技術革新の加速化や生活者の価値観・ニーズの多様化が進み、サービスや商品の陳腐化が速い世の中になった。多くの企業は、新たな事業やサービス・商品を創出し、生活者に新しい価値を提供するため、専門性の高い知識や豊富な業務経験を持つ多様な働き手を求めている。一方、人口減少に伴い人手不足が進む中、多くの企業は、多様な働き手を雇用するため、個々のワークスタイルを尊重し、副業(サブワーク)、複業(パラレルワーク)など複数の仕事を持つ働き手も増えつつある。加えて、コロナ禍の中、テレワークやノマドワーク[1]など場所を問わないワークスタイルを許容する企業も増加している。このように、多くの企業は、働き手に働き方の裁量を委ねて、働き手は、自らの意思で働き方を選択できる時代になってきた。
他方、副業や複業を行う人が増えるにつれて、様々な仕事に携わる中、各仕事に対する適性を見極める機会が、今後、より一層増えるようになることが見込まれる。特に初めて行う仕事の場合、その仕事が自分に向いているかどうかを、働き手自身も働き手を雇う企業も見極めることが難しいと考えられる。高いスキル・能力や豊富な業務経験を持つ働き手であっても、自らが選択した業務や職場になじめず離職する人も一定数顕在化している。どのようにすれば、働き手自身も働き手を雇う企業も、新たな業務や職場に対する働き手の適性を見極められるのか、近年注目されている働き手の適正評価を提供するサービス事業者へのインタビューを元に読み解いていく。
[1] ノマドワークとは、ノートパソコンやスマートフォン、タブレット端末などを用いて、オフィス以外の場所で働くこと。遊牧民を意味する「ノマド(nomad)」と、ワーク(働く)を組み合わせた造語。
働き手の適性を評価する指標「コンピテンシー」とは
働き手の適性を評価する指標として、「コンピテンシー」というものがある。コンピテンシーとは、「各業務や各職場において期待される成果を安定的かつ継続的に挙げている人に共通して見られる行動特性」を指す。例えば、AIデジタル面接「HireVue」を提供しているタレンタ株式会社は、コンピテンシーとして「達成意欲と主体性」「学習意欲」「状況適応力」「チーム志向」「ストレス耐性」「信頼性」「コミュニケーション力」の7つの指標を評価している。
コンピテンシーを活用して働き手を評価するサービスを提供する複数の事業者を対象にインタビュー調査を行ったところ、これらのサービスを利用する多くの企業が、主に「採用」「配置」「育成」の領域でコンピテンシーを活用していることが分かった。その背景には、企業が、働き手自身のスキル・能力・経験だけではなく職場環境や人間関係への適性も、より一層重視するようになっていることが挙げられる。年齢や学歴、経験年数に基づき、その人の適性を判断しても、入社後に必ずしも活躍するとは限らない。そのような理由から、「新規事業やDX[2]など新しいことに取り組んで成功できる人は、どのような能力を持つか」「この部門はどのような人で構成されているか」など、業務や職場に応じて働き手の適性を可視化したいというニーズが高まっている。
[2] DX(Digital Transformation)とは、デジタル技術を浸透させることで人々の生活をより良いものへと変革させること。
「採用」「配置」「育成」におけるコンピテンシーの活用事例
「採用」領域のコンピテンシー活用事例として、求職者と採用企業向けにミイダス株式会社が提供している、中途採用の転職支援・採用支援サービス「ミイダス」がある。同サービスは、求職者がWebの質問に回答することにより、その求職者のコンピテンシー(向いている職種、パーソナリティ、ストレス要因、上下関係適性)を分析し評価する。企業は、求職者のコンピテンシーに基づき、業務の経験の有無にかかわらず、入社後の活躍を期待できる求職者と面接ができる。一方、求職者自身も、未経験の業界や職種の企業から、面接の申し出が届くことがある。同社は、経験がなくても活躍できる働き手の潜在性を企業と働き手の両者に展開し、働き手の流動性を高めたり、一極集中している働き手の需給バランスを社会全体で最適化したりすることに取り組んでいる。
「配置」の領域では、Institution for a Global Society株式会社の人材評価ツール「GROW360」の事例がある。GROW360は、コンピテンシー・気質・スキルの3つの指標を測定する。そのうちの1つ、コンピテンシーは、自己評価と他者評価の360度評価により測定する。同社によると、ある大手企業では、事業部ごとに活躍している人材データからコンピテンシーモデルを作成し、中堅社員の新たな配属先を決めるための検討材料にしている事例があるという。例えば、測定の結果、配属検討対象の中堅社員と各事業部で活躍する人材のコンピテンシーに共通点が多かったとする。その場合、未経験業務の事業部であっても、中堅社員に新たな業務へのチャレンジを提案できるという。
「育成」の領域では、前述のタレンタ株式会社のAIデジタル面接「HireVue」を活用している企業の事例がある。HireVueは、組織心理学と自然言語処理の技術を活用し、コンピテンシー・認知能力・感情知性を評価している。ある企業の営業部門は、営業トークが優れた人をロールモデルとしたロールプレイングのツールとして、HireVueを活用しているという。否定的な反応を示すお客様に納得していただくために、「○○のような場面ではどのようにお客様に納得していただきますか」というHireVueの質問に対して、各営業担当が回答し、その中からHireVueの点数の高い人をモデル人材としている。
社会全体の「適材適所」により到来する未来
「採用」「配置」「育成」における事例が示すとおり、多くの企業は、コンピテンシーを活用することにより、働き手の適性を可視化し、業務や職場における「適材適所」の実現に向けた取り組みを始めている。近い将来、働き手を雇う企業や組織・団体だけではなく、働き手自身も、自らのコンピテンシーを把握できるサービスが普及していくのではないかと予想している。働き手自身が、自らのコンピテンシーを理解することにより、経験の有無にかかわらず、自らに適性がある仕事や職場を選択できるようになるだろう。個々の働き手が「適材適所」を選択できることで、企業や組織・団体、働き手の双方の満足度が向上し、高い生産性が維持でき、持続可能な経営を実現するようになることが期待される。今後、社会全体の「適材適所」が進むことにより、働き手が自覚していない自らの強みを把握し、その強みを最大限に発揮できる、いわゆる「居場所」を見つけることができる未来の到来を待ち望んでいる。
KDDI総合研究所コアリサーチャー 田中実