J. T. (2021, July 13). Thinking about my baby: Does paternity leave affect performance? FanGraphs Community. https://community.fangraphs.com/thinking-about-my-baby-does-paternity-leave-affect-performance/
[7] パタニティ・リストは最長3日間、選手がチームを離れることができる制度である。