研究員がひも解く未来

研究員コラム

女子長距離界はどこへ向かっていくのか

日本の女子マラソンは、かつて世界最強だった。

2000年シドニー五輪では高橋尚子選手、2004年アテネ五輪では野口みずき選手がそれぞれ金メダルを獲得した。また、高橋選手は2001年に世界最高記録も樹立している。これらの事実からも明白な通り、当時の日本女子マラソンは世界の中心にいた。

他方、現在では世界との差は大きい。女子マラソンの世界記録の更新幅は凄まじく、2019年に2時間14分、2023年に2時間11分、2024年には2時間9分にまで短縮している。それに対し、日本記録は、2024年に前田穂南選手が19年ぶりに更新したものの、その更新幅は13秒にとどまる(2時間18分59秒)。四半世紀で世界との差は約9分、距離にして約3kmにも広がった。

この差の原因としては、東アフリカ勢の国際的台頭、育成環境、指導体制、駅伝文化の有無など、いくつか考えられるが、何か特定の1つに理由を求めるのは、無理があるだろう。それを前提として、本コラムでは、ハイパフォーマンス発揮と健康を守るという、アスリートにとって両立すべき2つの要素から、女子長距離界の現状と将来について考えてみたい。

男子と女子の実業団の違い

日本の長距離界を考える上で、実業団は避けて通れない。多くの有力選手が所属し、日々の練習、生活、食事、競技活動がチームという単位の中で組み立てられているからである。だからこそ、女子長距離界における栄養の問題を考える際にも、実業団という場に目を向ける必要がある。

ここで馴染みのない人たちに説明すると、日本には高校・大学卒業後も企業に所属し、社員として働きながら、あるいは競技活動を中心とした勤務形態の中で競技を続ける実業団という仕組みがある[1]。これは、他国と比べても独自性の高い仕組みだ。実業団では、秋から冬にかけて開催される駅伝やマラソン大会が重要なレースとなる。企業名を背負い、日々の競技活動に取り組む。とりわけ、駅伝では個人の走力だけでなく、チームとしての成績も強く求められる。ここまでは、女子長距離界も男子長距離界も同じである。

しかし、健康問題に目を向けると、女子長距離界には特有の難しさがある。月経異常、貧血、疲労骨折、摂食障害などの健康問題が、重要なテーマとして扱われ続けている。個別の出来事は、外から見える情報で断定できるものではないし、ここで具体例を挙げるつもりもない。ただ、現在でも、国内のトップアスリートが深刻な問題を抱えていたことを示唆するメディア報道や発言は少なくなく、この問題が未解決なことは確かだろう。

これらの健康問題に的確に対応するには、十分な栄養をとることが不可欠である。もちろん、エネルギー不足や栄養の問題は男子選手にも関わるが、女性の身体では、エネルギー不足の影響が月経機能や骨の健康に表れやすく、競技力だけでなく、生殖機能を維持できる状態にあるかどうかとも関わってくる。こうした栄養の重要性は、これまでにも語られてきた。低エネルギー可用性[2]、REDs(Relative Energy Deficiency in Sport)[3]といった専門用語も、以前に比べると関係者の間で共有されるようになってきたように感じる。

では、実業団では栄養の問題にどの程度意識が向けられているのか。その一端を知るために、筆者は、クイーンズ駅伝(全日本実業団女子駅伝)とニューイヤー駅伝(全日本実業団駅伝)の上位20チームを対象に、各チームの公式ホームページ上でスタッフとして管理栄養士が掲載されているかを調べてみた[4]。その結果、女子では9チーム(計13名)の掲載が確認されたのに対し、男子ではわずか1チーム(1名)であった(表)。

表 実業団駅伝上位20チームにおける管理栄養士の掲載状況

区分掲載チーム数掲載割合総人数
女子9チーム45%13名
男子1チーム5%1名
注:各チーム公式ホームページのスタッフ掲載情報をもとに集計。外部連携として掲載されている者は掲載人数に含めた。管理栄養士以外の栄養・調理担当者は含めていない。

ホームページに掲載されているかどうかは、実際のサポート体制を完全に反映するとは限らない。掲載されていなくても、栄養の専門家が関わっている場合もあるだろう。反対に、掲載されているからといって、ほとんど関わっていないケースもあるかもしれない。したがって、この男女差を厳密な実態調査の結果として扱うことはできない。

それでも、この結果は興味深い。女子長距離界において栄養が意識されてきたことを示唆するものとしては十分であり、少なくとも放置されてきたわけではないように映るからである。だからこそ、この問題が十分に改善されているとは見えない現状は、新たな疑問を生じさせる。

かつてより栄養の重要性が知られているにもかかわらず、どんな問題が残っているのか。

栄養指導・サポートの意義

栄養の問題は複雑なので、丁寧に説明していきたい。

専門的な栄養指導・サポートが選手を支える場面はある。早稲田大学に所属する研究者らが、日本の実業団チームに所属する女子長距離ランナー6名を対象に、二重標識水法を用いて各選手の総エネルギー消費量を測定し、それに見合うエネルギー摂取を目指す6週間の食事介入を行った症例集積研究[5]がある。この介入では、寮での朝食と夕食の提供に加えて、スポーツ栄養士による週1回の個別の栄養助言が行われた。その結果、介入前に見られていたエネルギー不足の状態は改善し、糖質摂取量も持久系競技で推奨される水準に達した。さらに、鉄欠乏、安静時代謝量の抑制、コルチゾール高値といった、エネルギー不足と関連しうる健康リスクについても、好ましい変化が認められた。

重要なのは、「もっと食べなさい」といった一方的な教え込みではなく、各選手の総エネルギー消費量を実測した上で目標摂取量を設定し、食事の提供などを通じて、主食の量や補食の取り方について個別に伴走している点である。

また、食事の提供を通じてでなくても、栄養に関する理解を深めるだけでも効果があるというエビデンスもある。低エネルギー可用性に関連した栄養教育介入の効果をまとめた系統的レビュー[6]によると、栄養知識や補給行動に好ましい影響を示した研究があることが報告されている。

特に、女子選手にとって、この競技を続ける上で、エネルギー不足、糖質不足、鉄欠乏、月経障害、骨の問題などについて無知でい続けることは、地図を持たずに森の奥へ入っていくようなものだ。選手の前に人として健康であり続けるために、何が大切なのかを知ることは欠かせない。同時に、チームスタッフには、選手がその知識を自分の身体を守るために使える環境を整えることが求められる。

知識を伝えることの懸念

他方、知識があること自体で選手の健康を守れるのかというと、それも違う。

全米大学体育協会、すなわちNCAAのDivision Iに所属する3大学のアスリートを対象とした横断調査[7]において、女性アスリートでは、低エネルギー可用性のリスクが高い群の方が、リスクが低い群に比べて、スポーツ栄養知識の得点が高かったという結果が報告されている。一見すると、栄養知識が高ければ低エネルギー可用性のリスクは低くなりそうにも思えるが、結果はむしろ逆であった。この結果は筆者を考えさせた。というのも、筆者の経験則として、食事や体重、体型への関心が過度に高い選手ほど、栄養に関する情報を集める傾向があるように感じていたからである。

つまり、こういう風に考えられるかもしれない。知識を伝える側の人間は、知識が断片的に理解されたり、目的を取り違えて使われたりする可能性を十分に考慮できていない場面がある。知識は、文脈を欠いたまま断片的に理解されると、必ずしもよい方向に使われるとは限らない。例えば、糖質の重要性を知ることは、本来であれば「十分な補給をするため」に作用するはずだが、時には「どこまでなら削れるか」を考える材料になり得る。また、身体組成とパフォーマンスとの関係を学ぶことは競技への理解を深めるかもしれないが、それが自身の体重へのこだわりを強めることにもつながり得る。

「食事制限」「糖質制限」という言葉の是非

現在、「食事制限」や「糖質制限」「体重」といった言葉を発すること自体が、過度にネガティブに扱われやすくなっているように感じている。もちろん、その背景は理解できる。これまで、体重や食事をめぐる不用意な言葉が、選手を苦しめてきた面は間違いなくある。

しかし、慎重に扱うことと、議論の外に置くことは同じではない。まるで業界全体として、特定の言葉を腫れ物として扱い、考えること自体を避けているように見える瞬間がある。これはこれで、危うさを持っているのではないかと思う。

なぜなら、「食事制限」や「糖質制限」といった言葉は、本来それ自体が悪であるわけではないからである。長距離走では、体重や体脂肪がパフォーマンスに関わるため、競技パフォーマンスを上げるために体脂肪を適切な範囲に落とすことが課題になる場面はある。そして、体脂肪を落とすという行為そのものは、本人がどこまで制限と感じるかは別として、多くの場合、消費エネルギーに対して摂取エネルギーを抑えることによって実現される。ただし、どの程度の体重や体脂肪が適切かは選手ごとに異なり、同じ選手でも時期や健康状態によって変わり得る。だからこそ、それを安易な食事制限や糖質制限で進めれば、低エネルギー可用性、月経障害、摂食障害的行動につながる危うさがある。一方で、「食事制限は悪」と言っても、問題が解決するわけではない。

筆者が怖いと思うのは、それらの言葉が文脈なしに過度に否定されることである。誰が、どの時期に、どの程度、何を目的として、どのような健康状態で、どのような心理状態で行うのか。その文脈を抜きにして、言葉だけを否定することは、科学的な態度とは言いにくい。食べるべきか、減らすべきか、糖質をどれだけ増やすのか、体重を落とすべきか。もっと言えば、それらの課題を直接具体的な言葉として発するべきか。これらの問いは、文脈なしにはまともに答えることはできない。

そういった言葉を避けることは、一見すると安全な態度に見える。しかし、言葉を避けることでしか安全を保てていない状態は、ある意味で張りつめている。

どこへ向かうべきなのか?

「管理」という言葉についても考えたい。誤解のないように補足するが、スタッフに管理栄養士が配置されていること自体を問題にしたいわけではない。問題は、その言葉が持っている方向性である。そもそも、管理とは「ある規準などから外れないよう、全体を統制すること。」という意味を持っている[8]

食事を管理する。体重を管理する。身体組成を管理する。これらが、選手を守るために必要になる場面があることは否定しない。一方で、チームに管理されることで選手自身が情報を吟味し、自分の身体について考える余白が小さくなる可能性もある。そもそも、個人差が著しいこの分野で、食事や体重、身体組成に関する妥当な規準を作ることは極めて難しい。

女子長距離界の向かうべき道はどこなのか。答えを簡単に出すつもりはない。世界との差を生んだ理由を、栄養や健康の問題だけで説明できるわけではない。ただ、もう一度世界と向き合うために、ハイパフォーマンスの発揮と健康の両立を避けて通ることもできない。そして、その両立に本気で取り組むなら、より厳密に管理する方向が正しい道とも思わない。知識も数値も本来は選手をよい状態へ導くためにあるはずである。しかし、それらが選手を追い込む方向に作用しているのだとしたら、一度立ち止まった方がよい。ここでの立ち止まるとは、知識や数値を捨てることではない。それらを誰のために、何のために、どのように使うのかを、チームと選手が改めて問い直すということだ。

かつての成功は、卓越した個人と強い指導者の間に多くを委ねることで成り立っていた面もあるように思う[9]。しかし、時代が変わり、そのアプローチを現在の競技環境に持ち込むことは難しい。もう一度、世界と向き合うために必要なのは、選手をより細かく管理することではないはずだ。強い選手を育てることと、健康な選手を育てることは、本来対立するものではない。継続的にハイパフォーマンスを発揮するためには、心と体をすり減らし続けるわけにはいかない。

張りつめすぎた弦は、少しの刺激で切れてしまう。よい音は、張力だけでは生まれない。

独立研究者(KDDI総合研究所リサーチフェロー) 髙山 史徳

[1] 実業団については別のコラムでも触れている。髙山史徳「長距離ランナーの成功には「専業」か、それとも「兼業」か」 (研究員コラム 2025-04-21)https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/5431

[2] 食事から摂取したエネルギーに対して、日常生活やトレーニングで消費するエネルギーが大きく、身体の正常な機能を維持するために残るエネルギーが不足している状態。

[3] 低エネルギー可用性を背景として、代謝、月経、免疫、骨、タンパク質合成、循環機能など、健康や競技力に広範な影響が生じる状態。女性だけでなく男性アスリートにも適用される概念である。

[4] 第45回全日本実業団女子駅伝および第70回全日本実業団駅伝の上位各20チームを対象とし、各チーム公式ホームページのスタッフ掲載情報を筆者が確認した。

[5] Taguchi, M., Ishizu, T., Goshozono, M., Moto, K., Miura, N., Endo, S., Yasuda, E., & Torii, S. (2025). Energy intake to meet total energy expenditure improves iron deficiency and metabolic suppression in female long-distance runners: A case series study with dietary intervention. Women’s health (London, England), 21, 17455057251385372. https://doi.org/10.1177/17455057251385372

[6] DeJong Lempke, A. F., Reece, L. M., & Whitney, K. E. (2025). Nutrition educational interventions for athletes related to low energy availability: A systematic review. PloS one, 20(2), e0314506. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0314506

[7] Burger, S., Bray, A., & Kim, B. (2024). The relationship between nutrition knowledge and low energy availability risk in collegiate athletes. Journal of science and medicine in sport, 27(7), 451–453. https://doi.org/10.1016/j.jsams.2024.03.010

[8]コトバンク. https://kotobank.jp/word/%E7%AE%A1%E7%90%86-49734

[9] 関連コラム。髙山史徳「チャンピオンスポーツの世界における親のコーチング問題」 (研究員コラム 2025-03-28)https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/5409