研究員がひも解く未来

研究員コラム

走り過ぎる人の心理学

「走ることはメンタルヘルスに良い」

この言葉は、多くの場合、おそらく正しい。ランニングは気分転換にもなるし、睡眠や生活リズムを整えるきっかけにもなる。実際、走り始めてから気分が安定した、物事を前向きに考えられるようになったという話は珍しくない。しかし、ここであえて意地悪な問いを立ててみたい。

では、「走れば走るほど、心は健康になるのだろうか?」

数字は人を心配させる

この問いを考えるうえで、興味深い題材になるのがウルトラマラソンである[1]。ウルトラマラソンとは、フルマラソンを超える距離のランニング種目を指す。その形式は、50kmや100kmのように距離を競うもの、12時間走や24時間走のように一定時間内の走行距離を競うもの、さらには山岳地帯を走るトレイルランニングまで多岐にわたる。フルマラソンですら多くの人にとって長いはずだが、この界隈では42.195kmが、短距離のような扱いを受ける場合もある。

そんな界隈の人たちを研究対象として、メンタルヘルスを扱う研究が近年増えてきた。2023年に発表された系統的レビュー[2]では、11本の研究、計3670名分のデータが整理されている。興味深いのは、このレビューが扱っているのが、「根性がある」「メンタルが強い」といったポジティブな側面ではなく、摂食障害傾向、運動依存、抑うつ傾向といった、あまり穏やかではない側面である点だ。そう、近年、研究の世界では、ウルトラマラソンとメンタルヘルスとの関係に関心が向けられている。

レビューでは、先行研究で報告されているメンタルヘルスの問題について、いくつかの具体的な割合が示されている[3]。例えば、食事や体重管理の問題では、100マイルレース参加者123名を対象とした研究[4]で、女性62.5%、男性44.5%が中等度以上のリスクに分類されたと報告されている。また、運動依存については、50km、50マイル、100kmのトレイルレース参加者98名を対象とした研究[5]で、18.2%にリスクが示された。さらに、睡眠障害に関する問題は、636名を対象とした研究[6]で24.5%と報告されている。こうして並べると、ウルトラマラソンは心の健康に良くないように見えてくる。

ただし、これらの研究結果から、走り過ぎがメンタルヘルスの問題を引き起こすとまでは言えない。反対に、もともとメンタルヘルス上の問題を抱えている人が、走る量を増やしやすいのかも判断できない。ここで言えるのは、ウルトラマラソンに取り組む人たちの中に、食事、運動、睡眠との関わり方に注意が必要な人が一定数含まれている可能性がある、という程度だろう。

走り続けることで得られる境地

筆者自身、24時間走を3回走った経験を持つこの界隈の住人だ。24時間走とは、24時間でどれだけ長い距離を走れるかを競う種目である。あくまでも筆者の感覚になるが、スタートから10時間ぐらいは普通の長距離走に近い。しかしそれを超えると、話が変わってくる。眠い。脚が痛い。吐き気がする。走っているのか歩いているのか、自分でもよくわからなくなる。それでも次の1周に向かう。

その過程で見えてくるものはある。自分はどの程度の苦しさなら受け入れられるのか。どのタイミングで判断が雑になるのか。眠いときに何を考えるのか。計画したプランを遂行できなくなったとき、気持ちは崩れるのか。そして、そのとき人にどう接するのか。24時間走はレースであると同時に、自分自身を観察する実験でもある。もちろん、被験者は自分ひとりなので、研究デザインとしてはかなり怪しいが。

また、長く走っていると、日常生活とは違う時間が流れ始める。一旦何もかもがどうでもよくなる。考えるべきことは、補給、脚の状態、眠気、胃腸の調子くらいになる。情報量が減る。普段の生活にはない素朴な時間である。

こうした感覚は、おそらく筆者だけの特殊なものではない。マラソンランナーとウルトラマラソンランナーの動機を整理したレビュー[7]では、両者の走る理由には違いがあることが報告されている。具体的には、マラソンランナーでは、健康の維持や体力向上、チャレンジ、自己目標の達成といった目的が重要な動機になりやすい。一方、ウルトラマラソンランナーでは、それらに加えて、自分自身への挑戦、自己探索、人生における意味といった、より内面的な要素が重要になるという。

ウルトラマラソンは単に長い距離を移動する種目ではなく、走りながら自らの価値観や人生における意味を確かめる経験として捉えられやすいのかもしれない。

人生を豊かにするのか、やめられないだけなのか

もっとも、非日常あるいは内面的な時間を過ごせることが必ずしも健全なことを意味するわけではない。

筆者は本来、研究や活動を通じて、走ることの価値や魅力を伝える立場にある。しかし、その立場にいるからこそ、走ることを無邪気に全肯定する気にはなれない。それが自分にとって大切な意味を持つものになったとき、走ることが人生を豊かにするのか、それとも悪い意味での依存につながるのか、その境界は思いのほか曖昧だと感じるからである。

しかも、その境界をさらに見えにくくしているのが、ランニングが「良いこと」として扱われやすい点だ。ギャンブルやアルコールであれば、依存という言葉は比較的受け入れられやすい。しかし、ランニングの場合はそうでもない。仕事の日にも走る。休日も走る。疲れていても走る。それでも多くの場合、問題行動ではなく、美徳として受け取られる。

一見すると、同じように走っているように見えても、人生を豊かにすることにつながっている場合もあれば、いつの間にか日常や心を削っている人もいるのではないか?

以前、「走り過ぎの貴方へ」と題したコラム[8]では、2回目の24時間走を走った筆者に対して、「このレースは身体に悪そうなので、酷使しないで長生きして達成できるような目標へと切り替えましょうよ」と助言してくれた話に触れた。今振り返ると、あの助言は身体だけでなく、心の健康についても言及したものだったのかもしれない。

あれから数年が経った。しかし筆者は今もなお走っている。3回目の24時間走も最近走ったし、次のレースのことも考えている。そして、あのとき心配してくれた人は、今はもう近くにいないし、あのときのように言ってくれる人は以前より減ったように思う。

筆者にとって、24時間走は、人生を豊かにする営みなのだろうか。それとも、日常や心を削っている行為なのだろうか。正直なところ、自分でもよくわからない。誰かに聞かれたら、「人生を豊かにしている」と主張するに違いないが、被験者が自分自身である以上、その証言の信頼性には慎重な解釈が必要かもしれない。

独立研究者(KDDI総合研究所リサーチフェロー) 髙山 史徳

[1] 本稿では、主題を明確にするため、ウルトラマラソンを「走り過ぎる人」の代表例として扱っている。ただし、ウルトラマラソンに出場することと、ランニングへの依存傾向は同義ではない。実際には、種目や走行距離だけでなく、走ることが生活や心身にどのような影響を与えているかが重要である。

[2] Thuany, M., Viljoen, C., Gomes, T. N., Knechtle, B., & Scheer, V. (2023). Mental Health in Ultra-Endurance Runners: A Systematic Review. Sports medicine (Auckland, N.Z.), 53(10), 1891–1904. https://doi.org/10.1007/s40279-023-01890-5

[3] 本コラムでは読みやすさを優先して「割合」と表記した。原著論文では prevalence が用いられているが、診断された精神疾患だけでなく、質問票によるスクリーニングで一定基準に該当した者も含まれるため、「有病率」ではなく「割合」がより妥当と考えたためである。

[4] Høeg, T. B., Olson, E. M., Skaggs, K., Sainani, K., Fredericson, M., Roche, M., & Kraus, E. (2022). Prevalence of Female and Male Athlete Triad Risk Factors in Ultramarathon Runners. Clinical journal of sport medicine : official journal of the Canadian Academy of Sport Medicine, 32(4), 375–381. https://doi.org/10.1097/JSM.0000000000000956

[5] Buck, K., Spittler, J., Reed, A., & Khodaee, M. (2018). Psychological Attributes of Ultramarathoners. Wilderness & environmental medicine, 29(1), 66–71. https://doi.org/10.1016/j.wem.2017.09.003

[6] Martin, T., Arnal, P. J., Hoffman, M. D., & Millet, G. Y. (2018). Sleep habits and strategies of ultramarathon runners. PloS one, 13(5), e0194705. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0194705

[7] Partyka, A., & Waśkiewicz, Z. (2024). Motivation of Marathon and Ultra-Marathon Runners. A Narrative Review. Psychology research and behavior management, 17, 2519–2531. https://doi.org/10.2147/PRBM.S464053

[8] 髙山史徳「走り過ぎの貴方へ」 (研究員コラム 2022-12-23) https://rp.kddi-research.jp/atelier/column/archives/1050